第15話 ヴォイドニック・スラッシュ
「たぁあああああ!!」
「そんな大振りではワタシは止められないよ!」
互いの攻撃で眩(まばゆ)いばかりの火花が散る。
だが実力もポテンシャルもなにもかもが黒竜のほうが上だ。
「ぐはっ!!」
「ヘンダルフ様!」
壁に叩きつけられたヘンダルフに駆け寄るクラウディア。
隙だらけのふたりを見て、殺そうと一歩踏み出すジークリンデだったが、すかさず手で制する黒竜。
「黒竜様?」
「見ていなさい」
「ヘンダルフ様、あぁ、酷いおケガ……」
「クラウディア、ごめんよ。俺、なにも守れなかった……仲間も、君のお父さんもすべて……俺のせいだ」
「アナタのせいではありません! すべてはあの邪悪なる存在です! ……アナタは誇りあるお方。亡き父もそう思っているに違いありません」
「ありがとう……君が最後の希望だ」
哀愁の眼差しが語るのはクラウディアへの懺悔。
彼女は震える手と涙でヘンダルフに応えた。
見つめ合うふたり。
やがてゆっくりとキスをする。
拳をグッと握る黒竜に、げっと表情を強張らせるジークリンデ。
「私では微弱な回復魔術しか使えませんが、どうかご武運を!」
「あぁ、ありがとう。もう、大丈夫だ……ッ!」
ヘンダルフは大剣に正義を宿した魔力をまとわせ、鬼のような顔で黒竜へと向かう。
そんな彼を拍手を以て迎えた。
「素晴らしい。たとえ窮地に追いやられても、けして消えぬ愛の輝き……。すべてを失い、悲しみの海に飲まれ、この星々の消えた闇夜で死を間近に迎えながらも、希望を見失わない姿。美しいッ!!」
「黒竜フェブリス! お前のような人の心をもてあそぶゲスは、ここで潰すッ!!」
両雄ぶつかり合う。
斬れぬのなら圧し潰すという気迫。
先ほどの戦闘では感じられなかった別の闘気をヒシヒシと感じながら、黒竜は攻撃の手を強めいった。
「フハハハハハハハハハハハハハ!!」
(クソ、なんて身のこなしだ。目で追うのがキツくなってきたな)
蹴られる地面の臭いがきつくなってきた。
踏みしめられるたびに細かな土が舞い、その間を黒竜フェブリスは笑いながら迫る。
瞬間的な速度から繰り出される拳や蹴りの重さは、大剣の比ではない。
戦乙女を倒したというそのパワーは伊達ではなく、ヘンダルフの武器が徐々に悲鳴を上げていった。
「そろそろ終わりにしようか。……君の愛は何色かな?」
右腕に集束する黒々とした強大なエネルギーの刀身。
それは斬撃というよりも、触れた部分を無へと還元するといったほうがいい。
ゆえにあらゆる防御を貫通・無効化し対象を真っ二つにできる。
────『ヴォイドニック・スラッシュ』。
「うぅぅぅううぅぅぅううわぁぁぁあぁぁああああぁぁあぁあああああッ!!」
斬り裂かれた断面は筆舌に尽くしがたいほど……。
もはや回復魔術でどうこうなる問題のそれではない。
上半身が宙に舞いながら断末魔を上げる。
地に落ちるや盛大な爆発四散を成し、血肉を周囲にぶちまけた。
爆炎を背後に決めポーズのような姿勢をとる黒竜フェブリスはすこぶる満足げだ。
ヘンダルフの魂が自身の中へ入っていくのを感じる。
「愛と正義に生きる勇者の魂……あぁ、とてもポカポカするよ。ヘンダルフ君、君は素晴らしい人間だ。君の献身には感謝してもしきれない。ワタシの糧になってくれて、ありがとう」
「終わりましたね黒竜様」
「ワタシは満足だよ。……あ、君を忘れていたねクラウディア君」
黒竜の話など聞いていないかのように、彼女はヨロヨロとヘンダルフだったものに歩み寄り、大声で泣いた。
「どうして! どうしてですか!? どうして皆を殺したんですか!? なんの恨みがあって!!」
「その怒りはもっともだ。愛するものがすべて奪われる。あぁ、悲劇だとも。でもね……」
黒竜フェブリスはそっと歩み寄り、彼女の肩に手を置き。
「だからこそ、希望を見失ってはいけないんだよ? いいかい、ワタシは愛の力を信じている。愛の力があれば、なんでも乗り越えられる。今のワタシがそうだからね!」
「……は?」
親指を立てながら意気揚々と語りだす目の前の化け物がなにを言っているのかまるでわからない。
価値観の違い?
最早そんなもので片付けられる領域を越えていた。
「君も愛を信じるならば、もう一度立ち上がり、強く生きるんだ。そうすれば、ワタシの糧に見合う魂になるからねぇ! 君には素質がある。君の愛はきっと今よりずっと美しいものになるだろう」
「ぁ……ぁ……」
「あ、勘違いはしないでおくれ。今の君の魂も十分に美しい。だが……やはり折角の伸び代だからねぇ。これはね、君のためを思っていっているんだ。わかってく────」
「うわぁぁああああああああああああ!! この悪魔め!! 死にぞこないのクソ野郎め!! 殺す、殺してやるッ!! 死ね、死ね、死ねェエエ!!」
「アッハッハッハッハッハッハッ! 元気がいいねぇ。うん、元気のいい子は好きだよ! ジュデェ~~ム、クラウディア君」
「黙れぇぇぇえええええええ!!」
何度も何度も瓦礫の破片で黒竜フェブリスを殴打するクラウディア。
そんな半狂乱の彼女を温かく見守るように黒竜フェブリスは平然としていた。
どんなに殴っても傷のひとつもつかない。
次第にクラウディアの手のほうが血塗れになっていった。
「おやおや、白魚のような手が台無しだ。可哀想に。それほど愛の喪失が大きかったんだね」
「返、せぇ……返してぇぇえ……」
「諦めたまえ。死んだ命は戻らない」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
「行こうかリンデ君」
「よいのですか? なんならここで殺しますが」
「ワタシは、彼女を信じている。より上質な魂に仕上がることをね」
「なんと悠長な……」
「まぁまぁ、千里の道も一歩より、だよ。……しかし、愛……なんて美しいんだ」
高笑いをしながらリンデを引き連れて去っていく黒竜フェブリス。
そのうしろ姿を泣きわめきながら見るしかなかったクラウディア。
「殺すぅぅうううぅぅうぅぅう……絶対……、絶対に殺してやるぅぅぅうううぅぅうぅぅうッ!!」
愛は復讐心へ。
その心の流動をヒシヒシと背中で感じとる黒竜フェブリスは興奮した。
「心と心が通じ合っている気がするよ……あぁ、かつてのワタシにはなかったものだ」
「嬉しそうですね」
「嬉しいさッ!! 彼女はワタシを恨んでいるんだよ? ワタシが奪い、彼女は憎む。なんという強い縁。愛の反転、愛した分だけ敵が憎い。……これもまた、人間の持つ美しいパワーなんだ」
黒竜フェブリスは確かに恍惚で心を濡らしていた。
もしも人間の顔であれば、きっと感激のあまり涙を流していることだろう。
「さぁ次の場所だッ! ヘンダルフ君は魔王討伐の旅に出ていたね。よし、魔王領に行こうじゃあないかッ!!」
「仰せのままに」
狂気の一夜に溶け込みながら、ふたりは魔王領へと向かう。
途中、街を訪れることになるのだが……。
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