第十二話 最弱の勇者Ⅵ
不覚にも、私が発した弱い声に皆の同情の視線が集まるけど気にしない。
「おまえはまだ弱い——」
スー姉が遠くで笑いながら年寄り連中のモノマネをしている。
そんな事は言われなくても、私が一番よく分かってる。
「そうじゃのう。朝までに頑張って帰れば、この肉より美味しい朝飯を作ってやる。分かったら帰るぞ」
アルは少し困った
けどれど、今の私はそんな事に揺らがない。
私だって勇者だよ。まだレベル1だけど。
スライムだって倒せるようになったし。
だから全力で強くなる。
そのついでに——
美味しい魅力的な朝食にもありつく。
よし、これで決まりだ。
頑張ろう私!
「勇者様。その気持ちだけで十分です」「アル様の言うように早く強くなって戻って来てくれ」「俺達だって弱い。勇者様が頑張るように、俺達だって強くなる」「僕だってお姉ちゃんを守れるくらいに強くなるよ——」と、スーの言葉が一際大きく部屋に響いた。
多分……私の表情を見て、皆んなが元気付けようとしてくれているんだと思う。それだけ皆んなを不安にさせてしまった。
一番小さいスーにまで言わせてしまった。
皆の優しい視線が辛い。
私はまだ弱い。
強くなるから。
アルに認めて貰って、この村を守れる位に強くなるから。
涙が次から次に溢れてくる。
悲しいからじゃない。
弱い自分が悔しいからだ。
元の世界でもこんなに泣いた事は無い。
いつもソウマが隣に居てくれたから。
私がこんなに無力を感じる事は無かった。
何か起きると、いつもソウマが何とかしてくれていた。でも——今は私が何とかしないと。
「待っててね。私強くなるから。この町を、この世界を守れる程に強くなるから」
涙でぐちゃぐちゃの顔で、精一杯に笑ってみせた。
「おう、待ってるぞ」「また、肉食いに来いよ」「アル様、勇者様を頼みました——」と、長老は皆んなの声を代表する様にアルの手を強く握った。
そして私の手を握る。
けれど——
精一杯のその力弱さが、私の決意をより一層強くした。
「私、頑張る」
長老の手を離して左手で肉を持ち、その肉を頬張りながら右手で拳を突き出した。
「長老、ごちそうさま。お肉美味しかったよ。皆もありがとう」
食材を買って到着した時よりも膨れ上がった鞄を背負い、私は満面の笑みで皆に手を降ってみせた。
「絶対またきて下さいよ」「待ってるぞ」「食いしん坊!」「気を付けてな——」って、誰だ今『食いしん坊——』って言ったやつ。
思い思いに見送る、村の人達に頭を下げ。食いしん坊と言った犯人に殺気を飛ばしながら、深い霧に包まれた漆黒の森へと入る。
「長老、二人は大丈夫ですかね?」「アル様が付いていれば世界のどこに居ても安全ですよ。それよりも、今日は朝まで全員で夜営ですよ。大丈夫ですか?」「アカリに会うまでは、死ねないからな」「絶対この町を守るぞ!」と、男達は大声で気合いを入れると各々の配置へと走った。
森は暗く、視覚は役にたたない。
それとは逆に、来た時とは比べ物にならない程に全ての感覚を研ぎ澄ませてくれる。
——空気は澄んで綺麗だ。
「アル、スライムいるよ」
「無視じゃよ、無視」
深夜の森の中って思ったよりも暗い。
月明かりが無ければ、完全にアルを見失ってしまう。そして昼よりも明らかに多いスライムの気配。それを気にも留めずアル様は塔への道を一直線に駆け抜けた。
流石で御座いますが、私は満身創痍で御座いましてよ——待ってよ。
本当にその速度は無理です。
でも追い付かなければこんな暗闇の森で一人きり…… 無理。死ねる。
生きる為に、そして朝食に間に合う様に必死の形相でアルを追いかける。
きっとスー姉がこんな私を見たら笑い転げる事確定だろうけれどもよ。
無理。
そんな事考えている余裕はない。
時折、進行の妨げになるスライムをアルが杖で凪ぎ払う。
魔晶石がその場に転がるけれど、私はそれを拾う事も出来ない。
出来るわけも無いけど——
それでもパンと肉の文字が永遠に頭の周りを浮遊している。
映画のタイトルの様に【パンと肉】の感動超大作の妄想と格闘しながら、迫り来る木々を避けながら、一晩森を走り続けた。
「ようやくついたよぉ」
「朝食に間に合ったのう」
「お腹すいたぁ」
そう言い残して、私は塔に入るなり倒れ込んだ。労いの言葉でもかけてくれようとしたのか、アルは私に歩みよると、一転声を出して笑いだした。
走りながら必死に集めた魔晶石が、アルの足元に転がり落ちたからだ。
「これ、全部拾いながら帰ってきたんかの?」
「当然!」
自慢げに笑って見せた。
結局は肉の欲望には勝てなかったからだ。
全ては拾えないから、厳選しながら必死に拾った。
「そのまま寝てなさい。朝食が出来たら起こしてあげよう」
「やったね」
器用に片方づつ順番に、ゆっくりと瞳を閉じて眠りについた。
アルはそれを見届けると、塔の扉を閉め私に毛布をかけ朝飯の準備を始めた。
「よく頑張ったな。また、二人でポルトスの様子を見に行こうかのう」
優しく笑うアルの後ろで、レベルの石板が朝日を受けて、二十と刻まれた文字が、誇らしげに輝いていた。
最弱の私は、その日始めての冒険を終え、暖かな朝日が満ちる塔の中心で眠りについた。
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