アサルトギア
狛彦が起こした事故の影響はどうやら反対車線にも出ている様だった。
電脳社会は管理社会だ。
そんな中でヴィーグルによる渋滞と言うモノは今回の様な例外でも無ければ有り得ない。慣れないその渋滞で市民の皆様がパニックになって――居るかと思えばそうでもない様だった。反対車線を疾走する未管理のバイク。現在進行形でニュースの主役である狛彦の写真を撮っている様な連中もいるくらいだ。
「……」
管理社会で生きる動物と言うのはここまで
退化も進化の一種と言う言葉を聞いたことはあるが、明らかな劣化の場合はどうなるのだろうか?
そんなどうでも良いことを考えている狛彦に、網膜投射モードにしていたヘッドホン型電脳から視界に情報が送られてくる。音声は切ってあるので躍った文字列は『目的地周辺に到着しました』と言う味気ないモノだけが映る。「……」。ソレを見て狛彦はハンドルを切る。
バイクのライトが映すのは高速道路の外縁部。壁。行き止まり。
それでも狛彦は何の躊躇もなくソコに向かい加速する。
ぶつかり。潰れて。終わる。暴走車両の終わりとしてはそんなモノだ。それでもそこに乗っているのが
と世界を揺らす踏み込み。狛彦の肩に手を掛けた鈴音が震脚をバイクの後輪に叩き込む。
軽重自在の軽功術。ソレが謳い文句である以上、軽くするだけが芸ではない。叩き込まれた体重と言う銃弾は鈴音の体躯とは比べようもない程の重さで以ってバイクの前輪を浮かせる。ウイリー。曲芸走法の代名詞で以って速度はそのままに渋滞で止まったヴィーグルを発射台にセンタービルに飛び込んだ。
質量と硬度に十分な
なので盗難バイクはセンタービルの窓を突き破り、オフィス区画の一室に突き刺さった。
火災の際の逃げ道として使う以上、どうしたって一部の窓は割れる様にしなければならない。だからセンタービルに入ってる企業に用がある場合、
だから当然、企業もソコを重点的に守る。
今回は事前に通報が来ていたのだから猶更だ。
『
ウサギが叫ぶ。
狛彦達を出迎えたのは都市戦におけるサイボーグ達が使う正真正銘で殲滅用の装備だった。
両腕に両肩に携えた計四門のガトリングガン。そのアイドリングは既に終わっており、タイミングは完璧。センタービルの電脳により補助された視界は適格に市民の皆様には当てずにテロリストをひき肉にする射線を示す。
だから警備として雇われていた企業軍人の彼等は微塵の躊躇いなく撃った。
犯罪者に人権は無い。
人体には過剰な劣化ウラン弾が音を食い破るコレはその筆頭だろう。
何故なら――
「後ろ」
「それなら私は左で」
ソレでも尚不足する様な高強度のサイボーグが、サイキッカーが、
一瞬の会話。兵器として生み出されたはずのウサギが固まる中、鍛錬により兵器を越えた
鈴音は低く、地面を這う様な低姿勢でデスクの間を縫う様に。
狛彦は高く、天井を走り、床に折り、跳び、再び天井を跳ぶ。
左。四門全ての射線から逃れた鈴音が巨大な鋼の左わき腹の死角に潜り込み、手刀を造る。「……」。びき、と筋肉が軋み、骨が鳴る。
後ろ。縦横無尽に自由自在。三次元空間全てを足場に駆け抜けた狛彦は全ての銃身からの死角、背後に回り込むと白い息を吐き出しながら鞘に収まった倭刀の鯉口を切った「……」。ぢ、と刀が無く。
『――まっ』
何を言おうとしたかは知らない。会話をする気が無い狛彦達が返したのは絶技。
鈴音の貫き手が脇から入って数少ない生身からの自前品、脊髄を引っ掴んで握り潰し、狛彦の居合は首の裏、脳とその脊髄の繋がりを両断する。
戦車装甲を貫き、斬る。そこまでの
「……一機だけですか?」
少なくありませんか? と白濁した人工血液で濡れた手刀を引き抜きながら鈴音。
「階が違うからな」
五階上だ、と言いながら狛彦は適当な端末にワーム入りのメモリステックを差し込み、電源を入れた。
新しい巣を貰ったワームが嬉しそうに電子の海に潜り、データを食い荒らし、送り出す。アクセスポイントの作成。
これで外からの侵入はほぼほぼ不可能と言われるセンタービルの管理コンピューターに孔が開いた。後は別の種類の
物理担当の狛彦の担当外だし、データに用は無い。貰っても金に代えれないのだから興味も無い。
狛彦がやることは一つだけ。アリスの奪還。それだけだ。
センタービル、バレットレイン所有区画の最上層。役員向けの高級住居区画。
踝まで埋まる程のふわふわした絨毯の上に――
「くそっ!」
男の悪態が落ちた。
男はバレットレインの
この機械が人を越えて最早人が機械の補助をする様な電脳社会において数少ない天才、秀才、優秀な者だった。だった。過去形だ。
何故なら彼は取り返しのつかないミスをした。
彼の造りだした
01と02。便宜上そう定義する。01。こっちは問題無い。素体は扱いやすい様に力で御しやすい小さな女の子の身体を選んだ。
死体に残った電脳を再利用して
だが問題は02。次のステップに――と戦闘用の自動人形に入れた方までもが暴走したことだ。
それでも彼はどうにかなると思っていた。
強くても弱い。
金が無いのなら死んだ方が良い。
それが世界の定めた絶対のルールである以上、力で負けても権力で力を買える彼が勝つ。そのはずだったのだ。
なのに――
「社内の
髪を掻きむしる。お年頃の彼が反抗期を迎えた娘以上の愛情を注ぎ、育てている彼等がはらはらとふわふわの絨毯に落ちた。
それを気に留めず、彼は電脳にアクセスしながらどうにか用意した社内の特殊部隊と01が捕らえられているはずの区画の警備を
「くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくそがっ! そもそも何で01と02が暴走したんだ? アレは完全にオフライン下での開発だったはずだぞ!」
外を知らない。無知ゆえの無垢。“逆らう”と言う発想すら生まれない様に造ったはずなのに、何故!
内通者の存在を疑いながら彼は来客に対応する為に厳重にロックしていた自室の扉を
「どうも」
「どもどもー」
以前、買った際に眠らされた挙句、財布からクレジットを抜き取って行ってくれた少女とその友達らしき少女が入って来る。手を上げてソレに挨拶を返す彼はそれに
「重要書類、何処ですか?」
「わっかんないってー、デリカ、その人に
「……いえ、何かテンション上がってるのちょっと難しいです」
「……そいやさ、オスはベッドの下に大切なモノを隠すって聞いたことがある」
「エロいモノの間違いではなく?」
「ばか、このばかデリカ! エロはオスにとって大事でしょ!」
「……馬鹿なんですか?」
「あ! そう言うこと言う! そう言うこと言っちゃうんだ! ハニトラやってんだからエロを前にした男の馬鹿さ分かるでしょ!? ほら! この人が良い例!」
「男じゃなくてコレとかが馬鹿なんですよ」
「言っとくけど、狛彦だって発情期絶対来てるからね! あの隣の女の子と――は、うん。あたしはそういうことないと思うけどアイリスは『絶対ヤってる!』って言ってた……かな? うん。あの、あたしじゃない。あたし、言ってないから……その……睨まないで?」
「……そう言うのは狛彦には未だ早いです」
「狛彦、今十七歳! 多分、人生で一番エロイ時期!」
騒ぐ少女たち。うるさい。気が散る。速く出て行って欲しい。そう思った彼は――
「あ。
「うし、ラッキー! さっさと終わらせて下いこ!」
机の中から
「……お前ら、何だ?」
「お? 正気に戻った?」
「それだけコレは重要ってことですね。……ベアタ」
それでもそこが彼の終わり。気が付いたから終わり。
「おけー」
軽い調子で取り出された自動拳銃。その引き金が軽く引かれ、サイレンサーで消された、ぷしっ、と言う軽い銃声が鳴く。
そうして彼は終わった。
あとがき
「吐け! ヤったんだろ!」
「そうだはけはけー」
「……ヤってません」
「ヤった奴は皆そう言う……」
「しょうがないよ。狛彦、おとこのこだもん。ね? だから正直になろ?」
「……嘘よね、狛彦」
そんな姉五人による尋問シーンは没になりました。
え? コロナ? はっ、雑魚でしたよ、雑魚。寝てれば治ったし。そもそも寝れた時点で一度死線を潜った自分にとってはクソ雑魚で――
うわぁぁぁぁああぁぁぁ! 持ってかれたぁぁぁあぁ! 何か味覚がおかしい!
訳)ご心配かけましたがもう大丈夫です。でもちょっと人体錬成に失敗した錬金術師の気持ちが分かりました。
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