円水

「ターゲット、店内に確認できました」


 クライシ第五層。忘夜の世界に皇室な声が落ちる。その声を受けた傷の男スカーは詰まらなそうに。「あァ」。と咥え煙草のまま応じた。

 コンクリートに溶け込む揃いの都市迷彩服を纏った男が三十人、下層の闇に溶ける様にして待機していた。

 企業軍人。個ではなく群れで成果を上げる種類の犬の群れ。それを証明する様に彼等は揃いの装備と、部隊章を身に付けていた。『弾丸を弾く傘』。それは企業連合メガコーポに連なる大企業、バレットレインの部隊であることを示すモノだった。

 そんな彼等が見据える先には請負人ランナー共が集まる窓口の一つ、ダイバーダイナーがあった。


「総員、配置についたか?」

「はい。いつでも行けます。……店内に客が居るようですがどうしますか?」

「仲間外れは良くねぇだろ? 全員仲良くあの世行きだ。――行くぞ」


 言いながらスカーが両手にグレネードを持って扉を蹴破り――


「ヨォ、クソ共! 楽しんでるとこわりぃが、ここ・・は今から俺の誕生パーティ会場だ。貸し切りにするから――さっさと失せなぁ!」


 フラッシュバングレネードを投げ込んだ。








 閃光。轟音。

 目と耳を潰す光と音の中、それでもダイバーダイナーに集まっていた何人かの請負人ランナーは適切に動いて見せた。

 それはサイボーグ化されており、投げ込まれたモノ・・を認識した瞬間に自動的に目と耳をそれ用に対応させたモノや――


「指揮官頼む」


 目と耳が潰れた程度で止まらずに済む達人アデプトと――


「えぇ、はい。では雑魚は貴方が、とりまる」


 フラッシュバン程度では目も耳も焼かれず、潰されない頑強な達人アデプトだった。

 瞬間の判断。狛彦は鞘から抜き放った倭刀と鉄鞘でもって入り込んで来た軍人どものARを斬り飛ばし、鉄鞘で叩き落とす。


「はっはー! 撃て、撃て、撃て! クソの割には対応が良い・・のが混じってるぞ!」

「……」


 始めにグレネードを投げ込んでくれた男が喚くが、生憎と今の狛彦には何も聞こえない。何も見えない。風を聴く。そこに“ある”以上、風は乱れるし、動けば風も動く。それをただ、ただ肌で拾いながら狛彦は目と耳が潰れているとは思えない動きで狩って行く。

 テーブルに足を絡めて蹴り上げてカバーに。銃弾をソレで受けながら沈み込み、相手の視界から自信を消して――疾走。

 速く、軽く。軽功を用いた狛彦の無音歩法は弾丸すらもコマ送りで認識するはずのサイボーグ達の目は捉え切れない。当たり前だ。魅せたのは速さではない。巧さなのだ。意の隙間。法境にて捕らえたその隙間を狛彦は歩いたのだからどれほど高性能であろうと目に価値は無い、大事なのは意識、即ち脳だ。

 音もなく、香りも無く、狛彦が軍人の背後に歩みより、一閃。

 倭刀で首を跳ね飛ばされた者と、鉄鞘で頭蓋を砕かれた者。どちらが楽に死ねたのだろうか? 生憎とやった側の狛彦には分からない。分かるのは単純。未だ残ってる・・・・・・・。それだけだ。

 そんな動きしか出来ない狛彦とは対照的に目も耳も潰れていない鈴音は今の狛彦では少し手古摺りそうな相手、リーダー格のスカーを狙っていた。

 演舞にて円武えんぶ。半円を描く様に軌跡を造りながら掌打で顎を掠め、それをそって躱させた所で残っていた腕を狙う。振り下ろしと、振り上げ。叩きつけられた力がテコの原理で弱い部分に負荷を掛けて砕き折る。

 金属製のフレームをへし曲げ、鋼化された神経系のケーブルが虚空に踊る。腕一本。生身であれば痛みに悶え、叫び、終わるはずのそのダメージであってもサイボーグで有れば関係ない。ハック。鈴音には手を出せない電脳空間に潜ったスカーが周囲の電子機器を乗っ取る。狛彦が首を跳ね飛ばした男が首裏の電脳により身体をおこされ、手の中のARを乱射する。ダイバーダイナーの防衛システムが乗っ取られ機銃が掃射される。

 バレットレインの名に相応しい地獄絵図。

 巻き込まれた客の一人が逃げ込んでいたテーブルの影に弾雨が叩き込まれ、一人が終わる。その仲間だったのだろう。女が悪態と共に立ち上がり、反撃する前にスカーの残った手に握られた大口径のオートマチックにより頭を吹き飛ばされ、電脳から奪われSMGを乱射する人形と化す。

 頭を吹き飛ばした死体の電脳にウイルスを潜らせてマクロで動かす。

 死霊術師ネクロマンサー。それがスカーの戦闘スタイルだった。

 一騎当千。そんなモノは夢物語だ。数は力であり、数は速さだ。それが常識だ。

 だが――

 だが、それでも――

 その夢を語ることを許されたのが達人アデプトだ。

 見えず聞こえずのはずの狛彦すら射線を避け、或いは鉄鞘を入れ込むことで防いで見せるのだ。見えて、聞こえているはずの鈴音が避けられないはずがない。


「――」


 錬氣による硬気功。狛彦程軽功が得意ではない鈴音だが、逆に硬気功の方は得意とするところ。文字通り鉄腕と化した両腕と円水拳が得意とする円の動きで持って全ての弾丸を流し、逸らし、前に進む。

 だがその程度で怯むほどスカーは弱くない。

 この程度の相手は幾らでも殺してきたからこそ、今の地位に居る。


ぶっ飛びな・・・・・


 煙草のフィルター噛み千切り、中指おっ勃ててのファック宣言。

 それに合わせる様にしてヴィーグルがダイバーダイナーのガラスを突き破り、突っ込んで来る。

 死体の電脳を操って銃撃が出来るのなら。

 ヴィーグルの自動運転システム程度容易く乗っ取れる。

 都合三トン近いSUV型の鉄塊が鈴音に迫り――


ぶっ飛びなさい・・・・・・・


 それに合わせる用に鈴音がゆらりと右手を前に出す。

 触れて/回して/逃がす

 直線を曲線に。曲線を直線に。

 北派円水拳が絶招ぜっしょう参態変之流さんたいへんのりゅう円水えんすい

 流派の名を冠する絶招にて一切の減速なく綺麗にベクトルだけを書き換えた鉄の塊がスカーに叩き込まれる。

 スカーの上半身と下半身が分かれる。赤。血。白。人工血液。混じって、混ざって、飛び散り床を汚す。そんな赤と白とピンクの水たまりの中に落ちた下半身がタイヤに巻き込まれ、磨り潰され、ヴィーグルから速度を奪う。そうして操り主であるはずのスカーの上半身を壁と挟み込んだ所で漸くヴィーグルは止まった。

 機械化しているが故、未だ死なずに済んでいたスカーがその状況からどうにか抜け出せないか三秒程藻掻いて――「あァ、くそが……」。周囲に首無しの部下と頭の凹んだ部下しか居なくなっていることに気が付き、諦める様に項垂れた。


「……バケモンどもめ」

「その状態で生きてる貴方に言われたくはありません」

「スタングレネード喰らって平気な時点でバケモンだよ」

「? 平気じゃないですよ?」


 ほら、と鈴音が指刺す先には「あー……」と声を出している狛彦が居た。未だ耳が戻ってこないらしい。目だって見えていない。下手に動くと斬りかかって来るのでラファにミリと言う店員に加え生き残った他の客も下手に動けなくなっていた。

 非常に迷惑なイキモノである。


「……お前はどうなんだよ?」

「私、瞳孔括約筋自分で動かせますので」

「耳は?」

「聞こえてませんよ。会話は唇を読んでやっています」

「……バケモンが」

「負け惜しみ、お疲れ様です」

「……だがお前、請負人ランナーとしては三流だな」

「……負け惜しみにしても不快ですね」


 殺しましょうか? と手刀を造りながら鈴音。それに口の端から血を垂らしながら笑い「いいや?」とスカーが応じる。


「――」


 それに不審なモノを感じ、鈴音が黙る。

 そんな鈴音を見てスカーが笑う。笑って言う。


「俺はプロだからな。仕事はしたぜ・・・・・・?」


 その視線の先には――


「椅子?」


 何故か椅子を庇うウサギの姿。その様子に鈴音が首を傾げる。妙な光景だ。ウサギはまるでその椅子が大切なモノであるかのように抱きかかえている。背を弾丸で穿たれ、腕が千切れかかり、それでもその椅子だけは傷一つ付けてなるものか、と献身的に抱きかかえて――


「!」


 思い至る。まさか、と振り返る鈴音の目の前でスカーが笑みを深くする。


「俺達の勝ちだ。お嬢ちゃんは貰ったぞ」










あとがき

ヒロイン(ゴリラ)

狛彦がゴリラに斬りかからないのは匂い覚えたから。

狛彦はイヌ科なので匂いで人を判断することのが多いのです。だから髪型変わっても気が付かないけど、シャンプー変えると気が付く。へんたい。



あけましておめでとうございます!

前回の更新の時に年末の挨拶を忘れたのは内緒だよ!

昨年は割とガチで死にかけたので今年の目標は「生きる」にしようと思います。

そんな訳で今年もよろしくお願いします。

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