第4話 最強の力
「何しやがる——」
胸を貫く痛みに、それ以上の言葉が出ない。
全身の血の気が引いていく。
変わりに浅黒い感情が込み上げる。
その物体が胸が熱を帯びている。
熱い——まるで燃えているようだ。
錯覚では無く。
実際に青白い炎を纏って、貫かれた胸から広がる様に燃えている。
激痛で気を失う事も出来ず、何度も何度も殺されている様に絶望する事しか出来ない。
凄く長く感じた。
炎で全身が崩壊して行くのを感じながら、苦痛に耐える。
髪は一瞬で蒸発し、肌が焼かれ剥がれて行くと、剥き出しの内蔵は順番を待つこと無く次々と焼かれて行き。
心臓が焼かれ、脳が焼かれて行くのを感じながらも、激痛と引き換えに、体の内に何かが満ちて行く事が分かる。
最後の骨の髄を焼き尽くし身体から炎が剥がれ落ち——次第に痛みは収まり、炎は完全に剥がれ落ち、足元で僅かに弾けている分を残し蒸発した。
「素晴らしいよ。やはり適合者は君だったね」
全身の体力、生命力その全てを奪われたような脱力感が襲う。
もはやアギルが何を言っても、どうでも良くなる。
あれだけ寝ていたのに眠い。
あれだけ?
どれだけ寝ていたんだろう。
再び闇が時間が俺の中を通りすぎて行く。
全ては燃え尽きたはずなのに、身体に無いはずの感覚を感じた。
「あ、おはよう。君はよく寝るね。どうだい、生まれ変わった感想は?」
生まれ変わった?
確かに眼球は無くなったはずなのに、視界がある。燃え尽きたはずの左手が、右手が見える。視線を落せば足もある。それよりも聞きたい事がある。
「アギル、おまえ俺に何をした?」
「やっぱり気になる? 魔族が体内に有する魔晶石という物体を胸に突き刺したのさ。まぁ、成功する確率は凄く低くて、だいたい燃え尽きて死んじゃうんだけどね」
アギルがゆっくり椅子に腰かける。
そういえば、ここはさっきまで居た黒い部屋とは違う。
暖炉、ソファーにテーブルに椅子。
しっかりとした作りの重厚な扉。
窓は無く、部屋の明かりはロウソクと暖炉の火に頼っている。
不意に壁に張り付けられた鏡に目が行く。
「なんだ、これは!」
見知らぬ誰かが俺を覗き込んでいる。
黒く短い髪は燃え尽きて、原型を留めず。ウィッグの様な髪が、銀なのか金なのか、薄暗い室内では良くわからない光沢を発している。
茶色の虹彩も燃え尽きて、色素の濃い紫の虹彩が俺を見つめている。
自分と目があってもそれが自分のモノと分からない不思議な感覚。
肌の色は蒼白く——
「だから言ったよね、生まれ変わったって」
生まれ変わり。
疑問が次々と押し寄せる。
「なぜ、俺をこの世界に連れてきた?」
「だから、それは君の為にもなると思ったからだよ。WINWINの関係ってやつ?」
マグカップをくるくる回しながら言われても、説得力は無く。WINWINの関係もよくは分からない。
「本当におまえの言った事を守れば、元の世界に帰れるんだよな。元の世界を救えるんだよな?」
「そうだよ——って、言っても信じれないと思うけど、信じるしかないんだよね」
アギルは笑いながら机に置かれている何かを食べている。
それを見ていると急に腹が減ってきた。
理解は追いつかないが、とにかく腹が減る。
「それ、何食ってるんだ?」
「あぁ、これはクッキーだよ。食べる? そう言えばお腹空いたよね。難しい話は後にしてさ、とりあえずご飯にしようよ」
俺はこれからどこに向かうのか。
何をするのか。
何も分からない。
何も分からないけど腹が減るのは、どこの世界も同じらしい。
朝飯か、昼飯か、夕飯か、時間も何も分からないけど。
「何食べたい?」
もちろん肉が食べたい。
でも、そんな事言ったら何の肉を食べさせられるか分かったもんじゃあない。
「ラーメン」
自分の発言に驚いた。
あるわけ無いのに。
そんな言葉が脳裏をよぎり、考えもせず口に出してしまった。
「こんな状況でラーメンなんてよく言えるよね。でも、食べさせてあげるよ。僕は従順な君の守人だからね」
「ラーメンを? 食えるのか?」
「この城じゃあ無理だから、街に行くけどね。少し歩くけどそれくらい我慢しておくれよ」
そう言ってアギルは淡い黄色を基調とした部屋着を脱ぎ、その場でパンツ一枚になって着替え始める。
服の下は完全に鍛え上げられた肉付で、少年の顔にはあまりにも不釣り合いだ。
スポーツタイプのパンツには、可愛らしいクマのプリントが施されている。
「あ、くま——」
自分でも驚く。
今まで、そんな事は無かった。
ここに来て、不意に言葉が口から飛び出して行く事がある。
「え? なんでわかったの? あとで驚かそうと思ったのに」
アギルは黒の革のパンツを履く所で、こちらを振り向いた。
「さすが唯一の王だね。そうだよ、ボクは悪魔だよ。ピンチの時にこの力で驚いて貰おうと思ったのに」
「いや、筋肉の割りには可愛いクマのパンツだと思っただけなんだが——」
二人の間に冷たい風が吹き抜けた。
そんな気がした。
この部屋を永久にも等しい沈黙が流れた。
そんな気がした。
「そうだよ、ボクは悪魔だからね。なんだかクマが好きなんだ」
アギルがそんな沈黙を破り照れ笑いで取り繕うと、急いで革のブーツを履き、素肌の上に白いシャツを纏い、黒革の質感のタキシードに身を包んで行く。
帽子を被り、ゴーグルを手に持つと『早く出掛ける用意をしてね——』と、俺に言い残し、部屋から出ていった。
自分の中に何か違う物が入ってきた、そんな違和感を覚える。
俺は異世界で死ぬ思いをして、眠って起きたと思ったら、なんでこんなくだらないやり取りをしているんだ。
混乱が混乱を呼ぶ。
取り合えずアギルとお揃いで用意された服に着替えて、フード付きの黒い革のロングコートを見に纏い、何の役にたつのか、取り合えずゴーグルを持って、重厚な扉を押してみた。
アギルが出ていった扉だ。
絶対に開くと分かっていても、その手が若干震えていた事を多分俺は一生忘れないと思う。
開いた扉に安堵すると同時に、胸の奥から溢れ出る力を感じた。
色々聞きたい事はあるが——よし!
とりあえずラーメンを食べるとしよう。
俺はその時、最強の力を手に入れた。
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