第八話 最弱の勇者II
——ちょっと待って
「この装備、不安なんですけど」
不安しかない。外に出た私はありったけの不満をぶつけてみる。
白い布の服に、胸周りを守るだけの皮の鎧。
腰周りを囲った皮のスカートに、脛周りまでをかろうじて守れる皮のブーツ。
ブーツとスカートの間は数十センチ開いていて、あまりにも無防備な素肌が、これから出会うであろう未知の敵に晒されるんです。
乙女の柔肌が野蛮な獣達に晒されるんです。
この先の戦いに不安しか無いんです。
「しかも武器がこんな棒切れだけじゃ……私、死んじゃうよ?」
「大丈夫じゃよ。勇者は死なんと教えたろ」
そうなんです。恥じらいとかそんな事でここまで追い込まれないんです。
これでは戦えないですよね?
危険が増してますよね?
元気いっぱいに死にますアピールをしてみても、この髭面のお爺様はまるで相手にもしてくれない。
私の不安なんて気にも止めないで、それどころか森へと向かい、そそくさと歩き始めた。
「ちょっと。荷物はどうするの?」
こっちを見向きもしない相手に最大限に身体を大きく動かし、足元の大きめな鞄を大袈裟に振り回した。
「その鞄の中には道中の食事が入ってるんじゃが、そんなに振り回したら食べられんくなりますぞ。それにじゃ、帰りにはその鞄いっぱいに食材を入れて帰る予定なんじゃが、持って来てはくれんかのう?」
あらあら、アル様。
私のウイークポイントを良く知ってらっしゃるじゃないの。
良いわよ、持っていってやろうじゃないの。
だいぶ距離が離れたけど、急いで鞄を背負って、樹の皮の帽子を被り、私は全速力でアルを追いかけた。
ようやく振り返ってくれたアルの表情は、なんだか優しかった。
多分、私もそんなに嫌そうな顔じゃ無かったんだと思う。
——ソレは森に入ってすぐに現れた。
森林の濃い緑色をしていて、ツルテカでブヨブヨで、丸っこい奴が、こっちを見ている気がする。なにあれ、気持ち悪い。
大きさはアルよりやや小さい位で見た目に不釣り合いな程大きくて、はっきり言って気持ち悪い。
大事な事だから何度も言うけど、気持ち悪い。
「アル、あれを倒すんだよね?」
「そうじゃが」
「これで?」
不安げに右手のこん棒をヒラヒラとアピールしてみた。
まぁすでに、このアピールも無駄だと理解はしている。
アル様の事は何となくだけど分かって来た。
笑顔でこんなか弱い(美)少女を死地に誘える御方に、この程度のアピールは無意味だとよく理解した。
「素手の方が良かったか?」
ほら見てご覧なさい。
こんな酷い事を簡単に言ってのけるんですよ。何かにつけて私を挑発してくるのもきっと私の為なんだと、無理矢理自分を鼓舞するしか無い状況なのは理解してるけどさ。
いいよ、いいよ、もう分かりました戦います。ヤリます。殺ります。ヌッコロしますとも。
私は瞳を閉じって、そっと戦闘モードのスイッチを入れた——
「何をやっとる早よせんか!」
瞳を開けると、もうすでにブヨブヨは私の眼前に迫っていた。
普通はね、ここから両者息を飲んで、木枯らしとか吹いて、そっからバトルになるでしょうよ。空気読めよな!
「これは親切なアドバイスなんじゃが。そのスライムに噛まれたり、刺されたりすると毒で暫くは動けない上に、その間食事は食えんからな…… 気を付けるんじゃよ」
はいはい、刺される前に教えてくれてありがとうございます。
でも、それならもっと武器とか、防具とかしっかりしたものが欲しいんですけど。
本当に泣けてくる。
面白半分で言って見せた後に、私の方を振り向くと、アル様はそのまま後ろに二、三歩下がった。
何を言ってもアルには通じないし、このブヨブヨも待ってはくれない。
もう分かった。絶対後悔させてやる。
突っ込んでくるブヨブヨを思いっきり叩きたかったけど——怖くて避けた。
だってしょうがないじゃない。最初のバトルですぜ旦那。こんなん突っ込んで来たら避けるしか無くない?
肩透かしにあったブヨブヨは振り返り、私との距離を詰める。
目は無いけど、明らかに私を睨んでいる。
私も目を反らすつもりは無い。意外でしょうか? 怖いもは怖いけど、私にも譲れない事くらいはある。絶対に負けたくは無い。
ブヨブヨは一度跳ねると、中心よりも若干下の方に一本線が入りそのまま大きく開く。
鋭く尖ったその断面は明らかにそれが口で、牙で、それらが私を傷付けようとしている事がよく分かる。
その容姿からは想像が出来ない程に素早く動き、襲いかかる。
数メートルの距離を一気に詰めて噛みついてきたけど、それもかろうじて避ける事が出来た。あまりにも無様で、転んだ様にもみてとれなくは無い。
残念な位に雑な避け方に、思わずアルの視線を気にしてしまう。
しかし、そんな余裕が無い事をアルが私に教えてくれた。
攻撃を受けてしまえば、一週間食事が取れないのに、このブヨブヨも私の事なんて考えていない。
だからこそ、私もこのブヨブヨの事なんて考えない。
お互い様だ。
二度、三度素早く噛みついて来るブヨブヨの猛攻を全てギリギリで交わしながら、何度目か転んだ際に唯一の武器であるハズの“こん棒”を見失ってしまった。
貴重な武器を無くした事もお構い無しに噛みついてくるブヨブヨに、良いかげんに苛立った私は、近くに落ちていた似たような棒切れで口の部分に強力な一撃をお見舞いした。
私だってやれば出来るんだ。
どうだ、見たかアルティウス。
ブヨブヨは吹っ飛び、棒切れは砕けたけど魔力を取り入れた時に向上した身体能力を、その時初めて実感する事ができた。
続けざまに近くの棒切れを拾ってブヨブヨに追撃する。
何度も何度も——
調子に乗った私は、木の棒でブヨブヨを叩きつける。
アルの呆れた溜息が聞こえた気がした。
ブヨブヨは、私の笑みを掻き消す様に身体の一部を瞬時に尖らせ、容赦無く胸を突き刺した。
その衝撃で身体は宙を舞い、アルの足元に転がる。
倒れた先でアルと視線が交わるけれど、微動だにせずに私を見下ろしている。
しばらく動かない私に、アルを警戒したブヨブヨが、じわじわと躙り寄ってくる。
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