テロリスト

 都市の毛細血管であるハイウェイを血液であるヴィーグルが時速二百キロで走る。運ばれる荷は、或いはその乗員はさながら赤血球か白血球と言った所だろうか? 人も物資も有るべき場所に運ばれた初めて機能する。停滞はそれだけで都市を死に近づける要因だ。

 一度の減速なく、渋滞も無く、予定時刻から十秒の遅れも無く都市身体の隅々まで行き渡るヴィーグル血液。それを制御しているのはセンタービルだった。

 緊急時ですらマニュアル運転は許可されていない。全てのヴィーグルが一つの運転手の手により運転されているのだから事故も、遅延も有り得ない。

 それが都市に住む人々の常識で――請負人ランナーが付け入る隙だった。


「何ですか、それ?」

「違法ソフト」


 言って狛彦が高速道路に乗る前にバイクのデバイスにメモリステックを噛ませる。

 安いモノなら下層の露店でも扱われてる電脳時代のヒット商品、盗難車用の疑似アカウントと、管制システムをキル為のプログラムだ。

 今回は行く場所が場所なのでとっておき。カワセミ時代に買ったウィザード級のモノを使った。これで狛彦はセンタービルのコントロールから外れて自由にバイクを運転できる様になる。

 管理された社会――と言うよりも積層都市の排ガス規制は厳しい。なんと言っても高額納税者の皆様が住まうのが最上層の第一層だ。汚れた空気が上に昇ると人の中でも高貴なそんな方々が病気になってしまう。

 それはいけない。税収に響くし、その都市の規制を造る企業上層部の方々もソコに住んでいるのだ。

 人として高貴な分、生物としては弱いのだから猶更だ。

 そんなしょうもないことを考えていた狛彦が「は、」と笑う。背中にくっ付いている高貴な高貴なお嬢様の様な人生チートも居ることを思い出したのだ。

 そしてそんな方々の生活を守るのが下々民のお役目だ。


『そこのバイク、止まりなさい!』


 ニノマエ警備。都市の秩序を守る皆様は機械を騙しても騙せない。「……」。と、言うか狛彦は出てくると思っていなかった。監視カメラにも映らないのだ。そうである以上、今警告を発している皆さんは市民の安全の為に真面目にパトロールでもしていた所、暴走バイクを見付けてしまった良い人よりの方々なのだろう。


「どうするんですか、とりまる?」

「……お前、軽功、とバイクの運転、どっちに自信がある?」

「……バイクの運転はしたことが無いですけど、この状況で軽功と答えたくないのでバイクで」

「ケー。そんならハンドル頼む。大丈夫だ。ちょっと気合の入った自転車みてなモンだから。……ウサギ、併走していざって時の足場になってくれ」

『了解した』


 ウサギの答えを聞くや否や狛彦がバイクの上から道路に飛び出した。自動運転に任せて走るヴィーグルは当然、道路上に人間大のモノが落ちてきたら止まる。だが狛彦は現在その監視の目から外れている。外れているので時速二百キロで走る鉄の塊は微塵も僅かも減速せずに狛彦を跳ね飛ばした。

 衝撃、音、錐もみ回転する狛彦。それでも自動運転に任せて運転席で電脳空間にダイブしている母親は気が付かず、ニノマエ警備の警告に興味を惹かれて窓の外を見ていた男の子だけが気が付いた。

 トラウマモノである。

 それでも狛彦は達人アデプトだ。達人アデプトであり、しかも受けて、流すを得意とする烏丸流刀鞘術の刀鞘術師だ。

 そうである以上、どれほど硬くても、どれほど重くても、そしてどれほど速くても熱も魂も技も無いただの鉄の塊の威力程度、逃がして見せる。

 何のことも無く男の子の横のヴィーグルに降り立つと、軽く手を振るとそのまま次々とヴィーグルの屋根を跳んで跳ねて渡って行く。

 風が狛彦を蹂躙する。それでも力を籠める足に躊躇は無い。何でも無い様に狛彦は空を飛――跳びながらニノマエ警備の車両目指して進みだす。


『……! 請負人ランナー達人アデプト……っ!』


 動揺がニノマエ警備のスピーカーに乗る。

 そこで漸く鈍い一般市民の皆さんも異常に気が付いたらしい。自動運転に任せるまま、各々が好きにしていた彼等が外を見る。


 ――ヴィーグルの上を奔る少年と、高速道路を走る鋼のウサギ。


 有り得ざるその光景に対してセンタービルが何の忠告も寄越さなかったと言う事実に彼等は電脳社会の法が届かない存在を見た。

 それでも法の中、自動運転中のヴィーグルの中に居る彼等に出来ることは何もないし、そんな彼等がいる以上ニノマエ警備も車両に搭載された機銃による銃撃も出来ない。この装備は最も数の多い違反者――つまりはサイボーグ向けの武装だ。達人アデプト、それも走るヴィーグルの上を駆けられる様な奴には対応していない。


「――っ、の~」


 本部への応援要請。それを考えるが、直ぐに意味の無いモノであると言う自覚で唸りへと変わる。


「よォ、お仕事ご苦労さん」


 そうこうしてる内に狛彦がヴィーグルに取り付いた。

 運転席側。足をステップに書けて右手でミラーを握り、刀を握った左手で親し気に手など振っている。


「そんな仕事熱心なアンタ等に対応して欲しいんだが――交通事故だ」

「……は?」


 何を――と、思わず表情に出た。交通事故。通常の道路なら有り得るかもしれない。だがここは積層都市の高速道路。電脳時代に相応しい管理されたこの道路でそんなモノが起きる訳が――


「――待て。待って、くれ」


 一つの可能性に思い至り、出て来たのは懇願。

 それが正解であることを示す様に目の前の請負人ランナーがにぃー、と嗤う。

 管理されたヴィーグルは事故を起こさない。

 絶対に起こさない。

 だから逆説的に事故を起こすのは管理されていないヴィーグルだ。

 この場にある管理されていない車両。それは違法プログラムを噛ませた狛彦のバイクだ。

 そしてもう一つ。そんなバイクを追う為に手動マニュアルに切り替えたこの車両だ。


「大丈夫だ。死人は出ねぇ」


 言うだけ言って狛彦が強化ガラスを突き破る。銃弾にすら耐える。ニノマエ警備の全車両に使われている強化ガラスの謳い文句は本当だ。

 それでも生身の貫き手がガラスを貫き、ハンドルを無理矢理奪い、思い切り引く。制御を失う車両。センタービルからの警告音声に遅れて無理矢理制御を奪われる。それでも既に間に合わない。急ブレーキ。それも間に合わないと判断したセンタービルの電脳は残った最善の手段として『乗客を死なせない様にぶつかる』を選ぶ。

 最小、最小、被害を只管に分散して最小に。

 クライシの主要産業が貿易だったのが災いしたと言うべきだろうか?

 集まった物を求めての観光産業がそれなりの規模であることから基幹にインプットされていたのが人命外面最優先。都市の血流が一時的に止まったとしても賠償額が弁護士の腕と裁判所の気分で決まる天井知らずの人命が失われることをクライシのセンタービルは嫌った。

 追突、追突、また追突。分散された分だけ広範囲を巻き込みながらクライシの高速道路でヴィーグルが玉突き事故を起こして行く。

 大惨事。まさしくそれだ。

 それでもこれは物流的にも被害が最小だった。

 人命も無事だが、ヴィーグルも無事だ。直ぐに走り出せる。

 だから狛彦は――


「後処理、よろしく」


 言うだけ言って事故の原因となったニノマエ警備のヴィーグルの片側のタイヤ全てを軸から纏めて斬り飛ばした。








あとがき

ランナーさんはこう言うこともやる。

でもここまで大きいのはあんまやんない。って言うかやっちゃダメ。

そんな訳でよいこは真似しないでね!


追伸。

会社の先輩がコロナになった。

コロナ濃厚接触者で会社を合法的にサボれてフゥー!!! ってなってたら発熱しだした。

身体が怠い。このメッセージを打った後、私は検査キットを咥えます。

三日後に更新が無かったら察して下さい。

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