第17話 愛の波動を感じる
「うひゃ~濡れるねぇ」
雨足が強くなる夜、砦で雨宿りをする黒竜フェブリス。
焚き火や松明の灯りの温もりがなんとも頼りない。
しかしそれは魔王軍も同じこと。
ジークリンデが属する偵察部隊からの情報によれば、魔王軍も視界の悪さと寒さに苛立っている様子。
この時期の夜の雨は冷たい。
互いの士気にも関わるだろう。
「リンデ君遅いな。報告が遅れているのかな? ……おっとぉ」
彼の目に止まったふたりの男女。
ふたりの様子に、にんまりとしながらこっそりとあとを着けていく。
なにやら方針のことでもめているようだが。
「だから言ってるでしょ。これ以上アナタを危ない目に合わせられない。一刻も早く住民たちと同じところに避難して」
「どうしてだよ! ボクはずっと……」
「アナタの腕でなにができるの! 大人しくしたがって!」
「くっ……、ボクは、諦めないぞ!! ボクは、ボクはッ!」
ひとりは重厚な鎧に身を包んだ女性。
もうひとりは小柄な少年だ。
少年は涙声になりながら、ダッと雨の中を駆けていく。
「あ、コラ待ちなさい! あぁ……行ってしまった」
女性は苦い顔をする。
恐らくいつものことなのだろうが、いつも言い方がキツくなってしまう自分に嫌気がさしているらしい。
加えてあの少年はいつも非力な自分に悔しさを感じていた。
どれだけ力を身に付けても憧れの女性に認めてもらえない。
自己嫌悪。
相手を認めること、自分を認めることが良い塩梅に足りていない。
だがそんな凸凹なふたりに確かなものを感じた黒竜フェブリス。
「愛の波動を感じる……」
黒竜フェブリスはまず少年のほうへ行く。
「へぇい君ぃ~」
「わっ、な、なんですかアナタ」
「いやぁ、先ほどの話を聞いてしまってね。君、もっと強くなりたいのかい?」
「はい! ボクもっと強くなって、……あの人に!!」
「うんうん、素晴らしいねぇ。……好きなんだろう彼女が?」
「うっ……は、ない! 大好きです。できうるならずっといたい……でもこのままじゃボク、……ボク……ッ!」
「いつか捨てられてしまうんじゃないか……う~ん、辛いねぇ」
「離れたくない。でも弱いままじゃ、いつか……」
「だったら良い方法があるよ」
「え?」
「先にこの砦の地下にある研究室に行っててくれたまえ。いいね?」
「は、はい。わかりました」
続いて女性にも近づいた。
「やぁやぁ失礼。先ほどの話をちょっと聞いてしまってね。お節介かもしれないが大丈夫かい? 彼、ひどく落ち込んでいたよ?」
「……あぁ、そのこと。彼はまだまだ未熟なのよ。いつも私の背中を追いかけて……同じように戦おうとする。ヒヤヒヤしどおしなの」
「ほーほー、心配しているのか。なるほど」
「……アナタなに? もしかしてあの子に……」
「いやいや、相談に乗ったんだ。そしたら少し気が楽になったみたいでね」
「……そう。私たちのことは放っておいて。あの子は私が守る。どんなことがあっても……あの子は離さない。だからアナタも変に近づかないで。妙な色目を使おうって言うのなら……」
「……この砦の地下にある研究室」
「え?」
「そこで彼が待っている。行ってあげたらどうかな? ワタシもあとから落ち合うことになっているんだよ」
「アンタ一体なにを!!」
「じゃあ待ってるよ~」
黒竜フェブリスは姿を消した。
とてつもない不安と恐怖にかられ、一気に駆け出す。
すべては黒竜の計画通り。
「ふぅ、完成したよ。まさしく"愛の結晶"だね」
「黒竜様? こんなところでなにを……────」
「やぁリンデ君。ワタシの新しい成果だよ」
「成果って、"これ"が?」
「そう、……綺麗だろう愛の輝きは?」
ジークリンデ、閉口。
題に対してもそうだが、黒竜フェブリスが"やりやがった"ことにドン引きした。
「なにを、したんですかこれは?」
「あぁ、君のいない間に愛の波動を感じてね。こうして愛を繋ぎ止めるお手伝いをしていたんだよ。たまにはこういうことも悪くはないね」
「まさか、これって……」
「……ん~~、リンデ君の勘の鋭さ。実に素晴らしい。さぁ、愛のパワーで魔王軍をやっつけようじゃあないか! ハッハッハッハッハッハッハッ!!」
黒竜フェブリスの恐るべき発明。
これが実戦で投入される。
マッドサイエンティストの才能まで開花させつつある彼に、一種の恐怖を抱くジークリンデ。
「リンデ君。出陣はいつかな?」
「夜明けには雨が上がります。そのときに……」
「うむ、まだ時間があるね。じゃあサプライズ演出も考えておこう」
イデアの姿で鼻歌を歌う彼はまさに異様だ。
だがここまでくればもう止められないだろう。
(まだ全盛期の力を取り戻せていない。しかし、それを補うようにアイデアを練り、戦い方を工夫する。……人間のおぞましさを手に入れた破壊の権化、か。なんと恐ろしい)
そして夜明けは訪れ、戦いの火蓋が切られることになる。
────雨は上がり、日は昇り、黒竜は嗤う。
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