アリス

 何処の街でもそうなのか、それともカワセミとクライシがたまたまそうだったのかは知らないが、下層と上層を繋ぐ三ヵ所のエレベータの内の一ヵ所は下層の映画館に繋がっていた。

 “上”では上品過ぎて放送できず、当然の様に電脳ネットにも乗らない作品を放映するからなのだろう。映画マニアが態々護衛屋トータスを雇ってまで見に来ることがあるせいだ。


「とりまるは映画は好きですか?」

「いや、映画はあんま見ねぇ。暗いと眠くなる」


 その関係かは知らないが、そのエレベーターの中には現在放映中の映画のポスターが貼られていた。その中の一つに興味があるのか、お嬢様がそんなことを聞いて来るが……残念。狛彦はあまり映像での娯楽を楽しめないタイプのイキモノだった。

 文字の方が自分のペースでさっさと読めるのでニュースも活字サイトを利用して見る程だ。

 そう言う訳で“ながら”でも楽しめる音楽なら良いが、映画、テレビ、辺りの自分でペースを決められない娯楽とは非常に相性が悪かった。


「……このポップコーン、天然モノの岩塩を使ってるんですね」

「何だかんだでメインターゲットは上層でも有数の金持ちの映画マニアだからなぁ、売店は結構良い値段と味がするモンが多いぜ。……お嬢様は? やっぱ映画とか好きなん?」

「私も嫌いですね。ディズヌーしか見させて貰えませんでしたから、余り面白いと思ったことが無いんですよ」

「夢と希望の素敵な物語はお嬢様のお気に召しませんでしたか……」


 何やらお嬢様が問題発言をしたが狛彦は気付かなかったことにした。


「言ったでしょ? 私、都市間戦争の経験者ですよ? アレを見て人間の素晴らしさ、愛の尊さを解かれても笑えないコメディにしか見えません」

「なんつーか……お嬢様の恋人になる人は大変そうですね」


 可哀想に、と狛彦が言えば――


「貴方がそう思うんならそう・・なんでしょうね」


 えぇ、本当に可哀想、と他人事の様にお嬢様。

 ぐだぐだと放課後の学生らしい中身がありそうでない会話をしていたらエレベーターが第五層に辿り着いた。扉が開くのに合わせて外に出ればちょうど上映間近なのか、ポップコーンとジュースを持った何人かが入場を待つように列に並んでいた。

 そんな彼等の横を抜け、外に出る。

 空の明かりは強も変わらない。不夜城ならぬ忘夜ぼうやの世界。朝も昼も夜も無い世界を歩き、繁華街の外れに造られたダイバーダイナーの扉を潜る。


「いらっしゃいま――おぉ、ジルにベルじゃん! なになにぃ? わたしに会いにきちゃったのかにゃぁー?」


 何やら見覚えのあるウェイトレスがポーズを取っていた。来ている衣装が衣装なのでとてもいいおっぱいだった。「……」。だから、まぁ、蹴られても我慢しておこうと思う。


「いや、ここの居候にちょい用事があってな」

「ほ? 居候?」

「そこに居る奴だよ」


 狛彦が指を指した先の景色が溶ける。そこには二メートルを超える鋼鉄。ウサギが居た。ミリと鈴音が軽く驚いている。


「とりまる、貴方……」

「……ま、男子三日会わずんば何とやら、って奴だ」

「私、毎日会ってましたが?」

「……」


 ……そう言う揚げ足取りは良くないと思う。狛彦は素直にそう思った。








 まぁ、話すにしても何か摘まむモノでも……と言う雰囲気になったので狛彦はポテトの盛り合わせとゲイシャバーガーのセットを、鈴音は狛彦のポテトを摘まむつもりなのか、ドクペだけを頼んだ。

 その結果――


「「「「『……』」」」」


 ダイバーダイナーはかってない程の緊張に包まれていた。狛彦、鈴音、ミリにウサギは勿論、店長であるラファや少しだけいた他の客も全員、呼吸を殺してその光景を見守っていた。

 柔らかくウェーブの掛った金色の髪と碧い瞳。そんな彼女に合わせたのだろう。白と青を基調とした少女趣味のドレスは彼女のお守を担当しているウサギと合わせてとある物語を連想させる。とても似合っていて可愛らしい。可愛らしいが、今のダイバーダイナーにはそのことを楽しめる人は誰一人としていなかった。

 理由は単純。彼女の運ぶトレーが問題だった。

 積む系のパズルゲームの終盤みたいになっている。


 ――ポテトを頼み過ぎです、とりま――ジル。

 ――いーや、ドクペだね。ドクペとセットのグラスがバランス崩してんだよ。

 ――ボスもさぁ、積み過ぎなんだよ、積み過ぎ。


「……」


 外野が声を殺しながらなにやら言っているが真剣な表情の少女には聞こえていない様だった。すり足に近い足運びで慎重に、ゆっくりと、それでも確実に狛彦たちのいるテーブルに彼女は近づき――


「おまたせ、しました」


 タッチダウン。

「よくできましたぁー!」と、ミリが叫び「――」ラファが露骨に、ほっ、とした様子で調理場に戻って行く。他の客も各々視線を切り、鈴音がドクペをグラスに入れて「おつかれさまです。飲みますか?」と薦めて拒否されていた。「……」。そんな中、狛彦は運ばれて来たポテトを一本齧った。ラファは慌てていたのだろう。素材の味がした。素材の味だけ・・がした。多分、塩振り忘れてる。どうすっかな? と周囲を見渡し、カウンター席の端にケチャップがあるのを見つけた。


「ウサギ、恩返しにあそこのケチャ――」

「とってあげる!」


 ウサギをパシろうとしたら、少女が駆け出してしまった。


「おまたせしました!」

「……うん、ありがとな」


 笑顔で手渡されるケチャップを受け取る狛彦に周囲からの視線が刺さる。一刀如意。意の法境。そこに至った狛彦にはそれだけでも多少のストレスになるから止めて欲しい。


「それで、ジル? 貴方、このウサギに何の用があるんですか?」

「俺『が』用があるんじゃねぇ。ウサギ『が』俺に――俺達に用があるんだよ」


 狛彦がそう言うと、思い当たることでもあるのか「……そう言うことか」とミリが口にする。


「うん。そんならわたしは仕事に戻るからアリスは残った方が良いね」

「アリス?」


 誰だっけ? と狛彦が言えば――


「アリス!」


 と元気よく女の子が手を上げてくれた。彼女のことらしい。何かもっと無機質に数字で呼ばれていた様な気がするのだが――


 ――まぁ、流石に二三〇八号呼びは無いか。


 名前と言うよりは実験動物の識別コードだ。右腕にバーコードがある狛彦は何となく親近感を覚えるが一般の方には宜しく無いだろう。


「……でもお前はウサギなのな」

『ウサギさんはウサギさんだ。アリスがそう呼んでくれたからウサギさんなんだ』


 少し得意げに胸を張りながらウサギ。本人が気に入っているのならまぁ、良い。問題は――


「ミリ無しでお前ら二人つーことは……製造元の話か?」

『そうだ。ウサギさんとアリスを造った企業のことだ』


 造った。その言葉に狛彦の表情が少し硬くなる。

 多少の予想はしていた。それでもこうして口にされて確定すると嫌な気分になる。


「そうか。そんなら……ベル、お前は聞かん方が良いかもしれねぇ」

「? どうしてですか?」

「社会的にみりゃあっちが正義だ」


 自社の開発品を回収しているだけだ。兵器。そう呼ばれていた以上、戦闘能力を保持している。アリスは兎も角、ウサギが持って居ることは狛彦だって確認した。安全装置も無い兵器。そんなモン、可愛い女の子にしろ、無邪気な自動人形オートマタにしろ回収するのが正しい・・・のだ。


「貴方はこっち・・・に付くんですよね? どうしてですか?」

「ガキを斬る為に剣を磨いた覚えはねぇ」

「赤ん坊は三ヵ月でウソ泣きを覚えるらしいですよ? この子達が嘘を吐いている可能性は? この子達を助けた結果、別の子が死ぬかもしれませんよ?」

「そうだな。だからお前は聞かない方が良いって言ってんだよ」

「……良い子にしなくても良いのですが?」

「『良い子に“する”様に』とは言われたが『良い子に“なる”様に』とは言われてねぇんだよ。あっちの街でもこう・・した。だからこの街でもこう・・する」


 そんだけだ、と狛彦。

 剣は所詮、不祥の利器。やれることはどう飾っても斬る、殺すの外道仕事。それでも没義道を斬るのが侠の剣。

 血に濡れた刃であっても、誰の血で濡らすかは自分で決める。

 狛彦は子供を斬る剣を持って居なかった。それだけだ。


「そうですか。なら私もこのまま聞きます」

「……良いんか?」

「良いんですよ。言ったでしょ? 私も武を誇りたいんです」

「あぁ、そう。それはそれは――大変な道を選んでご愁傷様?」

「でも好きでしょ、そう言う私の方が?」

「……」

「惚れても良いんですよ?」

「……」


 鈴音に良い任される狛彦を見て、アリスが何かを学んだ様に深く頷いていた。「……」。何を学んだかは知らないが、狛彦は何となく、どうでも良いことを学んだんだろうなー、と思った。








電霊でんれい電脳魔術師テクノマンサー。コレに聞き覚えは?』


 ウサギのその問い掛けに――


「カルトのクソ」


 狛彦は端的に答えた。

 ある日、世界に新たな種族が生まれた。

 それは変異、進化と言った過程を経ることなく、突然生命体として成立した。

 電脳の海から発生した電子生命。電霊でんれいと呼称されることもあるソレは正真正銘で人類が造り出した生命だ。

 彼等は意志を持っている。

 彼等は自我を持っている。

 そして彼等は自我があるので個性がある。情報屋オウルとして人の裏社会に溶け込んでいる者もいれば、無人店オートストアの調理ロボットの中に入って料理をすることを楽しんでいる者もいる。そうやって人間に友好的な者もいればそうで無い者もいる。

 創造主人類の実在を知ってはいても、ソレが敬うに値しないことを知っていて、更には好きになれなかったその集団は人類を喰らおうとしていた。

 そんな友好的でない電霊と一部の頭がおかしい人間の集団こそが電脳教団サイバーカルト。そしてそこに所属し、機械人形オートマタを、或いは死体を乗っ取り身体としてこちら側・・・・と関わる者こそが電脳魔術師テクノマンサー

 電脳から生まれたが故、落ちこぼれでもウィザード級のハッカーの実力を有している彼等は、正真正銘の人類の敵。敵性亜人レッドデミの一種だ。


『ウサギさんとアリスは電霊でんれいで、電脳魔術師テクノマンサーだ』

「……カルトっーことか?」

『いや、そこには関係ない。かと言ってカルトに入らなかった電霊でんれいと言う訳でもない』


 つまり――? と狛彦が先を促す。


『ウサギさんとアリスはバレットレインが人工的に作り出した電霊でんれいだ』

「バレットレイン? 兵器会社が何でンなもんを――あー……」

電脳兵器サイバーウェポン。サイバーネットで電霊でんれいの犯罪……と、言うか人類への敵対行為は増加の一途ですからね。実家でも開発部門があったと記憶しています」


 間違いなく人が造り出した電霊でんれいだが、既に電脳空間では創造主を越えている。と、言うよりも電脳戦で電霊でんれいに勝てるモノは存在しない。

 当たり前だ。

 文字通りに住む世界が違う。

 人が電脳空間で電霊に挑むと言うのは、人が水中で鮫に挑むのに近い。

 だから企業はセキュリティ部門に友好的な電霊でんれいを雇ったりしているが――それでも『今は』友好的な電霊でんれいと言うだけだ。何時裏切るかも分からない。

 だから人類は電脳兵器サイバーウェポンの開発を進めていた。

 電霊に頼らず電霊を殺す術を模索していた。

 目には目をという言葉がある。歯には歯をと言う言葉がある。それとは意味が異なるが、電霊には電霊を――という訳だ。


『ウサギさん達は失敗作だ。幼過ぎる、そう言われた。だから破棄されるはずだったのだが――それが嫌で逃げて来た』

「……」


 ダウト・・・。狛彦はその言葉を呑み込んだ。

 言わなくても良い言葉だったからだ。言う必要のない言葉だったからだ。説明させるだけ野暮な内容だったからだ。そして何より――狛彦が好きな嘘だったからだ。

 だから狛彦は躊躇うことなく聞くことが出来た。


「ンで? 俺達に何をして欲しいんだ、ウサギ?」


 と。


『……受けて、くれるのか?』

おう


 狛彦がそう答えると、ウサギが頭を下げてアリスが抱き着いてきた。幼過ぎる。その言葉に嘘は無いのだろう。寄る辺の無かった幼い電霊二人はこの時、始めて本当に自分達に味方をしてくれる年長者に出会ったのだろう。

 ならば若輩、未熟者で合っても年上として振る舞わなければならない。


「……」


 狛彦は虎一に出会うよりも前、一人で下層で生きて居た時、一度だけ他のチームの年上にパンを貰ったことを思い出していた。

 そうやって自分よりも小さい子を守ろうとした誰かがいたから自分も生きている。

 命。その言葉を教えてくれた男が行っていた。『命を救われた俺はお前に命を返すんだ』と。狛彦がその時貰った命はもう返せない。多分、パンをくれたあの人は死んでいる。

 だから、せめて――この幼い命を二つ救おうと思うのだ。


「……」


 だからアドレス交換をした瞬間にお馴染みの『よろしクマー』スタンプを送って来るのはやめて欲しい。ウザい。決意が揺らぐ。










あとがき

うっかりデート先に映画館を選ぶと「ジョニーは戦場にいった」とか観る嵌めになる系ヒロイン。

そんな人の彼氏になる人は大変だけど候補に自覚は無い模様。

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