第七話 最弱の勇者

 十二の文字。


 煌めく円形の石板を、一から十二の文字がぐるりと一周して、その内側を長短二本の針がそれぞれに数字を指している。


「アル、あれは何?」


「あれは、おまえの今の強さを表すモノじゃ。ワシらはレベルという呼称で共有しておる」


「レベル? あ、針が動いた」


「そっちじゃったか…… 」


 私があまりにも珍しそうに、瞳をキラキラと輝かせていたものですから、その横にある綺麗な鉱石で作られた、外からの光を受けて、照らされて、虹色に乱反射している板の中央に描かれた数字の説明をしてくれたらしい。


 何だか、面目ない。


「そっちは、時計じゃよ」


 そうそう。そっちです。

 面目無い。本当に。


 時計——


 どうやって見るんだろう。

 私が知っている時計は、最大で四つの数字が並んだ物だけで。そう言えば、図書館の資料で見た事がある様な、無い様な。


「き、綺麗だねぇ」


 思い出した様に、慌てて取り繕うけど、そんな気遣いは、必要なかったらしい。


「まったく人の話を聞かないんじゃな。慣れましたがね」


 アル様は本当に出来たお人である。

 私のポンコツ発言に慣れて頂けるなど、大変に人が出来てらっしゃる。いや、本当に。


 面目無い——


 それはそうとして、台所から卵とベーコンを焼いて、塩コショウをかけた物と焼きたてのパンを持って来て、アル様が丸太の椅子にゆっくりと腰を降ろす。


 当然の様に、私も椅子に座ると、両手を合わせる。


「いただきまーす」


 肌寒い塔の内部を、てっぺんまで風が通り過ぎて行く。

 何だか、アル様から刺す様な視線を感じるが、夏の夜の蚊程に気に留めない。


「おいしぃ。こんなおいしいパンを食べた事無いよ」


「そんなに喜んでくれると、こんな物でも作り甲斐がありますよ」


「そうでしょ!」


 心なしか、アルの表情かおが、声色が冷たい。


 ちょっと調子に乗り過ぎたかな。


 心なしかベーコンを噛み締める奥歯に、力が入り過ぎてるような気がしますよ。


「さっきの話の続きでも聞きますかの?」


 私が食事に満たされた頃合いを見て、アルが話しかけてくれた。

 お腹をさする愚鈍な私めに対して、どこまでも温情をかけてくれるアル様に対して、明日からは足を向けて寝ないように心に刻んだ。


 そう、今日からでは無い。明日から。


「はい、お願い致します」


 食べ終わった食器を片付けると、自分の行いを反省して畏まって見せた。


「今のおまえのレベルは最低の1じゃ。魔に属する唯一の王を倒す為には、その数字を最低でも100まで上げる必要がある」


「どうやるの?」


 私の真剣な様子が少しは伝わったのか、アルは席を立ち、ご褒美と言わんばかりに、朝食には不釣り合いな、デザートの準備を始めてくれた。紅茶付きで。


 この方は神じゃあなかろうか。

 いや待てよ。

 この風貌と、このファンタジー感。

 アル様神様説も急浮上じゃあ無いのか?


「とにかく—— ひたすらに経験値を稼いで、レベルを上げる事じゃ」


「それで、それは何を作ってるの?」


 しまった、アル様神様仏様に対して話半分に聞いてしまい、それどころか、あろう事か、興味がデザートに行ってしまった。


 殺される。祟られる。ヤラレてしまう。


「それで、それはどんな格好なのですか?」


 両手を大袈裟に顔の前で交差する私に対し、冷ややかな視線を送りながらも、しっかりと空になったマグカップに、紅茶を注いる。

 恐る恐るアルの表情を除き混むと、想定内だと、話を続けてくれた。


「これは甘い樹液に、甘酸っぱい赤い木の実を漬け込んだデザートじゃよ。ワシ特別ブレンドの紅茶とよく合うじゃが、話を真面目に聞くかのう?」


 やばい、やっぱり怒ってらっしゃる。

 私は背筋を伸ばし、再度やる気を見せてみた


「はい。何と戦えばいいんでしょうか。アル様教えて下さいませ」


「ちゃんと聞いてるんじゃな。最後までちゃんと聞けたら食べさせようかの。まずは紅茶でも飲みなさい」


 マグカップから立ち上る湯気が、部屋の寒さを和ませる。


 特注というだけの事はある。

 部屋中にその暖かい春の香りが行き渡る。


 暖かい香りの中、今度こそ真面目に話を聞かなければと決意するが—— 幸せな眠気が、夢の中に誘う。

 眠り耐性と言っても、それは薬に対する耐性で、自然な眠さには敵わないよね。


「タダでは生きては行けないからな、村々からの依頼を受けたり、魔獣の体内に眠る魔晶石というモノを手に入れて貰おう。さっき食べた、パンとかベーコンとか、卵とか、この紅茶とかを買う事が出来るんじゃ」


 うつらうつらとしている私の脳を、覚醒させる単語を並べてくれるアル様。


「倒す、倒すから! おいしいモノいっぱい食べさせて」


 大きめのマグカップを両手で掲げ、瞳を輝かせ、溢れる笑みを堪えきれない。


「この紅茶も暖かい。良い香り。おいしい」


「では、それを飲んだら早速実践ついでに買い出しに行くとしようかのう」


「木の実は?」


「そうじゃった、そうじゃったな。ゆっくりと召し上がりなさい」


 瓶詰めの大きめな赤い木の実を、樹の皮で作った皿に二つ並べて渡してくれた。

 木の実はコブシ程の大きさで、食後には中々のボリュームだけど、全然問題ない。


「痛っ!」


 木の実を頬張ろうとしたその時、私が大きく開けた口に、アルが何かを投げ入れた。

 その何かは、喉の奥を切り裂きながら流れ込んで行く。


「何するの!?」


 喉の奥の熱が、より深く入り込んで行くのを感じならが。その痛みが弱まり、暖かくなって行くのを感じ——


「おまえは、今から勇者じゃ。いつもなら塔の外に出て完成を待つんじゃが、成る程その石の最適正で間違いないみたいじゃな」


「どういう事?」


「もう痛みは感じないじゃろ? それどころか、暖かいモノが身体を満たして行くのがわかるはずじゃ」


 確かに。痛みは通り過ぎて、今は全身が心地よく満たされて行くのがわかる。


「その全身を満たしているモノが魔力じゃ。人族には持ち合わせ無いものを、無理矢理に身体に受け入れさせるから、適正がない奴じゃと、身体が崩壊してしまうんじゃが、おまえの場合は、石の方が受け入れてくれたようじゃのう」


 この方やっぱり怒ってらっしゃる?

 アッサリと恐ろしい事を言って下さいましたけど、ってまぁまぁ聞かない単語ですよ。

 怒ってますよね。怒ってるんですよね。次からは、もう少しまともに話を聞こうとしましょう。そうしましょう。


「取り合えずひと安心じゃから、褒美に木の実を食べると良い」


 アルはそう言うと、食器を片付け始めた。

 色々と気になる事はあるけど、取り合えずは目の前の木の実が気になってしょうがない。


「もぅ口開けても痛いことしない?」


 アルは何も言わないけれど、笑顔でお皿を洗っている。

 とりあえず大丈夫なんだと直感的に感じて木の実を頬張った。


「おいしい!」


 この後、痛い事とか辛い事とかいっぱいあるんだと思うけど、なんだか私頑張れそう。

 待っててねソウマ。すぐに元の世界に帰って、ついでに世界も救ってあげる。


 【レベル1】私は最弱の勇者となった。

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