第十話 最弱の勇者Ⅳ

——やっとだよ。


 やっと。

 沢山血を流して、怪我を増やして、血と汗を垂れ流してやっとの到着ですよ。

 夕闇に森が沈む頃、赤く輝く村が見える森の切れ目に到着した。

 川沿いに作られた村の姿は、灰色の岩山の上に作られた町と言うよりは要塞と言った方が正しい風体。

 その岩山を囲った岩壁には入り口が見当たらない。まさかこの岩山を素手で登れとか言わないでしょうね?


 いいや、言いそう。

 最悪を想定して、恐る恐る覗き見る。


「この辺りは魔獣が多く魔に属する者達の領地にも近い為に、どの村もこんな感じじゃ」


 ちなみに——


 森の動物が体内に魔晶石を取り入れると90%以上が、身体が拒絶反応を示して、崩壊して、失敗して、スライムになるらしい。

 残りの9%も元の獣の形を保ったスライムになって、さらに1%以下の動物が魔獣となるらしい。そして、私が口を開けた時に放り込まれた物も、御察しの通り魔晶石だっと。


 ねぇ、私ももしかして失敗してたら私もスライムになっての?

 信じられない。あんなドロドロでブヨブヨの状態になってたって事? ちょっと酷くはございませんか? いいや、ちょっとでは無いでしょう?


「良いじゃろ、成功したんじゃから」


 アル様?

 もしかして私の心の中を覗けます?


 頭の中に浮かんだ言葉に対して、返答してきたアルの言葉を聞いて身体が小さく震えた。


 一日森を走って、スライムを倒して、魔晶石を拾って満身創痍の中、村の輝きが目に染みるぜ。


「あと、少しじゃよ」


 アルは岩の壁に沿って歩みを早める。私も一生懸命ついて行くけど、鞄いっぱいに詰め込んだ魔晶石が時おり溢れ落ちて、思うように歩けない。

 完全に陽が落ちて、村が松明の明かりに包まれる頃、ようやくそれは見えてきた。


「入り口?」


 私がそう言い終える前に、突然アルが私を突き飛ばした。

 私が居た場所には、長い槍が非常にも突き刺さっている。


「何これ!?」


 本当に何これ。見た事も無い珍しい光景。私が居た場所に長槍が揺れている。

 口数が少なくなる程疲れ果ててやっと辿り着いた場所で、どうしてスライムよりも熱烈な歓迎を受けなければならないの?


 憤りを覚える私を、どこからそんな力が出るのか、骨と皮だけの細い腕でアルが軽々と担ぎ上げる。

 右手に鞄を持って凄い早さで入り口らしき方向に走って行く。壁が後ろに流れて行く。

 そんなに早く動けたんですね。アル様。本気で私から遠ざかっているのだと思う速度はコマ送りのイージーモードだったんですね。


 それでもだよ。こんな早く走れるなら、鞄持ってくれても良いのに、少しは助けてくれても良いのに——って、思ったけど。

 それじゃあ、私が強く慣れないんだよね。色々考えてくれているんだよね。知ってるよ。私は知ってるよ。

 

 でもね、何だか涙が出ちゃう。


 そして、涙で滲む視界に突然に扉が現れる。


 内臓が全て飛び出る程の、錯覚を覚える重力を感じながら、一言言いたい。


 「ギブギブギブギブ! おぇぇ——」


 そんな私の言葉を見事に聞き流して、アルは扉の前に立ち止まると、身体の丈と同じくらいの杖で扉をコツンと叩いた。


コツンという表現では優しいかな——


 くだんのコツンで、砦が揺れたんだから。

 吐き気に耐えながら、抱えられたままに目線を上げると、砦の上で狼狽える弓や槍を構える男達と目があった。


 扉の前にいる私達に対して、男達は既に砦の上から迎撃体制を整えている。


「久しぶりじゃのう。少し扉を開けてくれんかの?」


「俺達は貴様らなど知らん。今すぐこの場から立ち去るか、断るのであればこのまま串刺しとなって貰う」


 一人の男はそう言うと、私達に向け殺意と共に槍を放った。

 アルが軽々とその槍を鞄で弾くと、弾いた槍は粉々に砕ける。

 その時に鞄が揺れる衝撃でいくつかの魔晶石が溢れ落ち周辺が大きく歪みを帯びた。


「こ、これは!」


 砦の上の男達が動揺している様子は分かるけど、それが霞む程に景色が大きく歪み揺れている。


「ワシは最果ての塔の守人アルティウスと言うんじゃが。この魔晶石を譲りたいと考えておる。もちろんタダでとは言んが、誰か年寄り連中に掛け合って貰えんかのう」


「少し、その場で待て——」


「だ、そうじゃ。アカリ少し座ってていいぞ」


 当然の結果だと思う。砦を揺らす程のアルの強さにこれだけの魔晶石。

 大変な思いしたんだから、それ相応に迎え入れて貰わなきゃだよね。

 吐きそう。気持ち悪い。魔晶石の歪みに私の意識が溶け出す。深い眠気と一緒に意識を手放すのに時間は掛からなかった。

 不覚にも私が発した弱い声に、皆の同情の視線が集まるけれど気にはしない。

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