第三話 「燃え盛る核弾頭」

「ミィヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!!!!!!」

この鳴き声はやはり〈鯱〉だ。耐水マイクロスピーカから響く咆哮は空中をホバリングする自分の耳を劈く。そして俺が耳を塞いだ一瞬の隙に、

刹那。

きぃぃぃ、と俺の剣が奴の体を削っていた。

「おっと」

流石は指定されている危険機体。その速さはほかの機体と比例出来ない。俺が剣を擦らせているのは奴の巨大な胴体表面だ。高度403m、その距離を飛翔した奴はその機体重量から考えて物理的に不可能である。しかし、目の前には火花を散らして焦げる鋼鉄の板が。

「ふぅ」

一瞬で溜まったため息を吐き出すと、俺は〈推進力増強シューズ〉を逆噴射させて豪速で降下していく。

「メィティ・インヴァー」

〈起動コマンドを検知しました〉

胴体面を擦りながら火花を散らす愛剣の刀身が水色に輝く。次に、一旦刀身と胴体面を引きはがすと、肩まで柄を持っていき、そして静止させた。

ぐわぁぁぁん、と重低音が鳴り響く。これは自分の持つ愛剣に強烈な磁力が集中しているからだ。ほんの一秒ほどの短い時間ながら、勝手に剣が再度鋼鉄に絡もうと俺の腕を引っ張る。

しかし、全身を水色に光らせた愛剣は、次の瞬間、数えきれないほどの星屑となって、鋼鉄の装甲に突き刺さった。

流星群と名を冠するにふさわしい〈技〉だ。四方八方に飛んでいく水色の光の束を見れば、それぞれの星に強い力が込められていると分かる。

俺はまだ急降下を続けた。矢の束が突き刺さる部分から約一メートル離れた、二秒後の出来事。

猛烈な爆発を引き起こし、〈鯱〉の腹が引き裂ける。

「ミィヤヤヤヤヤ!!!!!!」

目の前で巨大な咆哮を上げる〈鯱〉は人造の機械なのだから、痛覚を感じる器官など存在しない。しかし俺が腹を引き裂いたその瞬間、まるで痛みに怯えているような、そんな咆哮を上げるのだ。

「はぁ、次は」

数メートルずつ埋め込まれているマイクロスピーカを粉々にしつつ、俺は体の向きを変えて〈鯱〉から距離をとった。

空高くその体を浮上させた〈鯱〉は、一旦海へと落下していく。

「ここからか」

巨大な水しぶきを上げてその姿を渦に隠す〈鯱〉をマーキングする。


〈マーキング〉

〈S1〉〈S1〉


「おっ」

俺は空中でホバリングしながら、〈マーキング〉結果に驚愕する。

目の前に展開される緑色の画面には、渦の中で旋回する〈鯱〉が二体。

仲間を呼び寄せたか。

「まぁ、二体だろうがどうもならないけどな」


弧を描いて渦の上に到着した俺は、ホバリングして剣尖を下に向ける。

「ピスカティオ」

〈起動コマンドを検知しました〉


一瞬だけ、辺りの風景が暗転する。

真っ暗なその空間に、唯一の光源として光り輝くのは一本の両刃直剣だった。

硬い地盤に穴を開けるために使用するドリルのように、水が剣を中心に渦を巻く。

〈対象を選択〉

「漁り」。この前うちの組織の技術部長に名前の由来を聞いたのだが、そう答えられた。初めは貝か何かの類かと思っていたが、どうやら物を「漁る」ときの「漁る」らしい。ネーミングセンスどうかしてる。

しかし、それとは裏腹に威力は極め付きだ。

〈アクチュエート〉

ドリルであったその形を四方を覆うスコップのような形に変えた「漁り」は、渦の端から端までを覆う。その奥に潜む何かを引っ張りだすように。

〈対象の接着に成功・アゲインアクチュエート〉

そうディスプレイに映った直後、一点の光が渦の奥で一瞬煌めく。


「みぃヤぁあaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」

マイクロスピーカの大音量がじきに強くなっていく。どこか魚介類っぽい鳴き声を轟音で響かせるそれは、まるで網で捕らえられた直後の新鮮な様子を想像させるほど、搭載された防水スピーカの音質は高い。そして圧も。

――ピン。

意図が張る音が聞こえる。

俺の剣尖から飛び出した〈網〉は、対象にクリーンヒットしたようだ。

上空75mで固定した俺の足元まで水しぶきが飛ぶほど、巨大な図体を引きずり出された〈鯱〉はその巨大な図体をじたばたさせ分厚い氷塊を寸断する。

勿論生き物では無いのだから、体のあちらそちらに巨大な砲口や銃身があっても驚くものではない。それらが極音速で放つオレンジ色の光は、俺の構えた水色の刀身に弾かれ身が裂かれる。

「うぉりゃあああああ!」

〈加速・上限を220km/hに設定〉

徐々に威力を増し俺の脳天を貫こうとする正確な銃弾の隙間ない雨に自分の身を投じる。

右、左、斜め右、斜め左。これらの動きを一秒間に五回繰り返すことで、まとめて襲い来る大口径の銃弾が自分と衝突せずに済む。かきぃん、ばきぃん、と衝突して火花を散らし、俺は側面の装甲に沿って高速飛行する。

「っと!」

俺は体を百八十度回転させて、右に構えた剣の刀身を装甲に食い込ませる。再度百八十度体を回転させ、分厚い装甲に亀裂を入れていく。中からは灰色の流体が噴き出し、複数の色付きコードの束がショートを引き起こして花火を上げる。


〈加速・上限を550km/hに設定〉


〈推進力増強シューズ〉の青白い光が輝きを増し、俺のスピードは格段に上昇する。バーンという巨大な爆発音と共に加速した俺の勢いは右手に構えた片手剣の勢いに変換し、腕を捻らし〈鯱〉の鋼鉄の体を容易くカットしていく。

二百キロ近くのスピードが出ている俺の右脇腹辺りを大口径の銃弾が掠る。切り込みを付けている〈鯱〉の体の少し出っ張った砲口から放たれる銃弾だ。

「無駄だよ」

体のすぐ側面に訪れる死の危険。更に誘導ミサイルの先端が俺の組織服の布を擦る。

も、俺は冷静でいた。当たらないと確信が持てるからだ。

ゼロコンマの世界。

〈推進力増強シューズ・超加速〉

時が止まったかのように、俺は、俺を取り囲む銃弾の輪から外れていく。

「ふっと」

首が吹っ飛ばないギリギリの方向転換で、自分の体は飛んでくるミサイルと並行に。

誘導ミサイルの先端との距離目測四十センチ。今更方向転換など不可能だ。だから俺が助かる方法はこの爆薬を綺麗に寸断して……。


〈推進力増強シューズ・緊急後退〉


この時点でチェックメイト。

――シャキン、

そう高い音を立てて切断された銃弾に、戦闘服の裾に無数取り付けられたスラスターと擦り合わせて生み出した火花が降りかかる。

「gggaggggggggggggggggggggggaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」

とうとうぶっ壊れたのだろうか、マイクロスピーカから響いていたあの〈鯱〉に似た声は、もうノイズが入り混じる不協和音になっていた。

丁度、俺を飲み込もうと加速をつけて飛び上がった〈鯱〉の二体目に、ミサイルが着弾する。

体の側面はギザギザの切れ目が入り、どの傷も灰色の流体が溢れ出している。

道連れに最後の銃弾を砲口が吹っ飛ぶほどの威力で繰り出した〈鯱〉だが、その弾は虚しく虚空を切り、俺のすぐ横を通り過ぎていった。

その銃弾は赤い空に消えていく様子は、なぜか印象的だった。

――っと。

ふけっている間にもう一体の〈鯱〉は俺の喉元を掻き切ろうとしている。剣を構えなおして、

〈推進力増強シューズ・加速〉

もう一体に向けて刀身を刺そうとしたその時。

「あっ……ふっ」

俺は一瞬驚愕してから、片手剣を丁寧にゆっくり仕舞った。勿論、真下に広がる大海を巻き込んで回転する渦の中には、旋回しながらその背中に取り付けた電磁砲で俺をターゲティングする〈鯱〉の姿が。

それでも、俺は安心してその景色を眺めた。


――「カークス」

落ち着いて穏やかな、優しい声が空気を撫で、俺の鼓膜にそっと触れた。かなり距離が離れていても、一字一句明確に聞こえた。


空が焼けている。燃えている。


真っ赤に染まる空が、焦げている。


周囲の風景が暗転している。

そこに輝く一点の赤い光。

「彼女」は、左目を隠すように大剣を縦に構え、俺と並行にホバリングしていた。

突如、全身燃えるように熱い。そして痛い。まるでマグマ溜まりに飛び込んだように。

正面に〈太陽〉が現れる。

「――ムゥルス・アクア・フェレイッ!」

〈起動コマンドを検知しました〉


突如、目の前に輝く一点の光が、俺の目を眩ますほど煌々と煌めいた。

「うぉっ」

〈推進力増強シューズ〉はその場でホバリングするよう、一定出力を保たせていたのだが、俺はバランスこそ崩さなかったものの予備衝撃波に大きく吹っ飛ばされた。


「――ったく」

組織服は融けないが、着用していなければ恐らく皮膚は爛れているだろう。

眩い光をいまだに出し続ける、長い赤髪の少女に視線を向けた。

赤い瞳の中に、一点の黄色を輝かせる、俺の妹に視線を向けた。

彼女の姿はまるで、惑星の〈核〉のように、燃えて輝いていた。

それが与える影響など、計り知れるものでは無い。

ハーモニア〈天武〉第三位、碧炎華。異名、〈爆核〉。

「アクチュエート」

〈爆核〉は、右半分の瞳を隠すように構えていた大剣をゆっくりと動かし、水平に持つ。少しの予備動作を終えると、陽炎で視界がぼやける中、口角を少し上げて見せた。

ホノカは、一瞬で剣を振り払った。四キロ超の巨剣を俺でも捉えきれないくらいの速さで振ったのだ。巨大な火花が俺を包む水色の壁を突く。

空を焼いた。


ホノカの放った斬撃が、一面の空を燃やしたのだ。

赤く光る衝撃波が、みるみるうちに俺の真横を通過し、大海目掛けて突き刺さっていく。

鼓膜が破れてしまっているのか、それとも耳が焼けてしまったのか、音が聞こえない。

ぐわあぁん、と目の前が真っ黒になる。

瞬きをして、視界を再読み込みした。


「――おぉ」

目の前に広がっていたのは、夕焼けの光景。

今は正午近くなので、今見ているのは恐らく虚構の光景。

でも、異様に美しかった。

後ろには、ホバリングしながら、大剣を収納するホノカの姿が。

ばらばらの鉄くずと化した〈鯱〉の遺骸は、収まった渦の上にぷかぷかと浮いていた。

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