第13話 疫穣の戦いの果てに

「ここが地下の入り口か?」


「そうだよ。早くいこうよ」


 そう行って、意気揚々と進んで行くアギルの後ろで、本当に俺は騙されていないのかを考え込んでいた。

 王都周辺の森を抜け数日間。何もない広野を歩き、そこから一日かけて岩山を進み、途中出てくる魔獣を軽く屠って、辿り着いた場所には。煌びやかなゲート、並び立つ土産屋、超高層の宿屋、そして俺が一番納得出来ないのが、歩いて来なくて良かったのではないかと思わせる駅舎。


 それらが遠くに見える。


「おい、アギル。おい!」


「なんだよ。早く行くよぉ」


『我が儘言わないでよ、早く行くよ——』と、気だるそうに俺を手招きする。


 いや、待てよ。


 禍々しく、恐ろしい程の場所を想像していたんだが、なんだよ、この楽しそうな雰囲気は。


 何百とも何千とも分からない数の魔に属する者が、戦の準備を進めていて殺気だっている場所だと聞かされていた。


 ここはそんな所では無い。


 贅を尽くして創られたテーマパーク。


 そう——


 ここはどっからどう見てもテーマパークだ。


 魔に属する者達の容姿は多種多様で、人と見分けが付かない容姿の者もいれば、一目で魔晶石を体内に取り込んだと分かる容姿。


 全身が毛に覆われていて角があって、牙があって、デカい奴がいたり。

 全身青や緑、赤い皮膚の奴らもいて、皮膚が土や、岩なんて奴もいる。

 

 半分位が人の容姿で、半分位がそれ以外といった感じだ。


 子供や老人、男や女、性別不明の年齢不詳な者も多くいる。


 しかし、そんな事は今はどうでも良い。

 どうしてだ。

 どうして皆こんなにも楽しそうにエンジョイしている。街が活気に溢れている理由を誰か教えてくれ。


「アギル! ここ、絶対にテーマパークだよな。遊園地だよな。観光地だよな」


「だから、そうだって言ってるじゃないか。気の長い僕もいい加減怒るよ」


『プンプン——』じゃあない!


 アギルさん?

 プンプンと怒って良いのは、今は俺じゃ無いんですか?


 ちゃっかり俺が混乱してる間に、何か食べるもん買って食ってるし。


「アギル。それ…… 俺にもくれないか」


「なんだ、これが欲しかったの? 早く行ってよ。はい、あげる」


「あ、ありがとう」


 人から物を貰ったら『ありがとう』なんだろうけど。


 イカ串的なモノを俺に渡して「早く言えばあげたのに、王様機嫌直して早く行こう——」と、目をキラキラと輝かせているアギルの後ろを、俺はイカ的なモノを噛み締めて言いたい事を飲み込みながらついて歩く。

 

 ゲートでは眼球を見開き光彩の確認と、チケットを確認しているようだ。

 ここは、テーマパークの入り口であるのと同時に入国管理を行っているらしく、チケットは入国監理局で高額で購入する事が出来、光彩の確認で、登録が無い者は省かれて、どこかに連れて行かれるらしい。

 アギルに聞いても何も教えてくれないから、いつの間にかピッタリ横を付いて歩いていたお姉さんに訪ねたら教えてくれた。


 アギルの赤い光彩を確認する際、周りがざわついた。

 そして、俺のを確認しようとした所で、アギルが何やら検査員に耳打ちして、検査をする事は無かった。

 隣のお姉さんが然りげ無く、俺達に付いてゲートを通る。ずっと気にはなっていた。


 でも、どこから一緒に居た?


「アギル? ちなみになんだが、その人が誰か知っているか?」


「えーと。とりあえず気にしなくて良いよ。出番は、まだまだ後だから」


 サングラスを掛けて胡散臭いお姉さんにも、当然その会話は聴こえている。それくらい近い距離でずっと一緒にいる。

 アギルから視線を外すとお姉さんと目が合い、何がしたいのか気付いたら握手を交わしていた。


 無言で——


 地下道に入ると壁に写真や絵が飾られていて、一定の間隔でモニターが設置されており、魔に属する者と、属さない者達との争いの歴史が、子供にも分かる様にアニメーションで紹介されていた。

 外は陽気な雰囲気で賑わっていたが、地下道の中は少し寂しい雰囲気だった。

 出口に近付くにつれて、悲しい歴史は勝利の歴史と魔に属する者達の活躍を紹介しており、皆のテンションは上がって行った。

 魔に属する者達は、東西にそれぞれ管理者を据えている。

 その一人、東の管理者“疫穣の王”の紹介も多数描かれていて少しは勉強になった。


「こういう、プロパガンダ。私は嫌いです」


 お姉さんの言葉が耳に残る。


 どこで、映像を撮ったのか、出口の上にある超大型のモニターには俺が空を壊す所が映されている。

 街頭インタビューも交えて、最大限に盛り上がるよう描かれていた。


 広く設けられた、出口前のスペースには数百人が列をなしていて、皆歓喜に満ちており、その熱気は天井が崩れるんじゃないかと不安になる程に響き渡っていた。

 これが、俺がゴーグルを付けて、フードを目深に被る理由だと理解した。


「これが、地下空間——」


俺を含めて、初めてここを訪れる者は皆この広大な地下空間に息を飲む。

 遠くに見える壁は、霞んでしまい、半円状になっている天井の流曲線を目で追っていくと途中から霞んで見えなくなる。

 広く見せる為に、なんらかの技術で霞ませているという事を後で教わった。

 戦、戦争を主題としたテーマパークとなっていて、持て成す側は皆そのような様相をしていて。当然防具や武器は全て本物だから、実際に攻撃を受けた際にはそのまま戦える仕様なのだろう。

 そして、一際注目が集まるものは、防具や武器を身に付けた店員の容姿だ。

 皆、スライムのような透明感のある深緑の身体で、防具は身体に埋め込まれているように見える。

 顔の透明感は、他の部位に比べて少なく。皆が驚くほどの笑顔で接客をしている。

 俺が驚いたのは、その異様な光景に誰も違和感を感じていない事だ。

 アギルにその事を聞いたら、珍しく教えてくれた。


「ここって、こんな所だって魔に属してる人達だったら皆知っている事だから」


 俺も地下道で学んだ。

 魔に属する者達が受けた迫害の歴史。

 強大な力を恐れた人々は、魔に属する者達を数の力と、勇者システムという圧倒的な不死の力で、北の大地へと追いやった。

 南の世界よりも、何倍も厳しい北の環境で、適応出来無い人々は、魔晶石を求め体内に取り入れその力を手に入れた。

 しかし、身体はその力に耐えられず異形となってしまう者が殆で。

 多くの者が、身体を保てずに崩壊して、今も世界を彷徨っているという事だった。

 そんな不遇な者達を受け入れ、その力の使い方を示し、その者達を率いた者が、北の管理者“エシュマ”だという事。

 そして、今ではこの国だけではなく、魔に属さない者達の世界では、この緑色の姿は戦士として、英雄として称えられているという事。

 そんな事を思い出しながら、入り口のゲートからパークの全体を見渡していると、痺れを切らしたのか、アギルがどこかへと消えていた。

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