第1話 世界の終わりと少年と少女

 最後の冬


 俺は未だに未来に希望を抱いていた。


 こんな世界で馬鹿げた事だとAIにも罵られるが、人を好きになるという事を、知る事が出来たからだ。

 未来さきを考える事を止めた人々は、この世界のメンテナンスを機械に託し、眠ったままに最期の日を迎える事を選んだ。

 深い眠りについて、好きな夢を見て、絶望を忘れる事で、残りの時間を死んだように生きる事を選んだ。

 万が一、世界の終わり——その日を過ぎる事があれば、機械達の手によって目覚め、翌日からは眠る前と同じ生活が可能となるらしい。


 俺はあまり興味は無いが、経済や物流さえも息を吹き返し、かつての財力や地位のままに世界は元通り——と、いった具合に上手い事を考えた人々が眠ったのが数十年前。

 そんな世界で、どうして十代の俺達が産まれたかって? 計算が合わないって?


 簡単に説明すると。


 簡単にしか出来ないんだけどな。


 眠っている人々は、薬の量を機械が管理して毎日素敵な夢を見ている。メタバースとか言って、夢で人々は繋がり、時間加速だとかで、人生を何周も楽しんでいるとか、いないとか。

 老いる速度を、可能な限り遅くするオプション付きでな。

 俺達の親の世代には、不幸にも薬に抗体が出来る事が極稀に起きてしまい、それで強制的に夢の世界からログアウト——つまり目が覚めてしまったんだな。

 全人類睡眠計画と言って、当時は無理矢理にでも機械に閉じ込められて、眠らされるって事もあったから、必ずしも不幸ってわけじゃあ無かったらしいけど。

 やっぱり殆どの人は絶望したらしい。

 だって数百万とか数千万人に一人の確率で目覚めるんだから、そんな世界でどうするって悩む分けだよ。普通はね。

 それでも、社会の基本的管理は全て機械が行ってくれていたから、ネットワークや電力なんかも無事で。

 目覚めた人々は、簡単にお互いを認識出来たらしいけど、そこからが大変だったそうだ。

 誰かが目覚める事や、目覚めた人々が何をするかは、ある程度想定済みで。機械が扉の開閉や、物品の管理、移動に至るまで、全てを管理していて。そのお陰で、法の管理だとかを、強制的に行っているから、簡単には会う事が出来なくて。俺の両親も目覚めた後に同じ様に目覚めた人と初めて出会うまでは、数年掛かったって言うんだから笑える。

 出会ってすぐに恋に落ちて、俺が産まれたって言うんだから、更に笑えてくるけど。そのお陰で、今は幸せな日々を過ごせているから感謝している。


 どうしてこんな終末の世界で幸せなのか?


 実際に産まれて来た子供達は、世界の終わりを知ると殆どが絶望していた。

 善悪の区別もつかずに、世界を管理する機械に殺される事案もあった。

 だって大人になれずに死んでしまうだぞ? 何をしたって、そいつを人が捌く事など出来る筈が無い。機械はいつでも、冷静で残酷だ。


 大人達はそんな俺たちの事を、運命への皮肉を込めて“終わりの世代”と呼称したりもした。


 俺も数年前には、この世界に絶望していた。


 残念ながら抗体を持った親達の子供、つまり俺達にも当然の様に抗体が現れた。

 幸いな事があるとすれば、目覚めた人々が行き来出来る場所は限られていた事だ。

 お互いで、お互いを助け合って生きる範囲に生活圏は限定されたが、機械が何もかもやってくれるから、子供達も成長する事が出来た。

 それでも、こんな終末の世界では、薬で眠る事が出来ないのなら、自ら命を絶つなんて事、近年では頻繁に起きていた。

 星が近付くにつれて、終末の日が近付くにつれて、不安は大きくなって行く。


 俺の両親も同じ様に不安だったんだと思う。


 絶望の世界で次々と亡くなって行く人々。


 俺の両親も例外では無かった。


 父さんも母さんも、沢山俺に謝ってくれたけど、その時の俺は『どうしてこんな世界で俺なんか産まれたんだ——』と、負の感情に満たされていた。

 だから親達のエゴで、俺を巻き込んで殺そうとする事が許せなくて足掻いた。

 結果は一人残されても、生きる気力なんて湧かずに、同じ様に死を選ぶ事しか出来なかったのだが。


“空中庭園アルキュミラ”


 俺達が生活出来る圏内に、空に届く程に高い建造物がある。

 その頂上に、半径四キロにも及ぶ、巨大な庭園がある。


 ずっと憧れていた。行ってみたいと。


 でも、大人達が星に近づくと、高い場所を嫌い、立ち入り禁止区域に指定されていた。


 法的管理区域とは異なり、世界を管理する機械は関与しない。


 勝手に大人達が、子供達の出入りを禁止していただけだから、そんな事も両親が居なくなった事で、俺には関係無くなった。


「死ぬならここかな……」


 庭園の端で初めて見る満天の星空と、地上で見るよりも遥かに大きい、を眺めていたら不意にそんな言葉が出た。


「もう少しだけ待ってみたら? 朝日はもっと綺麗だよ」


 庭園に人の気配は無かった。


 だから、実際にこんな所に他に人がいるなんて思っても見なかった。


 幽霊だとか、機械だとか、色んな事を考えて、に対して呆気に取られていた俺は、何も言葉を返す事が出来なかった。


 同い年位の少女は、そんな俺を見て一頻り笑うと、庭園の端に腰掛けて、俺にも座る様に促した。


 ——それは、とても綺麗だった。


 朝日や、そこから見える景色は勿論だけど、朝日に照らされてオレンジ色の髪を輝かせ、何も言葉を交わさずに笑っている——ただ景色を見ているだけで幸せそうな少女が。


 ——綺麗だった。


「お腹も減ったし、そろそろ帰ろっか?」


 俺は頷き、少女に手を引かれ街へと降りた。


 少女は物心ついた時には、両親は既に、それからずっと機械達に育てられてきたという事だった。

 『だから機械達はみんな家族なんだ——』と、明るく笑って紹介してくれた。

 機械には皆名前があって、それぞれに感情の様な個性に近いものまであって。

 そんな事、に——その少女に出会うまで知る由も無かった。


 今思えば、庭園で出会った時に一目惚れだったんだと思う。

 終末の世界だから一目惚れ率が高いとか、そんな事は言うなよ?


 それからのニ年間。

 俺の世界は希望で満ちていた。


 半径数百メートルで完結していた俺の世界は、彼女を始点として広がり。興味の無かった娯楽施設にも何度も足を運んだ。人間以外の生物との触れ合いに喜びを感じた。


 朝の澄んだ空気。肌寒く、淡い青の下で食べる食事の暖かさ。全ての事が愛おしく、幸せを知る程に、それらが間も無く失われる事、その事をと呼ぶのだと理解した。


 アカリは、薄く白い息を吐きながら言う。


「それでも私は…… ソウマに出会えて、この世界に生まれて来て、幸せだよ」


 朝日に照らされる彼女の笑顔を直視できず、俺はひたすらに頷いた。


 何度も、何度も何度も頷いた。


【最後の冬】


 世界はもうすぐ終わってしまう。

 その前に、彼女にこの想いを伝えたかった。


 空中庭園アルキュミラ——


 垂直に伸びた昇降機で頂上まで行く事は出来るけど、その日は色んな想いや、考えをまとめる為に途中で降りて、庭園の最下層から頂上までを歩いて登っていた。時間にして1時間位だろうか。

 最後の坂を上りきった所を左に大きく曲がれば庭園の最上部。すでに空は薄く青みを帯び、待ち合わせの時間に少し遅れた事が気まずくて、一瞬歩みを止め、ワシャっと髪の毛を掴み前を見据え。


 一駆けで最後の坂を登ろうとした。


 刹那——


 無数の黒い粒が俺の身体を取り囲んだ。


 虫の様にも見える、黒い粒を払おうと腕を振ると、腕と粒の周囲はノイズでも入る様に光を屈折させ、腕が歪んで見えた。


 無数に散らばる黒い粒は、光を全て飲み込み景色を歪めて行き、やがて光だけでは無く、俺自身も呑み込まれた事を理解した。

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