第十一話 最弱の勇者Ⅴ
——賑やかな声と暖かいランプの灯り。
そしてとても美味しそうな匂い。
匂い。
香り。
……なんですと?
この芳醇な香りは醤油?
ですと?
欲望の香りに包まれて目が覚める。
ぐっすり眠れた。
どれだけ寝ていたのか、時間の流れが分からない事に恐怖を覚えた。
ちなみにだけど、服は着ている。
これで脱がされてたら絶対にここの人達を生きて帰すことは出来ない。
お前達、命拾いしたな——
なんて事を考えていると、目の前に肉が舞い降りた。
頭の中で、荘厳な効果音が鳴り響く。
見出しはこうだ——
『肉、降臨!!』
「お姉ちゃんが起きたみたいだよ」
小さな男の子が私を骨つきの肉で釣ろうとしている。竿は私の大切なこん棒。糸は何かの紐だろう。
私が肉ごときで釣れるのかって?
はい、簡単に釣れます。
必死に食らいつきましたよ。
鼻の穴を膨らませて、犬歯を剥き出しにして、スライムの攻撃よりも早く口を開けた。
はしたなくてごめんなさい。
「ちょっと、何してるの“スー”やめなさい」
「だって、このお姉ちゃん鼻膨らませてお肉に噛み付くんだもん。おもしろーい」
無邪気な男の子の笑顔が胸に突き刺さる。
しかし関係ない。
腹が減っては戦は出来ないからね。
食べる事は生きる事なのだよ。
「アカリ、何をしておるんじゃお前は」
スーと呼ばれる男の子の姉なのか、私と同い年くらいの女の子に引き剥がされたスーは、部屋の隅へと連れて行かれた。
私はというと、壁際の空き箱の上に寝かされているらしい。雑に。物みたいに。
部屋の中央ではアルが同じような見た目の老人と、数人の男達に囲まれて、すでに楽しそうに飲み食いしていた。
アルが手に持っているのは——
私が咥える肉よりも大きい肉の固まり。
当社比で八割増しだ。
それを見た瞬間に、滝の様に涎が流れる。
届かないと分かってはいても、思わず手を伸ばした。結果、届くわけ無い。
それでも、夢って、手を伸ばした人だけが叶える事が出来るって言うでしょう?
しかし、現実はと言うと。
身体は思うように動かず、木箱のベットから転がり落ちた。
男達が笑い転げているのが良く分かる。
夢破れた私はそれどころでは無いが。
涙を堪えるのに必死だ。
こんなのパワハラだ、モラハラだ、ショクハラだ。
不幸は重なり、転げ落ちた拍子に肉が口から離れて飛んで行ってしまった。
堪えていたのに。
涙は正直に頬を伝う。
情け無くも、泣いてしまった私の所にスーが走って駆け寄って。転がり落ちた肉を、そっと私の口に運んでくれる。
「ふぁりふぁとう」
ありがとう。
この恩は一生忘れねぇぜ。少年。
例え、今は姉の元に逃げ帰っても、いつかお前は立派な
そんな様子を見ていたアルが、丸太の椅子から飛び降りると私に歩み寄る。
「
その様子を見て一瞬沈黙した男達は、また一斉に笑い転げた。
「これが、勇者様ですか」「まだ、レベル1だけどな——」と。男達が好き勝手言っている間に、スーに貰った肉を完食して一閃。
小バカにする老人達に腹を立てた私は全身の力を振り絞り、上半身だけを器用に動かし、首だけでアルの持つ肉に齧り付いた。
これは勇者としての意地だ。
「おぉ!」と、一転して男達は関心を示した。
どうだ見たか。私だってやれば出来る勇者なのだよ。
「これは、これは。食い意地だけはレベル百ですぞ」「将来が楽しみじゃのう」「いいぞ、いいぞ」と、男達が盛大に盛り上がる。
アルはその様子に少し照れてみせると、満更でも無い様子で、その肉を私に与えてくれた。
頂いた肉に必死に貪り食らう。とにかく疲労感が半端無い。とてつもない空腹が襲う。
それらを全て相殺する様に、食べて食べて骨の髄までしゃぶり付く。
私の食事を暖かい視線で見送ると、アルは丸太の椅子に戻り、何事も無かったかの様に隣に座る老人と会話を始めた。
スー姉がドン引きしているのが良く分かる。そうだよね。同じ女性としてその気持ちは理解出来る。けれども私はスライムと一日中戦った、偉い子。だから肉食べる。あなた分ーかりまーすかぁ?
知らんけど。
とりあえず私は肉食べる。
「それで長老。この辺は変わり無いか」
長老は酒を呑み、天狗の様に顔を赤くして話し始めた。
「この辺には以前までスライム位しか現れんかったのですが、最近は魔獣も現れ始めた。しかし、アルティウス様の造ってくれたこの砦のお陰で誰一人怪我も負う事なく暮らせております」
この砦をアルが?
造ったの?
それなのに襲われた私達。
そんなに感謝しているなら、村にアルの像でも創って情報を共有して下さいよ。
本当にお願いしますよ。
「アル様、今日は我が家にお泊まり下さい」
「いや、せっかくの申し入れじゃが今日はこのまま帰るとしますのう」
「こんな夜更けに? あの森を抜けて行くのは危険ですぞ!」
一人の男が驚いた様子で立ち上がり、その勢いで丸太がその場に倒れる。
そうですよ、アル様。
魔獣が出ると仰ってるじゃ無いですか。
危険ですよ。
ゆっくりしましょうよ。
私、歩けないです。
本当に……お願いします。
一筋の涙が頬を伝う。
その様子を見てスー姉がクスクスと笑っているが、今は気にしない。
そう、今はな。
この恨みはいつかな。
「落ち着いて下され。しかし、魔獣が徘徊しているとしたらワシらもゆっくりは出来ますまい。今日は帰るとしましょう」
「それなら、アル様達に居てもらった方が心強いのでは?」
イケメンの体格の良い中年のオジ様が素敵な事を仰る。
オジ様好きでは無いけれど、良い事を仰ってくれます。
素敵な顔が余計に凛々しく見えて、眩しくて凝視出来ない。
「この子はまだレベル1。早々に強くなって貰わねば困るからのう。それにこの砦が無くなってしまってはこの町“ポルトス”の名産の骨つき肉も食べられなくなるかもしれんからのう。アカリも今から帰りたいじゃろ?」
アル様は、私の事をよく理解していらっしゃる。そんな風に言われたら、疲れたなんて言ってられない。それに守ると決めた物を、実際にこの目で見て決心は固まった。
決してお肉が食べたいからだけでは無い。
それも少しは確かに、少し——
いいえ、多分にかなりはあるけれど。
守りたい物が私にはある。
今はこの気持ちだけで十分だ。
「アル、帰るよ。元気出た。私が、この村々を守る」
「それは良かった、今から走って帰るぞ」
「走るのはちょっと……」
固めた決心が簡単に揺らぐ。
うん。これで良い。
今はこれで良いのよ私。
だってまだまだ弱いんだから。
しょうがない。
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