第二話 「凍て刺す大地に向かう前、」

太平洋の広大な海が広がり、隣には金属質のレールのようなものがどこまでも並列して続いている。数分おきに、そのレールの上を金属製の四角い物体が走っているのを抜かす。


〈HalOS ver12.7 [S2] Rai_Aoi[A]・《接続》Ps・出力安定・飛行速度3300km/hを維持〉

あまりここの空間はあまり酸素が無い。空中展開されるシールドへかかる空気抵抗を最小限に抑え、限界まで速度を出せるよう、酸素含む空気密度が意図的に下げられ設定されているのだ。低酸素の空間、そして直接の空気抵抗を防ぐ空中展開シールドのおかげで、人の華奢な身体がマッハのスピードに耐えれるようになっている。

低酸素状態は結構きついが、案外慣れるものである。キャラメルを頬張りながら、俺は遠くの景色を眺める。

〈情報・オーストラリア支部分岐まで残り五分〉

行先は南極である。特殊ガラス張りの空間を一瞬で過ぎ去りながら、遠くの風景を見て目を休めるを終え、手元の携帯端末の画面に集中する。

作戦要項、と大きく書かれた資料をデータ化してきたので、それを見るためだ。

活字で打ち込まれたその資料の写メには、極めて長い文章が延々と繋げられていた。

「ったく、訳してから渡せよ……」

英語、ドイツ語、日本語を喋ることは容易い。昔に叩き込まれたマルチリンガル(鬼)教育のおかげでだ。しかし〈作戦要項〉とタイトルを飾る資料の写メの字面を見る限り、それはその三つの言語では書かれていない。そしてかなり難解な言語であるアラビア語でもなく、スペイン語でもフランス語でも書かれていない。

並んでいるのは、数字とアルファベットだけだ。完全に暗号にしか見えない。


が、これは編み出された〈言語〉である。読めるのは世界人口のうちおおよそ三パーセントほど。丁度、ハーモニア組織員の割合と同じだ。

〈ハーモニア暗号〉。換字式暗号でありもする、うちの組織の独自言語だ。読めるのは全世界に二万人弱しか存在しない、特務調査機関〈ハーモニア〉に所属する組織員のみ。加入する際に、この暗号……言語を解読する術を叩き込まれる。もう十六年前のことなのでだんだんと対応表の記憶が薄れていってしまい、なかなか解読に時間がかかってしまう。


「……ライ戦闘員は南極支部付近発生、大規模亀裂内部での救助任務を実行願う、最終任務終了を四日に設定、開始時刻は南極支部降着から三時間後を予定とする……」

一年に一回、西暦を一刻むと同時に開催される〈共通能力判別テスト〉を行う時と同じくらい慎重に解読を進めていく。〈ハーモニア暗号〉の良い点は機密情報が誇るべき難解さで流出を防げる点であるが、悪い点は非常に誤変換しやすい点だ。

「追加人員派遣についてはベルリン支部滞在中の[S3]を予定とする……あぁぁぁぁぁ」

文章解読を諦めたのは下から三行目の六文字目のところであった。延々続く数字とアルファベットの文は精神に異常を来す。先ほど休憩を挟んだばかりであるが、また、キャラメルをポケットから取り出した。


〈作戦要項〉

2046/04/02付、Rai_Aoi戦闘員は南極支部付近発生、大規模亀裂内部の組織員救出任務(なお識別番[A11]。予測より[E][R][O]型の〈アルミス〉が大方の出現とされる。[M]型出現の場合はデータ収集のため機関の破壊は認めず。任務終了期日2046/04/02と設定。任務開始時刻は南極支部降着から3時間後を予定とする。なお、追加人員として[S3]派遣アリ。ドイツでのスケジュール終了次第とする……。


完全に訳し終わったのは、オーストラリア支部前の複雑な分岐を抜けてから更に南下した四十分後であった。

「ん?」

そして、[S3]という一つの組織員識別番号を発見したのも、解読終了間際の一分であった。

ハーモニアの戦闘員及び組織員は全世界に二万人弱存在する。二万人の個人情報を管理するため、これまた〈識別番号〉と名の付く制度がある。[S]と文頭に来るのは〈天武〉のみ、また[M]と来たら幹部であるなど、〈ハーモニア暗号〉とは違い非常に読み取りやすい仕組みである。

ところで、

[S3]、それは、「爆核」の異名を持つ、


天武第三位・碧炎華


誰かに紹介するならば、とりあえず大陸一つ吹き飛ばせる爆弾だ、と言う。

その巨剣の一振りで山は崩れ、谷が出来る。破壊力はハーモニアダントツの一位。

そして、


俺の双子の妹だ。


パキ——。


ふと、何か硬い物が破けそうな音が聞こえる。ヒビが入った時の音というのが妥当だろうか。

「……」

俺は開いていたスマホの画面を閉じてキャラメルの入っているポケットに突っ込む。青白い光を出し続ける推進力増強シューズの固定飛行モードを靴の側面についてるダイヤルを捻り解除し、速度を低下させる。

〈推進力増強シューズ・固定飛行モード解除〉

〈速度設定を手動に切り替え・90km/hまで低下〉

目の前に展開されるシールドを閉じて、〈HalOS〉の新規タブから広域マーキングシステムと大陸間超音速航路パイプの運行図を開く。

〈更新・第二東部区域超音速航路異常なし〉

大陸間超音速航路の路線図が浮き上がるが、自分が今向かっている南極に行くルート〈第二東部区域線〉は異常を感知しない。

先ほどの、何かヒビが入った時のような音は、幻聴だったのだろうか。

透明な筒の向こう側はどこまでも広がる大海が赤い太陽光を反射して紫色に染まっている。


〈警告〉

〈後続との感覚が狭まっています。速度を上昇させてください〉


ピーピーと、やけにうるさい警告音が〈HalOS〉から響く。

「……聞き間違えか」

ゆっくり飛びながらパイプを見ていたが、あれだけ大きな音で響いたのに目立ったヒビなどは見られなかった。聞き間違えだったと判断して、靴のダイヤルを捻り、自動飛行モードに切り替える。


……〈マーキング〉

〈範囲を二キロに設定〉〈発信中〉……。


……〈S1〉


〈即〉

〈指定危険機体検知・北・671m〉


ダイヤルを10xに捻りかけた時、これまた鼓膜を劈くほどの轟音アナウンスが俺を襲う。

「――だろうな」

俺は靴の側面についたダイヤルをそのまま捻らずに出力を切ると、パイプの床に足をつけて止まる。きぃぃ、と火花を散らしながら、俺は剣の柄に手をかける。

「スターリット・スカイ」

しゃきん、と音を立てながら、水色の刀身を輝かせる俺の愛剣がきらりと煌めく。

特殊ガラスと言えど、全〈ソース〉の特殊攻撃を防げる特殊装甲には、防御力は及ばない。しかし蹴ったり殴ったりで壊せる代物でもない。

後々修繕することも考え、自分が丁度通り抜けられる程度の穴を開けるだけでいい。

〈星空〉の光は、特殊ガラス製の筒をいとも簡単に突き破る。

そして、

〈推進力増強シューズ・感圧加速モード〉

空いてしまった穴から入り込もうと荒れる風流に抗い、大海の上に出た。


〈大陸間超音速航路から離脱、最大速度制限を3300km/hから220km/hへ設定〉

〈ターゲットロックオン完了〉〈マーキング〉

〈S1〉


その姿を捉えた。広がる大海に渦を生み出し、その中から現れし腕のようなパーツを。


〈S1〉。表記が組織員識別番号と類似しているが、この場合、〈アルミス〉機体識別番号である。

そして文頭のS、これは特別指定危険機体を指す。それの一番。


〈特別指定危険機体01・《鯱》〉


「ミィヤヤヤヤヤヤヤヤ!!!!!!」

キーの高い咆哮が、渦の中から響いた。


「ふっ」

俺は剣尖を渦の中心に向け、臨戦態勢に入る。

渦の中に輝く白い一点は、じっとこちらを凝視しているように見えた。

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