【イァン】
硝水
第1話
彼と共に冬を生きられればどんなにいいだろうと、思ってしまう。いや、僕も眠っていられれば、かもしれない。すうすうと小さな寝息を立てる彼の体温は、この時期だけ、少し冷たい。かつては自分もそうで、それが普通なんだとわかっていても。彼と僕を繋ぐのが、もう、とっくの昔に僕の一部になってしまった彼の眼球なのだと判っていても。道を踏み外したのは僕なのに、彼を引き摺り込むなんてのはただの我儘だ。
訊いたことがある。爪とか髪でもいいから、僕を食べてくれないか。「かおは自分のこと、食べたくないでしょ?」僕が最後に彼を食べる時、彼の一部が僕だったら嫌だろうって、それは、ひっくり返して彼がそうだったのかもしれない。自分を食べたひとを……食べたくなかった。「かおがおれと違っても、自分のこと悪いと思ってても、おれはかおのことすきだよ。かおがどこに行っても、おれはここで待ってる」その言葉に縋りついて生きていた。彼が逃げないのは帰る場所がないからで、それで、だから彼の言葉でいちいち宣言してもらわないとダメだった。僕は彼に許してもらい続けなければならなかった。
王を失ってから、街のほうでは少し混乱があったようだった。元宰相のカーツは一時的に王座に就き、次の王の選定を進めているらしい。そして、一冊の本が出回ることになった。『カサギの手記』、前王の側近であった騎士の個人的な書付をまとめたものだ。そこには、これまできっと誰も知らなかったことが、そんなことばかりで埋め尽くされていた。序文にはこう記されている。
かの国【イァン】の者達は我々のことを、親愛なる隣人『ディア』と呼んだ。
【イァン】 硝水 @yata3desu
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