ラ・ベル

 下層の表。そこは上では扱えない様な違法品や盗品を主に扱うマーケットだった。

 性能がピーキー過ぎる、例えば威力はとびっきりだが安全性がお亡くなりになっている銃など、上手く使えば並のモノよりも良い働きをする品が並ぶこともあるので請負人ランナーは良く利用する。

 かく言う狛彦の愛刀もこういう所で買った物だった。

 切っ先諸刃づくりのバネ刀。居合いを得意とする狛彦に合わせて二尺四寸――七十センチほどの刃渡りを持った打ち刀の銘を、ヒトトセ刀工群製、十二季刀じゅうにきとうが四、夜桜と言った。

 夜を溶かした様な光を呑み込む漆黒の鋼だ。

 上だと転売ヤーの小遣い稼ぎに使われる程度には品薄だったので下で盗品を買ったのだ。

 未使用品。流通の最中に一つだけ消えた段ボールの中身もこのマーケットには並ぶ。


「適当に電脳端末選べ」


 狛彦達の目的はそんな風に流れてきた商品だった。

 お嬢様は狛彦が思っている以上に本気らしいので請負人ランナーの先輩として面倒を見ることにしたのだ。


「私、電脳端末持ってますよ?」


 ほら、と手の平サイズの電脳端末を見せてくれる鈴音。それは知ってる。さっきLANE交換したから知ってる。ついでに狛彦が初めて登録だと言っていたので鈴音嬢に今まで友達がいなかったことも知ってる。だが――


表の顔カバーがバレると面倒だから仕事用の持った方が良いぞ。あと、そう言う手に持つタイプだと仕事中に確認できないから止めとけ」

「……確かに両手は空けておきたいですね」


 貴方が仕事に使ってるのは? と視線で問われたので首に引っ掛けているレッドベースのヘッドホン型の電脳を指差す。戦闘には使わないし、しょっちゅう乗っ取られる上に偶に爆発するけれども一応、ナビや情報屋オウルからネタを買う時などに使っている。


「こう言うのが良いんですか?」

「ヘッドホンタイプかスマートグラスタイプがオススメですな」

「そうで――あ、これはどうです? イヤリングタイプ。可愛いですよ?」

「そのタイプ、前に耳ごと引き千切って無力化したことあるわ」

「……やめておきましょう」

「それがよろしいかと」


 達人アデプトの武器は電脳ではない。手放しても左程影響はないので、ある程度簡単に捨てれることも選ぶ基準になる。特に狛彦など、簡単に乗っ取られ居場所がバレるなどがあるので、そう言う時に適当に放り投げられると言うのは立派なメリットだった。


「それなら、これはどうですか? とりまると色違いです」

「えー……」

「『えー……』ですか?」


 狛彦が嫌そうな鳴き声を上げると、何が不満だとお嬢様。


「……クラスの皆に噂されちゃったら困――」

「そうですか。ではコレを買います」

「……こっちのネコミミ付いてるのはどう?」

「嫌ですよ。バカっぽい」


 お嬢様の毒舌はとっても絶好調だ。……まぁ、確かに馬鹿っぽかったので狛彦は大人しく黙ることにした。「……」。誰が買うんだろうね、これ。









 電脳端末を選んだ後、ブーツとグローブ、それとテックコートを買ったら夕食には良い時間になっていた。

 都市が変わっても下層の夜も上層の夜も変わらないらしい。

 下層に吊るされた明かりは消えることは無く、カワセミとクライシは経営企業が近いので、都市建造は同じ会社が手掛けており天蓋のスクリーンは同じ。

 そうなってみれば上層に映る夜空すらも同じモノだ。

 カワセミで組んでいた調達屋ペリカンから紹介されたこの街の窓口に行くのは今日中には無理かな? と思った狛彦だったが、紹介されたのがダイナーだったので駄目元でそのまま行ってみることにした。

 ゴーストバスターズ。確かそんなタイトルの古い映画のおばけが蛍光灯で造られて壁で光っていた。やたらコミカルだ。骨董品のガソリン車が置かれた店内に入ってみれば元気なウェイトレスが「ようこそダイバーズダイナーへ!」と席に案内してくれた。


「……」


 疑似肉ではなく培養肉を使ったデカいハンバーガーが売りらしいので晩飯はここで済ませてしまおう。


「とりまる。ドクペがありますよ、ドクペ」


 狛彦がそんなことを考えていると、当然の様に付いて来たお嬢様がなにやらテンションを上げていらっしゃった。「……」。だが残念。選ばれし者向けの知的飲料に選ばれていない狛彦はそこまでテンションは上がらない。

 直ぐに窓口へのアクセスをしたい所だが――


 ――まぁ、先に注文した方が良いか。


 そう結論付け、狛彦もメニューを見る。サムライバーガー、ゲイシャバーガー、トノサマバーガー……名前と中身に関連は無さそう。チーズが食べたいので狛彦はゲイシャバーガーにすることにした。


「決まりましたか、とりまる?」

「……ん」

「それじゃ呼びますね。――すいません」


 貴種らしい声。大きくなく、それでも良く通る声で鈴音がウェイトレスを呼び出す。


「はいはーい、ご注文ですか?」


 淡い髪色のボブカットの店員がやって来た。腰を絞って胸と尻を強調する衣装は着る人を選ぶだろうが、良く似合っていた。「……」。何となく、狛彦は自分の前に座ってるお嬢さんを見た。美少女だ。それは間違いない。それでもこの衣装は似合わないだろう。そんな確信を持ってしまった。


「……何か?」

「……いーえなにも?」

「……」


 にっこり笑顔で脛を蹴られた地味に痛いので止めて欲しい。


「サムライバーガーのセット。サイドはオニオンリング、ドリンクはドクペで……それとトノサマバーガーの単品を一つ」


 軽く凹む狛彦は『自業自得です』と放置。サイキッカーでもないくせに思考を読んだお嬢さんは一回蹴って満足したらしく、お嬢様らしくない手慣れた様子でジャンクフードを注文した。


 ――貴方は?


 と視線を送られたので、メニューに指を這わせる。プラスチックの感触。


「ゲイシャバーガー三つ。一個はセットで。サイドはポテト――これ大盛って出来る? あ、出来る? んじゃ大盛りで。ドリンクは……豆乳……やっぱコーラ……いや、やっぱ豆乳で」

「とりまる。私のオニオンリング少し分けますからポテト分けて下さい」

「……ポテトはやるけどオニオンリングは要らない」

「嫌いなんですか?」

「俺、ネギ類食べると死んじゃうんだよ」


 何故なら狛彦はイヌ科なのだ。


「嫌いなんですね。……サイド、ポテトとオニオンリングのハーフ&ハーフに変更で」

「はーい、かしこまりっ! 彼氏くん、パティに玉ねぎ入ってるけど大丈夫? ベジタリアン向けのソイパティに代える?」

「いや、その程度なら大丈夫」


 肉食いてぇ、と正直に。

 狛彦はイヌ科だけど人間でもあるので量を食べなければ大丈夫なのだ。


「やっぱりただの好き嫌いじゃないですか……」


 ジト、とお嬢様。


「って言うか、君達、学園の生徒でしょ? こんなとこきちゃダメだぞー?」


 めっ、とウェイトレスのお姉さん。と、言うか――


「お姉さんも学生っすよね?」

「あっら~? 分かるぅ? 分かっちゃう~?」


 溢れ出る若さは隠せないかー、とポーズを一つ。胸が強調されたことが気に入らなかったらしいお嬢様が狛彦をまた蹴った。「……」。ちょっと狛彦には因果関係が良く分からなかった。

 因みに世間ではこういう扱いを『理不尽』と言う。


「君達は請負人ランナー?」

「……ま、そうっすね」

「じゃボスに用事だ。あとで来るように言っとくねー」

「宜しくお願いします」

「ほいほい。んじゃ――」


 ウェイトレスの「ご注文を繰り返させて頂きます」を聞き流し、ポケットから普段使い用のらくらく電脳を取り出す。LANEにメッセージ。ぽこっ、と言う音と共に目の前のお嬢様から『よろしクマ~』と言う謎のゆるキャラスタンプが送られて来た。

 何だこれ? そんなことを思っていたらドリンクが届く。


「ドクペじゃなくて良かったんですか?」

「あれ湿布臭い」


 俺、嫌い。


「……」


 ぽこん。『やれやれだゼブラ』と言うスタンプが送られて来た。何かイラっとする顔だった。


「……さっきからなんだよ、これ?」

「ウザいアニマルず。私の実家が出してるスタンプです。女子高生に大人気ですよ。とりまるも欲しいですか?」

「……とりまるくんは男子高校生だから要らんです」

「……」


 ぽこん。『か~ら~野ウサギっ!』。そんなスタンプ。「……」。成程こりゃウザい。

 始めてお友達が出来たお嬢様はもう少しスタンプで遊びたい様だったが、狛彦はそれに付き合う気が無いので、ぽい、と机の上にらくらく電脳を放り出した。「――」。ちょっとお嬢さんに睨まれた。


調達屋ペリカンと繋ぎが出来たみたいですが……これで私も仕事を受けられるんですか?」


 狛彦が遊んでくれそうにないので、鈴音も端末をぽい。先に来ていたドリンクに手を付けた。缶を開け、グラスに注ぐ。狛彦の苦手な『甘い湿布』としか言いようがないあの匂いがした。


「ん? あー……いや、攻性防壁アイス防火壁ファイヤーウォール入れるまでは止めた方が良いな」

「それも買うんですよね? 結構お金が掛かるんですね……」

「……その気になりゃ鉄パイプ一本で済むぜ?」


 ただし安全性もその程度だ。狛彦はあまりお勧めしない。


「あと今出来んのは……あ、さっき買った電脳に紐づけて偽装アカウント造っとけ。請負人ランナーネームで登録しろ。間違っても本名いれんなよ、すずねちん?」

請負人ランナーネーム……二つ名ですか?」

「いや、完全に請負人ランナー用の名前。二つ名も止めとけ」


 武林の名残で達人アデプトは二つ名を持つ。狛彦も持っている。人に呼ばれるか、自分から名乗って広めるか、そう言う違いはあるが、個人と結びつけられる以上、それを請負人ランナーネームにするのはよろしくない。

 何と言っても請負人ランナーの主業務は外法仕事アウター・ビズ。やる以上、本名やそれに繋がる名前を入れてバレたら目出度く犯罪者レッドだ。


「直ぐには思いつきませんね……どういう風に付けるんですか?」

「何でもありだぜ? 自分の戦闘スタイル。使う武器の色。……印象に残ってるのだと、コンビで動いてるから相手に合わせて……何てのもあったぜ? サーティーンとフライデーのコンビで、コンビ名がジェイソン――みたいな感じで」

「何でもありだと逆に困ります……」

「割と適当で良いぞ。結構ハッカー連中の玩具になって勝手に変えられるから」

「そうなんですか?」

「おぉ。何か『相応しくない』とか『他と被ってる』みたいな理由で勝手に変えられるんだよ。俺、『ウルフ』で登録したのが気が付いたら『ウルフ(仮)』にされてたりした」


 けらけら笑いながら狛彦。

 気が付いた時は思ったものだ。――なんだ。(仮)って、と。


「……それは、何て言うか……私、普通に嫌です……」

「がっつりアカウント守れば防げるぜ?」


 気になるならそうしたらよろしい。

 ハッカー連中もそこまで暇ではないので、遊びの片手間以上に手間が掛るとなるとやらなくなる。現に狛彦も特Aメルクリウス級のハッカーの防壁を入れてからは玩具にされなくなった。


「とりまる、貴方の請負人ランナーネームはなんですか?」

「ジル・ガルニエ」

「……思ったよりもしっかりしてますね。それに合わせるなら私は……」

「……」


 今更ながら気が付いたことその1。

 お嬢様は完全にペアを組む気でいらっしゃるらしい。

 勝手に話が進んで行く。了承した覚えもない。何だこれ? 何か、相棒、友人と言うよりも従者とお嬢様みたいになってない? そんな疑問を抱いた。抱いたが、下僕に発言権は無さそうなので、狛彦は大人しく、ずこー、と豆乳を啜った。


「ラ・ベル……ベルとかどうですか?」

「……鈴音だから?」


 ベルの音。ちょっと安直ですね、と狛彦。


「……それも無くはないですが、それだけじゃないです」

「ダブルミーニングってこと? もしかして俺がジルだから?」


 ジルです。ベルです。二人合わせてジルベールです。名前だけでも覚えて帰って下さいねー。そう言うことなのだろう。どう言うことなのだろう?


「まぁ、ジル・ガルニエだから、ですけど――もしかして……とりまる。貴方、ジル・ガルニエが何か分かってないんですか?」

「……この名前、何か由来あんの?」


 生憎と玩具にされた成れの果てさんなのである。

 由来も何も、狛彦が自分で付けたわけではないので何も知らないのである。


「――面白いから黙っていることにしますね」


 お嬢様は教えてくれる気はないらしい。んふ、とイタズラ仔猫の様に目を細めて笑うと、楽しそうに買ったばかりの電脳の設定を始めてしまった。


「私の請負人ランナーネームはベル、コンビ名はBBで行きましょうか」

「BB?」

「――美女と野獣ビューティ&ザ・ビーストだと長いでしょ?」

「俺が美女とか……照れるね」

「貴方は野獣です」


 選ばれし者の為の知的飲料を飲みながらお嬢様。それを見ながら狛彦も豆乳に口を付ける。「……」。無自覚なんだろうが、何と言うか――


「……セリフがエロい」

「何ですか?」

「いえいえ、なんでもねぇですよ? ただ、自分を美女と称するすずねちん、超つぇー! ……って思っただけです」

「? 美人でしょう、私?」


 何を当たり前のことを……とお嬢様。


「……わぁ、超つぇー」


 狛彦は心の底からそう思った。

 特に反論できない辺りが超強い。








あとがき

・狛彦の秘密

「お母さん、大変です! 狛彦さん、熱が四十度超えてます!」

(どっち……? 普通の病院? 動物病院? この子はどっちに連れて行けば良いのかしら?)


狛彦は人間だけどイヌ科でもあるので熱を出した時、義母がそんな『おおかみこどもの雨と雪』のお母さん見たいな内容で迷ったらしい。

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