八頭蛇刃

 クラスメイト達がバスの中で親睦を深めているであろう月曜午前九時。

 明かりの変わらないクライシ第五層のダイナー、ダイバーダイナーのカウンター席にて――


「……何食ってんの?」

「『夢と希望』」

「……そうですか。お嬢様は悪魔であらせられましたか。道理で性格がクソでいらっしゃる」

「違います。そう言うメニュー名なんです」


 狛彦も身近にいた唯一のクラスメイトと親睦を深めてみることにした。

 待ち合わせ場所であるダイナーに狛彦よりも早く来ていたお嬢様は買ったばかりの白いテックコートを着てもぐもぐと朝食を食べていた。ホットサンドだ。ベーコンとバナナが挟まっている。それなら多分、ピーナツバターも使われているのだろう。つまり――


「……エルビスサンドじゃねぇか」


 朝っぱらからカロリーの高いモンを……と思ったが、お嬢様も達人アデプトだ。生物として人間の進化系である達人アデプトは食う。運動能力の高い、或いは大きい生き物がそうである様にただ生きるだけでも大量のエネルギーを必要とするからだ。

 朝から食べているカロリーの塊もお嬢様の薄い身体の肉になることは無いのだろう。


「えるび?」

「昔そう言う王様スターが居たんだよ」


 音楽は時代を超えるし、義母の好みがロックンロール。お陰で狛彦はキング・オブ・ロックンロールを知っていたが、胎教からクラシック聞いてそうなお嬢様は御存じないらしい。

 そしてあながち『夢と希望』と言う商品名が間違ってないのが何とも言えない。


「ジル。お前も食うか? ベーコンはソイミートじゃなくて本物だし、バナナは疑似だがクスノキ青果のだ。悪い物は使ってない」


 低い声が降って来た。

 ラファ。そう言う名前の顔の大きさに不釣り合いな小さな丸眼鏡を掛けた四本角のオーガがいた。

 オーガ。知能は落ちない。それでも見た目が変わり過ぎるし、力が強くなり、気が短くなることから敵性亜人レッドデミに分類される亜人だ。

 それに変異する前は兼業で上層の小さな喫茶店でバリスタをやっていたと言う調達屋ペリカンには下層では珍しくコーヒーの匂いが染みついていた。


「……セットでお得になったりする?」

「モーニングサービスでドリンクセットがある。少し安くなるぞ?」

「んじゃ豆乳で」

「ホット? アイス?」

「アイス、氷なしで」

「……意図はないんだろうが、ウチでこの注文の流れやるとウィザード級の攻性防壁アイスが出て来るから気を付けろよ」

「……何の漫画の影響だよ」

「浪漫だよ」

「そいつは素敵なこって……」


 それで? そっちが要るのか? そう聞かれたので、首を横にふりふりして、要らんですと狛彦。カワセミを出る前に特Aメルクリウス攻性防壁アイスを入れたばかりだ。


「あ、ピーナツバターって本物? 疑似?」

「疑似だが……本物が良ければ料金増しで対応するぞ」

「いや、良い。寧ろ疑似のが良い。本物のピーナッツだと俺死んじゃうから」


 狛彦はイヌ科なのでナッツ類もNGなのだ。


「……また好き嫌いですか?」


 呆れた様にお嬢様。


「そんなことじゃ大きく成れませんよ、とりまる?」

「……ちゃんと年相応の成長してるお前が言うと説得力が違うな」


 わざと胸を見ながら言ったら椅子に座ったまま軽く蹴られた。まぁ、来ると分かって居たので良い。


「あと仕事中は基本請負人ランナーネームで呼ぶ癖付けといた方が良いぞ、ベル」


 今のだけであのオーガに俺のあだ名はバレた、と狛彦。

 聞こえていませんが? 的な態度で溶かしバターでパンを揚げているオーガだが、まぁ、普通に聞こえているだろう。


「……ごめんなさい、気を付けますジル」


 お嬢様はこう言うことは素直に聞いてくれるから逆に困る。「……」。完全に我儘好き放題なら放っておけるのに。


「はーい、ミリ出勤しましたぁー、っと」


 そんなことを考えていたらダイナーの扉が開いて少女が入って来た。

 淡い色のボブカット。先日見た胸と尻を強調する様にウエストを絞ったウェイトレス服とは違う方向に身体を強調するライダースーツにショートジャケットと腰部ポシェットを身に付けた見覚えのあるウェイトレスだ。


「ボス! モーニングセット、卵サンドとカフェオレで! 他の面子来てる? え? あたしが一番最後――あ、この前の学生カップルじゃーん! 君達が仕事受けたのー?」


 テンションが高い。「ジル」。低血圧らしいお嬢様は対応する気がないらしく、お前が相手をしろ、と狛彦に押し付けて来た。

 取り敢えず色々言いたいことはあるが――


「カップルじゃねぇよ」

「……ボス、これって通報した方が良い奴かな? 事案? 事案?」

「……そう言うの・・・・・でもねぇよ」


 がるる、と唸る様に言うと「冗談冗談」とヒマワリの様に笑いながら隣に座って来た。「……」。見る。武器は確認できたのは腰の自動拳銃。右足、左手、機械義肢サイバーウェア。目。左目の反射が少しおかしい。そうなるとアレもか。しっかりと電脳化されているのでサイボーグかサイキッカーだろう。


「? どう言うのですか?」

「……お嬢様は知らなくて良いことだよ」

「……」


 そしてお嬢様が要らん興味を示してきた。子供扱いしたので軽く蹴られた。今日もお嬢様の足癖の悪さは絶好調だ。


「わたしはミリ。Bランクのサイキッカーね。能力は――今は秘密ってことで。そっちは?」

「ジル・ガルニエ。達人アデプト

「ベルです。同じく達人アデプト

「よろしくねー、ジルとベル。二人とも近接だよね?」


 軽く自己紹介をして、ついでに通信の為に仕事用の電脳IDを教え合う。「LANEもやろうよ!」とミリが言って来たので、それも教える。ぽこん。スタンプ。『よろしクマ~』。「……」。見覚えのあるウザいクマが網膜投射モードにしていた狛彦の視界にやって来た。


「本当に流行ってるのかよ……」


 てっきりお嬢様の個人的なブームだと思ってたのに……。


「ウザいアニマルず? 女子高生に大人気だよ」

「そう言ったでしょう。貴方も欲しくなりましたか、ジル?」

「……いえ、ジルくんは男子高校生なので要らんです」

「「……」」


 ぽこん。通知音。『か~ら~野ウサギっ!』が二羽送られて来ていた。「……」。二倍ウザい。

 二倍ウザかったので狛彦は網膜投射を切って首から外したヘッドホンをカウンターに放り投げた。「……」「……」。それが気に入らなかったお嬢様達がスタンプ連打したのだろう。狛彦の電脳がぽこぽこぽこと何処か間の抜けた鳴き声を上げだした。


「……」


 仕事終わったらこいつ等の通知切ろ……。








「……ニノマエ警備じゃないですか」


 待ち合わせ場所に有ったトラックと、その周りを囲む五人の全身機械体フルボーグにペイントされた『壱』の文字を見て鈴音が非常に嫌そうに鳴き声をあげた。

 小さい声だった。

 それでも自分の悪口と言うモノは良く聞こえるらしい。その嫌悪を隠さない声音に空気が凍った。「……」。仕方がないので狛彦が一歩前に出る。鯉口は切らない。「――」。それでも錬氣は行う。身体の中で加熱された吐息が白く曇る。臨戦態勢。狛彦はそれを一歩の間で整えて見せることで実力を示し、ついでに威嚇もした。


「……」


 それで『絡んでも損をする』と判断してくれたのだろう。空気が溶けた。

 ニノマエ警備。企業連合メガコーポ御用達の警備会社は色々な悪評はあるが、そこはちゃんと暴力で食っている連中だ。

 狛彦の実力を正確に理解してくれたらしい。

 そもそも自社の中だけで片付けられず、外の請負人ランナーを呼ぶ様な連中だ。そこまで質が良くないので助かった。

 この手の連中は勝てる相手にはどこまでも強気で残酷になれる。


「ダイバーダイナーからの助っ人か?」


 隊長だろう。他とは『壱』のペイントの色が違う四本腕がそう言いながら前に出て来た。


「そですそです。この度はご依頼ありがとうございまーす」


 にっこり笑顔でテンション高め。こちら側では一番社交性が高いミリ嬢が対応してくれるらしい。「……」。お嬢様は下々民とお話なさる気が無いし、狛彦は威嚇してしまったのでスムーズな対応は無理。なのでその対応は実に有り難い。

 一歩引いて、半歩前に。

 それでミリの影に狛彦は隠れた。


「内容は?」

強奪ロブって聞いてます。相手に腕利きが居るから依頼をされたって……」

「そうなんだがな……アンタ等の出番は無いかもしれない」


 ムダ金を使っちまったかもな。そう言いたげに肩を竦める四本腕の態度にミリの頬が軽くヒクつく。『ンだとオルァ! どこ中だテメェ? ウチ等舐めてると怪我すんぞゴルァ!』そんな感じだ。


「へ、へぇ~? そうですかね? ウチのジルとか結構良いですよ?」


 ちらちらと視線が狛彦に投げられる。

 おら、ヤレ。威嚇しろ。ヤレ。と先輩。三秒考える。確かに舐められるのは面白くない。それでもこの程度で唸る小型犬の様な真似をするのも嫌だ。そんなことを思った。蹴られた。お嬢様がいらっしゃった。「……」。ヤレとおおせであられた。


「――」


 多数決と言う名の数の暴力に屈して狛彦が鯉口を切ろうと手を掛ける。それだけでさっきの光景を思い出した相手側に恐怖が生まれ――


「いやいや! 違う違う! こっちでもとびっきり・・・・・を用意したんだ!」

「「っ!」」


 瞬間。

 狛彦は鯉口を切り/鈴音は構えを取り

 背後を振り向いた。

 殺気。濃い殺気が四本腕の言葉に合わせる様に背後に産まれていた。

 死んでいた。殺されていた。それを瞬時に理解させるだけの実力差。仕留めることが出来る・・・・・・直前まで消されていた気配がソレを物語る。

 男がいた。全身機械体フルボーグの男だ。背には大太刀。排熱の為の機構だろう。髪の様にフルフェイスの兜から輝く青いフィラメントが靡いていた。

 武を修めたことを匂わせる足運びで男が降り立つ。達人アデプトは武により至る超人だが、何も武は達人アデプトの専売と言う訳では無い。電脳達人サイバーアデプト。機械の身体により達人アデプトを越えたと嘯くモノ。男はそれなのだろう。


「――」


 狛彦が思わず構えた自分を落ち着かせる為に深呼吸を一回。それで刀を修める。


「へぇ?」


 面白いモノを見た。そう言いたげに男がその横を通り抜け――


魔剣連合ブラッディ・エクスカリバーズ天巧星てんこうせい、人呼んで八頭蛇刃はっとうじゃじん。今回の仕事に同道させて貰うぜ、っと」


 名乗った。










あとがき

ポチ吉の、褒めてくれっ!!


・ストックが貯まった

・ここからの四話は一気に読んで欲しい


そんな理由で四日間は隔日ではなく毎日更新になります。

お付き合い頂けレバー。

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