入学式

 ある朝、狛彦が布団で目を覚ますと既に入学式が始まっていた。


「……」


 寝癖ぼさぼさの寝ぼけ眼のまま、時計を見た狛彦は胸をぼりぼり掻きながら思った。


 ――不思議なこともあるもんだ。


 仕方がないので入学式を完全にさぼり、自販機で買った豆乳を飲みつつ、割り当てられたクラスに行くことに。

 入ってみれば窓際の一番後ろに座っていた見覚えのあるお嬢様が『こっちに来い』と手招きをしていらっしゃった。同じクラスらしい。

 ともすれば小学生に見えそうな人形の様な銀髪の美少女。

 クラスの中で「飛び級かな?」「え? 凄い可愛いんだけど? え? 可愛くない?」「わかる。やっばい。お人形みたい」「電脳、無いよね?」「――ってことは達人アデプト?」「整形疑惑も無しかー」「達人アデプトって整形も駄目なの?」「え? どうだろ?」「駄目なんじゃない? 知らんけど」「すげぇ可愛い」「……隣、席開いてるな」「誰か声かけろよ」「お前が行けよ」「俺は良いよ。お前が行けよ」「そんなら俺が行くよ」「お前だけに任せとけないから俺が行くよ」……みたいに女子がざわつき、男子が牽制しあう中、遅刻してきた白黒頭の野良犬みたいなのが指名されたから空気が変な感じになっていた。

 お揃いのヘッドホン型電脳を持って居るのだから猶更だろう。


「……」


 素直に狛彦は、行きたくねぇー、と思った。

 思ったので、ずこーと豆乳を飲み切り達人アデプトらしく自分の心に素直に従って対角線、廊下側の一番前にリュックを放り投げた。

 氣は心に宿る。欺瞞は達人アデプトを弱らせる毒なのだ。

 そんな狛彦を見て――


「……」


 お嬢様、テコテコよってきたかと思えば、渾身のロー。

 己の四肢を武器とする拳士らしい見事な蹴りが狛彦を襲う。


「……今のは普通に痛てぇのですが?」


 普段の不満を表す軽い蹴りとは違って。


「良いから早くカバンを持ちなさい」


 悲しいことに従者に発言権は与えられて居ないらしい。「……」。反論してまた痛い目に遭うのも嫌なので、大人しくリュックを片手に引っ掛けて引き摺る様にしてついて行く。


「ここに置きなさい、とりまる」

「……はいよ」


 こうして狛彦の席は鈴音のお隣さんになった。

 それで満足したのか、お嬢様は隣に座った狛彦を放置して端末をたぷたぷしだした。「……」。実にお嬢様である。







 わざわざ練武科に入る様な達人アデプトは落ちこぼれなので、基本的に練武科はサイボーグやサイキッカーの割合が多い。現に狛彦のクラスに居る達人アデプトは鈴音と狛彦、それとバスで一緒だった少年と言う三人だけだった。

 そしてお嬢様の容姿は良い意味で、狛彦の外見は悪い意味で目立つ。

 それなりに注目されている。

 それでもお嬢様はお嬢様なので回りの目なんて気にしない。担任の話を半分聞き流しながらダウナーな空気を醸し出していた。

 フレッシュな新入生の姿からはかけ離れている。「……」。そんな彼女の仲間として隣に座らされた今の自分は『良い子』に出来ているだろうか? どっかで選択肢、間違えてない? 入学式をさぼったことは棚にあげつつ、今更ながらそんな疑問を持つが……既に手遅れ。

 狛彦は既に鈴音のパーティに組み込まれていた。逃げ出せない。


「とりまる。お昼はどうしますか?」

「……」


 私はサンドイッチが食べたいです、とか言っている時点で狛彦が断わると思っていないのだから多分、固定メンバーだ。イベントで死亡でもしないと抜けられそうにない。

 見た目だけは麗しいお嬢様を狙っているのだろう。クラスの男子の何人かからは睨まれているが、彼等には外見だけでなく、内面も見ることをお勧めする。それとも先程狛彦がローキックを喰らわされた所を見て居なかったのだろうか?

 狛彦がそんなことを考えていたら、一人、クラスメイトが近寄って来た。

 残った一人の達人アデプト。つまりはバスで一緒になった少年だ。

 少年は狛彦に侮蔑の視線を投げると、その隣にいる鈴音に話しかけた。


桜井さくらい克鬼かつきだ。水無月さん」


 桜井君と言うらしい。……そして狛彦には『よろしく』してくれないらしい。

 氣の流れは余り綺麗ではない。足運びも武人と言うよりは一般人に近い。余り鍛錬をしていないのに何故か勁穴が開いてしまった・・・・・・・。その系統だろう。

 狛彦の中では一番可愛そうな種類の達人アデプトだった。

 だって彼等は強くない。


 ――鍛錬の果てに至れるかもしれない・・・・・・人種、達人アデプト


 その風説があるので、世間は弱い達人アデプトと言う者を許容しない。価値を見出さない。そう思えば留学してきた彼の境遇に暗いモノを見てしまうと言うものだ。

 狛彦は割と真剣に同情した。

 が――。そんな彼がよろしく、と差し出した手をお嬢様は見もしないし、返事もしない。


「……」

「……」


 非常に嫌な感じの空気が二人の間に――と言うか、教室全体に流れる。

 それもそうだろう。

 今の所お嬢様がコミュニケーションを取ったのは自分から話しかけた狛彦のみ。それなりに目立つお嬢様と話してみたいと思っているのは男子女子問わずに何人かいる様な状況だ。

 ファーストペンギンでは無いが、克鬼はお嬢様の反応を見る試験薬に使われていた。


「……」

「……あの、よろしく?」

「……」


 だから何か反応して!

 それが狛彦とクラスメイト、そして誰よりも克鬼の願いだ。「……」。嫌われてるっぽいけど、俺が何か言った方が良いのかな? 空気の悪さに珍しく狛彦が人に気を使い始めた。


「あの、鈴音さん?」

「何ですか、とりまる? サンドイッチ、嫌なんですか?」

「あぁ、うん。俺、米食いたい」

「大丈夫です。喫茶店ですからリゾットとかドリアくらいならあると思いますよ」

「食べたいモノを変える気は無いんすねー……」


 あくまで鈴音が主で、狛彦が従。そう言うことなのだろう。――いや、そうではなく……


「あの、ほら、桜井君がよろしくって……」

「あぁ、そうですね」


 漸くそこで、ちら、と差し出された手を見て――


「分かり易い態度を取ったつもりでしたが――分かりませんでしたか?」


 お嬢様が毒を吐いた。









 ホームルームも終わり、最後にちょっとした玉砕イベントが入ったが、入学初日である今日はこれで終わり。進学組なのか、既に何個かグループが出来ている中、その中の一つがクラスメイトが交流を深めようと「カラオケ行く人!」と声を上げるのをお嬢様は完全に無視。それどころかナチュラルに『貴方も行かないでしょ? と言うか行くな』と言外に態度でのたまう始末だ。……さっきのことと言い、俺、新しい友達とかできるのかなぁ。多分できねぇな。そんな結論。


「それにしても……オリエンテーション合宿ですか……」


 来週の頭から始まるイベントに何か言いたいことでもあるのか、はぁ、と鈴音が溜息一つ。「……」。とてもメンドクサイ匂いがする。


「入学したばかりの俺達の青春を彩るのに相応しいイベントだな。留学組の俺達には頑張り所さんだぜ? クラスメイトと仲良くなれるかドキドキだー」

「……二泊三日」

「寝食を共にすることで深まる絆って奴か。すずねちん、夜にこっそり女子部屋に遊びに行っても良い? トランプとかやろうぜ」

「とりまる」

「え? どっちがいっぱい友達作れるか勝負する? 負けないぞー」

「とりまる」

「……」

「とりまる」

「……はいはい、何ですかね?」

「貴方、サボる気でしょう?」

「……ノーコメント」

「嘘を言わない所には好感を持ちましょう」

「わぁぃ、褒められたー」


 でもなんも嬉しくねぇー。


「不良」

「……単位になんねぇんだから行ってもしょうがねぇだろ?」


 前期の授業は一つ辺り十五コマ。シラパスによると三分の二以上の出席が必要らしいので、逆に言えば三分の一はサボっても良いと言うことだ。五回は休めると言うことだし、前期にある、オリ合宿、球技大会、学祭は単位と関係ないらしい。なら出ない。サボる。狛彦はそう言う奴だった。


「休んで何をするんですか?」

「さぁ? グダグダするんじゃね?」

「そうですか。それなら私もとりまるの部屋でグダグダしますね」


 ――タコパしましょう、タコパ。


「……仕事だよ」


 本当に来そうなので正直に。

 昨日、既にダイバーダイナーの店長であり、調達屋ペリカンでもあるオーガから仕事を回して貰っている。

 内容は強奪ロブ。募集は荒事屋ディンゴ。都市外に拠点を持つ賊がはしゃぎ過ぎたのでお灸を据えて奪われた物資を取り戻しに行くらしい。

 知り合い価格で落札した結果、あまり金がないそうなので耐性持ちで外気の中でも動ける狛彦は恩を売りつつ顔も売る為に受けることにしたのだ。


「――っーわけで、お前はお留守番。合宿にでも参加してお友達を造って来なさい」


 スーツ借りる金もねぇから生身で耐性ない奴はお呼びじゃないんだよ、と狛彦。


「とりまるは優しいですね。ですがご心配なく。私、耐性ありますから」


 んふ、と笑いながら狛彦の安い策を打ち砕き、薄い胸を逸らして何故か得意気にお嬢様。


「……」


 お嬢様で達人アデプトで耐性持ち……何だコイツ。無敵かよ。


「あのー……」


 狛彦と鈴音がそんな感じにグダグダしているとクラスメイトが声を掛けて来た。ポニーテールの女子だ。「……」。両足、それと偽装しているが、重心の傾きから見るに右手が機械義肢サイバーウェア。結構しっかり隠して居るので切り札かもしれない。癖で観察し、そんな判断を下す。


「烏丸くんと水無月さんもどうかな? クラスの親睦会でカラオケ行くんだけど……」


 女子にしては背の高い彼女はクラスメイトの代表として狛彦達に声を掛けてくれたらしい。こんな浮いてる奴等放置すれば良いのに……良い人だ。

 狛彦はそんなことを思った。そして良い人とは仲良くしたいので、カラオケに参加することに――


「ごめんなさい。私達、これからデートですので」


 ――二人きりで入学を祝いましょうね、ダーリン? とかハニーが言ってきた。


「え? あ! そ、そうだよね! ご、ご、ごごご、ごめん! 気が利かなくてごめん!」


 そしてクラスメイトは真に受けて立ち去ってしまった。


「……おい。こら」


 俺、行きたかったんだけど? と抗議をしてみるが……


「ほら、行きますよ。とりまる」


 残念。お嬢様は無敵なのでノーダメージ。それ所か実に自然に手渡されてしまったので鈴音のカバンも狛彦が持っていると言う有り様だ。


「……」


 何となく教室の天井を見て見る。可愛い義妹のことを思い出した。義妹は狛彦が一人暮らしをした結果、恋人を造って爛れた性活を送ることを心配していたが……。

 同じメーカーの天蓋スクリーンの下に居るであろう義妹を思う。


 ――安心しろ、千鶴。兄ちゃん、友達選ぶのに失敗したから恋人とか多分できない。







あとがき

氣は心に宿るので――

心の赴くままにお嬢様の隣を避けたけど

隣に知らん人を置く気が無いお嬢様も心の赴くままに行動するとこうなる。

かわいそう。

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