第九話 最弱の勇者Ⅲ

「めちゃくちゃ痛いんだけど! 死んだらどうするの」


 はーびっくりした。完全に死んだと思った。


 胸の防具を擦りながら立ち上がり、近くの石を二つ拾い一つをブヨブヨに、もう一つをアルに投げつける。


「防具が役に立ったじゃろ?」


「こんなの何よぉ! もう少し下だったら危なかったじゃない。パンが食べられないでしょ!」


「気になるのはそっちなんじゃな」


 呆れた様子で首を左右に振るけれども、私にとっては死活問題。


 確かに元の世界の事も、ソウマの事も気にはなるけど、それよりも何よりも明日のご飯が食べられないのは死ぬ程に辛い。


 腹が減っては生きては行けない。


 兎に角だ——


 このブヨブヨにもこのヨボヨボにも限界。


 近くで一番頑丈そうな棒切れを拾い、アルへの憎しみも込めてブヨブヨに殴りかかる。

 反抗する様に、ブヨブヨは身体の一部を尖らせると、容易くその棒切れを叩き割った。

 心なしか、口の切れ目が遥か昔に流通を賑わせた某通販サイトのシンボルに見える。

 なぜその時代から数十年も経ってるのにそんな事を知っているかって?


 そんな事は今は関係ない。


 割れた棒切れの残った方で伸びきった根元を思いっきり殴り付けたけど、その棒切れも粉々に砕け散った。微笑を崩さずに、木屑もろとも噛みついてくるブヨブヨ——


 その攻防に慣れてきたのか、私も少しはまともに避ける事が出来た。


 考えなきゃ。考えなきゃ死ぬ。

 考えなきゃこのまま毒とか死ぬとか嫌だ。


 頭の中では夕食の事を考えながら、少し距離を開けて、ゆっくりとブヨブヨを観察する。


 そうして、イメージは固まった。


 私が、無惨にブヨブヨに突き刺されて、残酷にも無惨にその場で倒れる姿が。


「アールー! これ絶対に絶対に絶対に無理だよ。なんだかお腹もすいたよぉ!」


 本当にお腹もすいた。限界。

 これ以上は出来ない。

 考えたけど、全然わからない。

 何度やっても同じ事の繰り返しにしかならない気がして堪らない。


「持ってきた“こん棒”をきちんと使わんからそうなるんじゃ。持ってきたやつじゃ、ほれほれ、そこにあるじゃろ」


 際限なく呆れ尽くした様子で、こん棒が落ちた辺りを指差した。

 ブヨブヨは、幸いな事に警戒して直ぐには攻撃して来る様子は無いから、距離を開けたままに、アルが指差した辺りで、それっぽいこん棒を拾ってみた。


「それからな、腹が減ったのは気のせいじゃ。朝飯食ったじゃろ?」


 そんな事は無い。

 断じて無い。


 朝ご飯は食べた。

 食べたけど、戦っていたら腹は減る。

 仕方ないじゃない。

 だって、一日は三食食べるんですよ?

 多い人は四食も五食も。


 それはさておき——


 アルの用意した“こん棒”は、今までの棒切れとは明らかに異なり、手にしっくりくる質感を感じる。


 持ちやすさ。

 重量。


 何よりも、魔力と触れ合う感覚から訪れる心強さは今まので比では無い。

 二度三度、その場でこん棒を振ってみると、なんだか納得出来た。これなら、行ける気がする——と。


 根拠は無いけどまずは距離を縮めて、ブヨブヨの最強コンボ。噛みつきと、部位を尖らせる連続攻撃を軽く避け、伸びきった所を、今までと同じように殴る。


 よし、シミュレーションはバッチリ!


 私は考えた通りの動きを、勢いに任せてやってみる。

 イメージとは、大きくかけ離れた慣れない動きだったと思う。アルの様子がそれを物語る。しかし、それでも、何とか、見事に、予想は的中して、こん棒がブヨブヨの口の割れ目を見事に捉える。

 今までと同じように吹き飛んで行くけど、今までとは明らかに違う様子で苦しんでいるのがよく分かる。


 しかし、すぐにくたばる様子は無い。

 流石は我が最強のライバル。


 決死の様子で、我がライバルは強く一度跳ねて見せると、次々に身体の部位を尖らせ攻撃してきた。


 フフフ——

 その攻撃を私は既に見切っているのだよ。


 嘘です。

 本当は一杯一杯です。


 それでも同じ攻撃パターンに慣れて来たのは本当で、避けては殴り、避けては殴る、殴る、殴るを繰り返す。


 ブヨブヨの表皮と呼ぶのが正しいかは知らんけど、表面が少しずつ硬質化して行く。

 硬質化した部分から順番に亀裂が入り、攻撃も遅くなってきた。

 私も息が切れて、そろそろこの死闘にも限界を感じている。

 

 まだまだこうして戦っていたいが、強敵ともよ。長年の戦いに終止符を打とうでは無いか。


 そんな事を妄想していると、ブヨブヨの声が聞こえて来た気がする。


(さっきからうるせーよ。長年でも強敵ともでも何でもねーよ)


 う——


 確かに。ごめん。調子に乗り過ぎた。


 妄想プレイに別れを告げて、両手でこん棒を握りしめると天を突き上げる様に振りかぶる。

 ブヨブヨも黙っては倒れない。その隙を待っていたかの様に、最後の力を振り絞り、最大限に口を開け、牙を尖らせ襲いかかる。

 

 当然、私も予想はしていた。イメージ通りの場所に来た、大きく開けた口を目掛けて、全力でを振り下ろした。


 こん棒は牙に当たると、その牙は枯れ葉のように砕け散り、口に入ればそのまま身体を真っ二つに裂いた。

 斬り裂くというよりは、見事に叩き割れたという方がしっくりくる。

 砕けた二つの身体は地面に転がると、草木が燃え尽きた灰の様に、風と一つになって散って行った。

 消失する最後の瞬間、その刹那に一瞬だけ景色が歪んで見えた気がした。

 その事を見送ると、乱れた呼吸を整える為に大きく呼吸をする。


 肩で息を飲み込んで、汗を拭い、アルの方を向いて、にっこり笑ってみせた。


「どーだ!」


 アルも満更では無い様子でこっちを見てる。

 

 それよりも気になるのはこん棒の切れ味。

 そう、なのよ。


 使った人にしか分からない。通信販売には確実に不向きな切れ味良すぎるこのこん棒。


 お値段幾らでしょうか?

 ちょっとやそっとのお値引きでは買いませんよ? 強いて言うなら、毛蟹でも付いて来るなら即決ですけれども。


「なんで? なんで? なんでさ? この“こん棒”こんなに強いのさ?」


「ワシが用意した武器じゃからな」


「そうだわさ!」


 って、それしか私には言えなくない?

 どうゆう事?


 誰か詳しく説明して下さい。

 まぁ、今一つ納得は出来ないけど納得するしか無いって事でOK?


 本当にその辺の枝や棒と変わらないんだけとなぁ。どうしてこんなに強かとよ?


 視線はこん棒を通り過ぎて、地面でキラキラ光る親指大の黒い鉱石に辿り着く。


 今度は間違い無くその周辺が歪んで見える。


「これが、魔晶石?」


 問いかけると、アルは周りを気にしながら首を縦に何度か振ってみせた。


「これでさ、パン何個分なの?」


「それ位の大きさじゃったらパン数個分位にはなりますかのぉ。それよりも気を付けるんじゃよ。次々に来るぞ——」


 アル様がそう言い終える前に、樹の上からボトボトと音を立て、二体の濃緑のブヨブヨが落下してきた。

 流石は我がライバルだ。もう復活したか——って、そんなわけ無いよね。お友達ですか? 家族ですか? やっぱり怒ってますよね。

 でも、この子達も必死んなんだね。ブヨブヨじゃ失礼だよね。


 スライムっていうの?


 アルがそう言ってたし、私もあなた達に敬意を払いスライムって呼んであげる。

 あなた達も、あなた達の事で必死なんだと思うけど、私も必死だから。許さなくても良い。私の血肉を潤す糧となってくれぃ!


 ムムム。背後にも数体、気配を感じる。


 しかしながら、私はパンの為なら十体でも二十体でもやれる系女子なのよ!


 こん棒を握り直し、二体のスライムを次々に殴り付ける。


 アルはその様子を見届けると、森の奥へと歩みを早めた。


「ちょっと、ちょっと、ちょっ待てよ!」


「それくらい、倒しながらついて来てくるんじゃ。まだ森の入り口じゃからの」


 私の渾身の“待てよ”を持ってしても完全に無視スルーされた。


「魔晶石もちゃんと拾うんじゃよ」


 そう言いながら振り返るアルと瞳の光が交差する。そんな事言われなくても、パンの為なら拾いますよ。


 そして——二個の魔晶石を拾っていると、さらにスライムが落下してくる。


「さぁ、どんどんいくよ」


 アルはそんな様子に呆れた様子で、さらに数段階ギアを上げて歩みを早めた。


 まだ本気じゃあ無かったの?

 待ってよ。本当に。

 いくら何でもこの数。無理だって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る