とりまる

 北派円水拳ほくはえんすいけん

 水無月みなづき家の開祖が水の在り方から造り出したとされる柔の拳は力を使わず攻撃を流すことを肝要とするけん――と言うよりはしょうの流派だ。

 半世紀ほど前に武装集団と悪名高い魔剣連合ブラッディ・エクスカリバーズから企業連合メガコーポ三大中核の一つ、輝ける道カグシラの社長を守ったことで見染められ、流浪の拳士からシンデレラストーリーを歩むことになった七原ツバサが修めていたことから上流階級のご婦人の護身術として人気を得ている流派でもあった。

 御婦人の護身術であり、非実戦向け流派――と言いたい所だが、ツバサ嬢と言う前例がある様にバリバリの実戦派だ。

 つまり、強くて、人気のある流派。そしてそんな流派はどうやら神様のお気に入りらしく、次々とにギフトが送り込まれた。

 一つ目は現当主。彼は弱かった。本当に弱かったし、根性も無かった。だから勁穴を開くことが出来なかった。開くかもしれない・・・・・・。それに己の人生を賭すことが出来なかった。だから弟に家督を譲り、自身は武と関係ない所で生きて行こうと思った所に――ツバサ嬢、降臨。一気に門下生が増え、水無月家は小金持ちの仲間入りを果たした。

 だがそれを不安に思ったのが現当主だ。

 彼は弱かった。だが彼は人よりも少しだけ賢かった。

 このブームは一時的な物だと言うことを理解していた。一人の人間が切っ掛けになった以上、どんな傑物であろうと、それはどうしたって人一人の影響力しかない。今は栄えている道場も二十年も経てば元通りだろう。

 だから彼は得た金を使い、事業を起こした。起こして、更に大きくした。そして気が付けば企業連合メガコーポに名を連ね、都市を持つまでに至っていた。

 こうして武での大成は出来ずとも財にて大成した現当主の元に二つ目のギフトが届く。

 それは諦めていた武に関するモノだった。

 それは憧れていた武に関するモノだった。

 それは孫娘だった。

 先天性ナチュラル達人アデプト

 生まれながらにして勁穴を開いた武の申し子。正真正銘の人類の自然な進化系。呼吸する様に円水拳を修める水無月鈴音すずね。銀色の少女が水無月家に産まれ――


「……鈴音ちゃんは十五歳になって目出度く反抗期を迎えました、と」


 学食前に造られたテラス席。そこに座って、ずこー、とパック豆乳を啜りながら狛彦。

 その向かい側に座るお嬢様はそうやって家から期待されるのが嫌で武を捨てようとしているらしい。実家のある……って言うか実家が所有する都市を抜け出し、それでも無理矢理練武科に入れられた腹いせに、出会ったばかりの不良請負人ランナーの真似をして使えもしない流派で授業を受けようとしてるらしい。


「……何ですか? 何か文句でも有るんですか?」

「いやいや、文句なんてねぇですよ?」


 ただ――


「くっっっっっっっっっっつっだらねぇぇぇぇぇぇぇえぇ――って思っただけです」


 マジに心底下らないと思ってます。

 全身でソレを表す様に空を見上げながら大声で狛彦。

 都市間戦争を経験して恐怖で戦えなくなった――とかなら分かる。アレはキツイ。強い、弱い以上に運が良い、悪いの方が大事だし、普通に精神が死ぬ。

 だが実家が嫌いだから武を捨てるとか……恵まれている方は贅沢が出来てよろしいですわね? としか思えない。

 ……不幸自慢をして、可哀想な僕を慰めてー、と言うキャラでもないので詳細は言わないが。


「……貴方も私と同じだと思ったんですが?」

「何で?」

「とりま――烏丸で刀鞘術って烏丸流刀鞘術ですよね? 本家の関係者じゃないんですか?」

「……」


 あぁ、それで何か懐いて来たのか、と腑に落ちる。

 烏丸流刀鞘術をずっと『とりまるりゅうとうしょうじゅつ』と読み間違えていただろうに、そう言うことには頭が働くらしい。


「俺は養子だ。剣の腕で拾って貰った。だからアンタと違って誇りはあっても嫌悪はねぇよ」

「……」

「……反論できないからって足を踏むな」

「でも私たちはサボり仲間でしょ、とりまる?」

「俺、とりまるじゃないんですけど?」

「あだ名です」

「そうですか。あだ名ですか。てっきり間違えを認めたくないだけかと思ってました。素敵なあだ名をありがとさん。泣きそうな位嬉しいぜ?」

「そうですか。喜んでくれて良かったです。でも私達はサボり仲間なので気にしなくて良いですよ、とりまる」

「……俺の仲間になるんだったらゴキブリ見かけて『あ、ごはんだ!』って思う経験をしてからにして下さいませ、お嬢様」


 ゴキさんは下層に暮らしていた時の狛彦にとっては良く見掛ける動物性タンパク質だった。上層では嫌われているけど、狛彦はちょっと感謝しているくらいなので、心無い義妹に殺す様に言われても極力逃がす様にしてる。赤子とか善人は殺さない。そんなジャスティス系殺し屋コヨーテと同じスタンスだ。「……」。ちょっと違うかもしんない。


「エビフライの尻尾、好きですよ、私」

「……成分が同じだってことは聞いたことあるけどよ、そもそも庶民はオキアミ以外のエビとか食ったことないんすよ」


 本物の食品は高い。

 肉は溶液の中で培養されたバイオ肉だし卵だって専用に改良されたモノが産むと言うよりは造っている。その他の食品は大豆やオキアミ辺りを加工してから薬でそれっぽい味と匂いを付けた合成食品だ。

 例えゴキと成分が同じでも庶民はエビの尻尾なんて言う高級品は食べられないのだ。


「さて、と……豆乳、ごちそうさん」


 足元に転がしていたボストンバッグを肩に引っ掛ける。途中で契約したアパートに放り込んでおこう。


「どこに行くんですか、とりまる?」

「庶民なんでね、お嬢様と違ってバイトしないと厳しいんだよ……ま、同じクラスにでもなったらよろしく頼むぜ、水無月さん」


 そんじゃさいなら、と狛彦。

 言うだけ言って狛彦は鏡月式手裏剣術の使い手らしい投擲術で離れたゴミ箱に呑み終わった豆乳のパックを叩き込んで“下”に向かって歩き出した。









 “下”の空気は何処の街でも変わらないらしい。

 途中で寄ったアパートにボストンバッグを放り込み、見張りに市民IDを見せエレベーターに乗り込む。そうして到着を知らせる電子音に促される様に一歩踏み出し、下層に出てみれば出迎える空気の質はクライシであろうとカワセミであろうと同じだった。

 クライシ第五層。

 カワセミと同じ全六階層の積層都市でありながら、工業都市であるカワセミよりも人口が多い貿易都市であるクライシは第四層までが上層で、五層と六層だけが下層と言う扱いだった。

 階層が少ないから人口が少なく、多少は平和――と言うことはないらしい。

 それどころか圧縮した分、悪意の密度が濃くなった様な気すらする。そんな空気の中を――


「……請負人ランナーは電脳ネットで仕事を受けるものだと思っていました」


 ほら、よくフォーラムに書き込まれてるじゃないですか、とヒヨコの様に狛彦の背後を付いて歩くお嬢さん。お嬢さんはお嬢さんなので下層に来たのは初めてらしく、物珍し気にきょろきょろと周囲を見渡していた。


「……くっそ怪しい仕事ならそうやって受けることも出来るけどよ。ある程度まともな仕事受けようと思ったら調達屋ペリカンか組織からじゃないと駄目だ。ネット経由もあるにはあるけど、それもダークネットまで潜んないとまともなのは無理なんだよ」


 表に出てるのは捨て駒募集か、詐欺、ネタが大半だ。ダークネットなら『そこまで潜れる実力』が一種の試験になってるのであまりふざけた物はない。


「潜れば良いじゃないですか」

「……来たばっかの街でそれが出来るんならそれはウィザード級ハッカーだぜ? 並程度じゃ孔の位置も知らねぇんだから無理だ。んな真似が出来んのは鳥系でも一握り、かなり上の連中だけだよ」


 生憎と俺は犬系でね、と狛彦。


「鳥? 犬?」

「……情報屋オウル運び屋ピジョン調達屋ペリカンの後方支援系が鳥。荒事屋ディンゴ殺し屋コヨーテ喧嘩屋ジャッカルの実力行使系が犬」

「そうですか……護衛屋トータス回収屋ハイエナはどうなんですか?」

「……回収屋ハイエナは犬にカウントすることもある。んで、護衛屋トータスは完全別系統。アレだけは『表だけ』でやってる連中もいるから請負人ランナーから外されることも――ヘーイ! 水無月さんは何時まで付いて来るつもりなんデスカー?」


 ――そして俺は何でご丁寧に説明してんですかね? 家庭教師かてきょ代くれんの?


「鈴音で良いですよ、とりまる。名字は嫌いなので」

「……あぁ、そう。ありがとよ。そんなら俺もあだ名ですずねちんって呼んでも良い?」


 へ、と乾いた笑いを零して狛彦は少しだけ賢くなった。

 同級生女子に『これからは名前で呼んでね』って言われるのってこんな味気ないイベントだったんだな。何も嬉しくねぇ。

 どうやら鈴音嬢と狛彦では『さよなら』と言う言葉の意味が違うらしい。

 狛彦はテラス席で別れたつもりだったのに鈴音の方はそう言うつもりはなかったらしく、下層まで付いて来ていた。


「もー……何しに来たんだよ? え? 裏物無修正のセックス疑似体験シムセンスプログラムを買いに来た? そんならそこだ。そこの自販機でアクセスコードが買える。モザイクもなけりゃ感覚制限も無い本物だ。お家に帰って楽しんでくれ。あ、ちゃんと偽アカウント噛ませるんだぞ? じゃないと電脳が通報しちゃうから。……あぁ、心配すんな。勿論、クラスの皆には内緒にしとく。俺は良いと思うぜ? えっちな女の子」

「……」

「……不満があるからって足踏むな」


 わざわざ駆け足で前に出てまで踏むな。


「私も請負人ランナーになります」

「ド阿呆あほうが……あんな。割とガチで忠告するけど、マジで止めた方が良いぞ。請負人ランナーなんざ所詮は裏側、糞溜めでゴミ漁るよかマシって程度のモンだ。なろうと思ってなるんじゃなくて、なるしか無いから、なるだけだ」


 ――ほれ、アレが一般的な請負人ランナーだ。


 狛彦が指差す先には鉄パイプ握りしめたまま死んでいる子供の死体があった。

 それは少しだけ違う道を歩んだ狛彦の成れの果てだった。


「……」


 鈴音はそれを見て近寄るとその指を鉄パイプから剥がして胸の前で組ませ、開いたままだった目を、そっと閉じた。「……」。あぁ真っ当だ・・・・。それを見て、そんな皮肉を混ぜた様な感想しか抱けない自分のことが狛彦は少しだけ嫌いになった。

 そんな狛彦の心情など知らず、戻って来た鈴音が言う。


「でも――」

「でも?」

「でも、貴方は請負人ランナーじゃないですか。『剣に誇りを持ってる』って真っ直ぐに、本気で私に言った貴方は、烏丸狛彦は請負人ランナーじゃないですか」

「……」

「私だって貴方に言われなくても自分の行動が『下らない』なんて分かってます。捨てようにも捨てれない。天才。麒麟児。そう呼ばれるのも、そう呼ばれるのを嫌がるのも含めて『私』なんですから。『武を捨てる』。それがどうしたってどうしようもない程に『下らない我儘』だって位は、私にも分かります」


 だから――


「私だって本当は貴方の様に武を、円水拳を誇りたいんですよ、とりまる」










あとがき

ACの新作出るってマジですか? 生きてて良かった! マジで!

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