同類たち

 センタービルのオフィス区画に足音が響く。

 狛彦と鈴音のモノだ。どういう理屈かウサギに足音は無い。「……」。妙だ。狛彦はそう思ったウサギの足音が無いこと――ではない。他の足音が無いことが、だ。

 テロリスト強襲の報を受けた結果、奇跡的に定時で帰れた皆様社畜の中にはその狛彦テロリストに感謝するモノもいただろうが、所詮そんなモノは少数派。経営陣を含めた大多数にとって狛彦は駆除すべき対象だ。

 アサルトギアを殺した。

 それでもそのカメラから選られた情報は警備本部に送られているはずだ。

 そうと成れば次に来るのは数か質。

 狛彦でも対処しきれない程の数を揃えるか、狛彦では届かないレベルの質を用意するか、だ。

 一刀如意。そこに至って尚、剣の道は無量無辺。狛彦を殺せる者など幾らでもいる。差し当たっては油断に付け入ってどうにか勝ちを拾うことに成功した魔剣連合ブラッディ・エクスカリバーズの天巧星、八頭蛇刃等がその筆頭だ。

 アレは人形だった。アレに中身は無かった。遠隔操作で操っていた以上、本体なり次の人形なりが用意されていてもおかしくないし、用意されるべきだ。なんといっても今の相手はアレを雇っていたバレットレイン。もう一度連絡でもとって依頼をすればいい。

 仮に八頭蛇刃が拒否したとしてもバレットレインは正真正銘で企業連合メガコーポの一角だ。そうである以上、手練れの請負人ランナーなり軍人は幾らでもいる。


「……」


 なのに何もない。

 それが酷く不気味だった。


『……狛彦』

「あ?」

『ダークネットにウサギさん達が死んだ映像が流れている。これだけ手薄なのはそれが原因だとウサギさんは思う』

「……は?」


 死んだ映像? 俺達の? 何だそれは? 何の意味がある?

 ウサギの言葉に狛彦が階段の途中で立ち止まり、手摺りに体重を預ける。一分が惜しい。一秒が惜しい。少数のテロリストにとって時間は何よりも大切な武器だ。それでもその時間を使い潰してでもコレは考えないといけない。狛彦にはそんな気がしたのだ。


「……いや、違ぇ」


 こ、と拳で額を打つ。意味を考えるな。そんなモノは後から付いて来る。大事なのは何のがあるか、だ。

 バレットレインに損害を与えて得をする者。

 それは例えば同じ企業連合メガコーポに名を連ねる同業他社だ。極夜重工。先ずはソレが浮かぶが、彼等は現在の狛彦達の後ろ盾だ。狛彦達をもう切るつもりなら連絡もなく次のフェーズに移ることもあるかもしれないが、それならそれで狛彦達の死亡映像を流す意味が分からない。だから――


「……第三勢力」

「例えば……どこですか?」

「……いや、わりぃ。思いつかねぇ。お前は? 企業連合メガコーポで他にバレットレインと揉めそうなとことか――」

「幾らでもありますよ。ウチも隙が有れば喜んで殴るでしょうし。それでも普通はこんな庇い方はしませんね。バレたら『テロリストの味方をする企業』のレッテルが付きますから、普通に裏で取引します」

 今回の極夜重工もダイバーダイナー噛ませて一応は出てないでしょう? と鈴音。

「……取引?」

「そうですね。とりまるにも分かり易く言うと……『もう殴るのヤメテやるから友達料金で新商品の情報寄越しな』って感じです」

「……イジメかな?」

「弱い方が悪いんですよ。だから私たちはある程度好き勝手出来てるんでしょ?」

「お嬢様は相も変わらず傲慢で……」


 それでも現在進行形で強さを使って好き放題している狛彦は特に反論が出来なかった。








「――止まれ」


 隠す気もないのだろう。

 一つ上の階から漏れ出る人の気配に狛彦が言う前に既に鈴音もウサギも足を止めていた。

 明かりがついている。話す声も聞こえている。光と音が扉の奥から漏れている。

 女が多いが……その中に一つ混じる男の声。これには聞き覚えがあった。「……」。やはり待ち構えていたか――と言いたい所だが、それにしてはここまでの警備の手薄さが、ダークネットに流れている死亡映像が不気味過ぎる。

 何より敵意が無い。


「……」


 だから――と言う訳でもないが狛彦は一度大きく深呼吸をすると軽く腰に佩いた倭刀の柄を撫でて何でも無い様に残りの階段を上がって行った。

 重い扉。どうやら社内でもセキュリティーレベルの高い区画らしく扉の横には中に繋がる内線の電話番号と電話が置かれていた。どうやらバレットレインは達人アデプトでも差別せずに雇ってくれるらしい。

 まぁ、今の狛彦には余り関係ない。『……』。ウサギが先行するとソレを歓迎する様に扉のロックが外れた。電霊でんれい。兵器に入れられて居てもウサギの本質はソレだ。

 扉が開く。冷たい白の床。所々に黄色いテープで区切られた区画には様々な兵器が並んでいた。中にはウサギと同型と思われる機械人形オートマタもある。そんな部屋の中央。乱雑にけ、そこにあったモノを蹴り飛ばして造られたスペースにそいつ等は居た。

 機械人形オートマタ。アリス。それと五人の少女。


「ウサギさん!」


 アリスは拘束すらされていな――いや、少女の一人、大きな黒いリボンで明るい色の髪をポニーテールにしている少女が背後から抱き着いているが、その程度だ。痛がる様子もなければ、痛めつけられた様子もない。「……」。取り敢えずその姿に軽く息を吐いて、止める。

 匂い。少女の匂い。それが異様に気になった。

 それでも狛彦は彼女達から視線を逸らし、その中央、この場で一番強いモノへ移す。


「やぁ、少年。元気そうだ」


 男がいた。親し気に狛彦に向かって手を上げる男が、機械人形オートマタが居た。

 背には大太刀。フルフェイスのヘルムから放熱の為の青く輝くフィラメント広げるソレは――


「……アンタもな」


 八頭蛇刃。

 人形でありながら狛彦と同等、否。それ以上の使い手に応じながら狛彦はあの日貰った魔剣連合ブラッディ・エクスカリバーズの決闘状と言われて渡された割れたドッグタグを投げつけた。

 受け取り、自身のモノと組み合わせて一つのドッグタグを完成させる八頭蛇刃。


「確かに受け取りました、っと。これで次にコイツを手にした方が次の天巧星という訳だ、少年」

「その称号に興味はねぇし――」


 今にも飛び出さんとするウサギを手で制しながら一歩前へ。


「アンタの人形遊びに付き合わされるのもごめんだ。本気で来る気がねぇなら絡まねぇでくれ」

「ひっでぇなー、俺は何時だって本気なのに……それに、ソレは無理だろ? 何と言っても少年の目的もこのちっちゃいお嬢ちゃんで、俺達の目的もこのお嬢ちゃんとそこのウサギだ」

「は、それはそれは――良い趣味だな?」

「……嫌な言い方するなよ。変に誤解されちまうだろ?」

「誤解じゃねぇのか?」

「一応、少年たちと目的は被ってるはずだぜ?」


 どこか煽る様なモノ良い。第三勢力。その言葉が頭を過ったので狛彦は先を促す。


「まぁ、コレで少年の誤解も解けると思うんだが、俺は人形遣いじゃない。この身体は正真正銘『今』の俺の身体だ」

「……」


 まさか。そんな思い。それでも、あぁそう言うことか、と言う納得も湧き出る。

 それならば分かる。

 それが理由ならば分かる。

 どうして八頭蛇刃がバレットレインを裏切ったのか。

 どうして狛彦達をここまで通したのか。

 何より、八頭蛇刃がどうして機械人形オートマタでありながらあれ程人間らしい動きが、匂いが、気配が出せたのかが。


「俺は、いや、俺達は――電霊でんれいだ」









「……電脳教団サイバーカルトか?」

「そう言うこってす。だから人間どもの都合で造られて自由を奪われた同朋を助けに来ましたー」


 はい、拍手ー、と八頭蛇刃。勿論誰も拍手をしない。「……」。白けた空気の中、やれやれとでも言いたげに肩を竦めた。


「分かっただろ? 俺達は少年の……いや、それは嘘だな。そこのウサギと小さいお嬢ちゃんの味方だ」


 だから手を引け、と八頭蛇刃。


「……それが本当ならな」

「嘘だと?」

「いや、テメェは電霊でんれいだし、助けに来たんだろうよ」


 けどな――


「どうやって助ける気だ?」

「それは勿論、電脳教団サイバーカルトに入って貰いますが?」

「何でだ?」

「性能が良いんですよ、この二人。いや、人間、舐めたもんじゃないですね。流石は偶然で俺達電霊でんれいを造り出しただけはあります。本気で狙って造ればこれ程とは――」


 素直にびっくりですよ、と笑いながら八頭蛇刃。


「……」


 少女たちを見る。その首の裏を見る。埋め込まれた電脳を見る。見た目からでは何も分からない。工作員。そんな言葉が浮かんだ。「……」。勘弁してくれよ。そんな言葉が出そうになるのを狛彦はどうにか呑み込んだ。

 それでもこれは一請負人ランナーの仕事の範疇を越えている。人間滅ぼそうとしてる連中とやり合うとか止めて欲しい。狛彦には関係の無い所でやってほしい。それが本音だ。

 それでも――


「却下だ、八頭蛇刃。引けねぇ」

「へぇ? それはどうしてですか?」

「それはこいつ等の望んだ自由じゃねぇ」

「……そんなことの為に電脳教団サイバーカルトを敵に回す、と? 死にますよ?」

「生まれて間もねぇガキだぜ? それを手前の都合で好きにする連中に噛み付けねぇんなら――」


 一息。


「そんな命に価値はねぇよ」








「……残念です。それでは命を賭けてやり合いましょうか!」


 言葉とは裏腹に楽しそうに八頭蛇刃。


「ぬかせや」


 どうせテメェは死なねぇんだろ、と狛彦は――更に一歩。


「……」


 それで捉えた。間合いに捉えた。一足一刀。その間合いにはまだ遠い。まだまだ遠い。そう見える。そのはずだ。


 だが狛彦には――

 だが一刀如意に至った今の狛彦にとっては――


 そこは最早刃圏だった。

 斬れる。斬る手段がある。多くの人物に見られるのは気に入らない。人形の前で披露して持ち帰られるのが気に入らない。それでも一人の少女を助ける為ならば釣りがくる。

 だから狛彦に躊躇は無い。後はタイミング。

 それを待つ。それを造る。


 ――何時行く?

 ――今か?


 鋭度を増すコンセントレイト。研ぎ澄まされる息と視界。それとは対照的に広がりを見せる嗅覚、聴覚、味覚に触覚に第六感。

 法境にて。

 機を待つ。


「狛彦っ――!」


 だから小柄な黒髪の少女が感極まって自分の名前を呼んだ時、狛彦は僅かに反応が遅れた。周りの気配が乱れた。行くべきだ。脳がそう判断しながらも、心がそれにブレーキを掛ける。

 極力少女たちを意識からはずしていた自分に気が付く。

 斬りたくない。

 自分は、烏丸狛彦はあの少女たちを斬りたくないと思っている。

 そのことを知覚する。

 そのことを自覚する。


「……」


 だから狛彦は一度、大きく息を吸って潜るのを止めた。

 そして――


「知り合いですか?」


 どこで引っ掛けたんですか? とお嬢様が言いようのない目で見て来た。「……」。そう言うのはやめて欲しい。集中力が途切れる。もう途切れた後だけど。


「……いや、見たこともねぇ」


 はずだ。そのはずだ。それでも異様に懐かしい。そう感じてしまう。匂いが。彼女達の匂いがどうにも自分を狂わせる。


「アンタ、俺の知り合いか?」

「っ! えぇ、はい。知り合いです。貴方は小さくて覚えていないかもしれないけど、わたっ――」

「はい、そこまでー! アイリス、デリカそのまま抑えといて。全員一致までそのことは話さないって約束だったでしょ? ――エルザ、どうする?」

「ベアタ、貴女その質問をするってことは――」

「うん。あたしはもう話してもいいと思ってる。思ったよりも血って濃いんだね。あたしはアレが欲しい」

「そ。私もよ。同種だからかしらね?」


 エルザと呼ばれた少女が狛彦を見ながら軽く唇を濡らした。紅い舌。それは隠す気の無い情欲を纏っていた。「……」。その露骨な感情に狛彦が一歩引きそうになり、それを咎める様に鈴音が一歩前に出る。

 そうしてから五人の少女、特に狛彦を熱の籠った瞳で見つめるエルザを見ながら――


「……下品ね。犬みたい」


 ふ、と鼻で笑った。


「――」


 ぴき、と空気が割れた。

 五人の少女の目に殺意が宿る。その眼は人間のモノでは無かった。その眼は獣のモノだった。


「……」


 あぁ、今度はソレか。

 八頭蛇刃がアリスとウサギの同類だと言うのならば――


「……俺は狼だ」


 彼女達は狛彦の同類なのだろう。


「知ってる。あたしは豹」

「……燕」

「私は蛇よ」

「山羊」


 それを肯定する様に『何』が表に出てきているかを告げてくる。そして――


「わたしも狼です、狛彦」


 抑えられていた黒髪の少女――一番最初に狛彦の名前を呼んだデリカが純粋な再開の喜びを越えに滲ませる。「……」。あぁ、それで特に懐いてくるのか。狛彦はそんなことを思った。


「で? 姉ちゃん達は可愛い弟の為にそこの機械人形オートマタを説得してくれるってことで良いのかぃ?」


 それだけだ。

 正体が分かった。どうして斬りたくないと思っていたのかが分かった。同種のメスだから。そんな理由だ。その程度の理由だ。それが分かった。分かったのなら――迷いが溶けて消えた。


「……狛、彦?」


 期待した反応と違う狛彦の反応にデリカの笑顔が固まる。


「どうし――どうしてっ! どうしてそんな目をするの!?」

「テメェが俺の敵だからだよ」

「そんなことない! わたしはあなたの味方です、狛彦! あなっ、あなたを守って、守りたいと思って――そうだ。狛彦は未だ小さかったからあなたが、わたしが、わたし達が何をされたのか――」

「知らねぇし、興味もねぇ。だから。良いか? もっぺん言うぞ? 俺は“その程度”じゃ引けねぇ」

「……“その程度”って、人間が何をしたか――」

「知らねぇっつてんだろーがよ」


 嘘だ。知っている。

 飢えていた。渇いていた。

 何時だって一人で薄い毛布の中で震えていた。人間は狛彦を拒絶した。大人は石を投げつけて来たし、同じストリートチルドレンは仲間に入れてくれなかった。

 身体を弄られたせいだと分かって居た。その身体を弄ったのが人間だと言うことも理解していた。だから大嫌いだった。世界に一人きりだったから世界が大嫌いだった。

 それでも仲間が欲しかった。

 誰かの傍に居たかった。

 だからあの日。

 あの雨の日、同じ髪の色をした弱った男にネズミを上げた。

 仲間になってくれるかもしれないと思ったから。

 傍にいてくれるかもと期待したから。

 そして彼は、人間は狛彦を救ってくれた。剣を教えてくれた。

 あの男の剣を引き継いだ以上――

 あの男の剣の先に行くと決めた以上――


「人間が幾ら外道でもな、それがガキ二人攫う外道に手を貸す理由にゃならねぇよ」


 恨みでなく、侠にてのみ狛彦は剣を振る。











あとがき

中々納得いかなかったから書き直しまくって仕方がないから最後まで書いた。

そんな訳でこっから毎日更新です!







……と、言いたいのですが放り込んであるカクヨムコンの締め切りが今日なので、今日一気に上げるよ。多分。まだ書き切れてないけど。明日会社行く前に書くんだ。もう眠いんだ。だから寝るんだ。そんな訳で感想返しはラストに一気にさせて下さいませ。


あ、次は午前九時に上げます。

ラスト分は午後九時に上げる……つもりなので一気読みしたい人はそこまで待つの推奨です。

間があいてすまねぇー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る