プロローグ2「この空は、いつまでも赤く染まっている。」

西洋の独特な心地いい風が頬を擦った。

空以外、淡い緑色で染まり自然豊かだ。自分の持つグラスには、ワイン(年齢の都合上ぶどうジュース)が注がれ、優雅な香りを漂わせる。

私、碧炎華(あおいほのか)は、巨大な大剣を片手にの目の前で仁王立ちしていた。赤い光が迸る〈推進力増強シューズ〉の浮力のみで突っ立つのは高度のバランスが無いと不可能だが、〈天武〉である私にとって、そんなこと朝飯前である。

「まだかな~」

ぶんぶん、と空を斬る風切り音を鳴らしながら、報告を待つ。

ふと、首に取り付けたチョーカーに嵌められる、二つの球体を触る。それぞれ赤と黄の色に染まり、ひどく透き通っている。これは〈ソース〉と呼ばれる、通称〈外付け身体能力増強機器〉。これを装着することによって、履いた〈推進力増強シューズ〉のバッテリ充電や、冠する名の通り基礎身体能力の向上など、戦闘に関する様々な恩恵を受けられる優れものだ。しかし一番の効能は、やっぱり化学元素を操ることが出来ることだ。

私の場合、例えばあらゆる有機物を爆発させることが出来る、とか、90000℃の環境下でも死なないとか。私の兄で言えば〈水〉に関連する〈技〉の発動が出来るなど。またおにぃは〈複属性持ち〉と呼ばれ、〈雷〉に関連する〈技〉も行うことが出来るし、〈水〉と〈雷〉の融合した攻撃も繰り出せる。

因みに私も、〈複属性持ち〉なのだが、黄色の方は使えない。理由は聞かないでほしい。

「ふぅ、そういえばおにぃ、既読付けたかなぁ」

大剣を一旦鞘にしまい込むと、ぽっけからスマホを取り出しメッセージアプリを一瞬で開く。昨日はベルリン支部の裏にある小さな山を指パッチンだけで崩した動画を送ったけど、その後返信は三点リーダーだけである。続いて50mを0.2秒で走ったっていう動画を送ったけど、そこから既読無視だ。〈2046年5月26日〉、すなわち今日からメッセージの進捗状況は微動だにしない。ネットの受けは抜群なのに。

しかしSNSでのバズり具合はどうでもいい。おにぃの感想だけもらいたいのだ。

「ま、今回ばかしはとっておきをとるぞー!」

スマホのカメラを外側に向けて胸ポケに入れ準備は完了。今日は……〈アルミス〉の機体の上で一秒間に四回バク転してみた、でいいか。あぁでもインパクトに欠けるかなぁ……。


そんなことを考えてる間に、容赦なく〈戦闘補助システムHalOS〉はバカでかい音でアナウンスを仕掛けてくる。

〈マーキング〉

〈G1〉〈完了〉

左腕の上部に投影されたモニタによると、…どうやら私が標的にされているらしい。

「やっとかぁ」

〈貫通型ソナー起動〉

空間投影ディスプレイには目の前の山が強引に3D表示になった図が表示された。何層にも層が重なったその山の中には、不自然な球体が一つ、警告表示を促す赤線が縁を彩っていた。

〈会敵予想時刻、あと五秒〉

刹那。

私の頬を高速で突っ込んできた銃弾がほんの少し掠る。これを臨戦だと私が受け取れば、あと三十秒後にはここら一帯焼け野原だ。ちなみに自慢ではないよ。

〈推進力増強シューズ・加速〉

〈出力安定・900km/hを維持〉

ばこっ、と一瞬で飛び出し、白い円を作る。煙を立たせながら、私は宙を駆け巡る。

丁度そのころ、山肌を一瞬で食い荒らしてその鋼鉄の姿を見せる巨大な爬虫類は高速で飛来する私に向けて、自慢の大量砲口を一斉に向け、オレンジ色の光を眩く輝かせる。

かれこれ六年も剣を握っている。今や握力など身体能力の面は常人の粋を逸脱し、もはや人でないほどだと同年代の非組織員の子に言われたことがある。仕方が無い。生まれ持っての才覚に加え、死をも克服してしまいそうなほどの超過酷な訓練。それを受けなお立ち続けるなら、もう〈人間〉でなくてもおかしくは無いだろう。

〈人間〉、だが。

ふふっ、と自嘲の笑みをこぼしながら、私は大剣を振り払う。

ミリ単位で計算され斬撃を加えられた大小さまざまの銃弾は、私の身体を貫く前にあっけなくその身を寸断されている。空と同じほど赤く染まった巨大な刀は、火花が飛び散って輝いて見えた。

ガガガガガ、と次々に襲い来る銃弾の雨を掻き切り〈アルミス〉に接近する。

「ハハッ!撮れてるかなぁ…よし撮れてる!もうちょっと弾数多くしないと私に血を噴き出させられないよ?」

正直これくらいの銃弾密度であれば右手の剣裁きだけで十分である。視覚は左手に持つスマホのため使えないので、次に聴覚の使用率を上げ、伝わる音のみで銃弾の弾道を予測する。

「よしっ、そのまま撮りっぱなしだよ~。じゃ、そろそろトドメと行きますか!」

〈推進力増強シューズ・設定最大速度を90km/hから210km/hまで上昇〉

バキバキバキ、と急に加速して履いた靴が悲鳴を上げる。

スマホをレンズの隠れない程度にポケットにしまい込むと、私はシューズの出力を急上昇させ一気に突っ込む。対象との距離、おおよそ100m。


――ガガッ⁉

私の大剣がその体に突き刺さると、飛蝗のような見た目をしたその灰色の殺戮機械は無数の巨大スピーカーから悲鳴を響かせる。

山をすっぽり覆ってしまうほど巨大なその図体をぶんぶん振り回して私を振り落そうとする。そのたび六本もある足が地上を引きずり回し山肌が容赦なく削られていく。

「っつ…結構デカいんだね……!」

体の側面以外にも、私が立っている地面にも、煙を吐き出す無数の砲口が存在した。

「――あぶなっ!」

突き刺した剣と自分の間の僅かな隙間に銃弾が走る。一瞬で仰け反り後方転回すると、刺さった大剣を引き抜き空に飛び立つ。

「…仕方ない。装甲剥がすのめんどくさいし」

灰色に染まった巨体から数百メートルの距離を取り、私は剣を真下に存在する「飛蝗」に向ける。

そして、ある一つのコマンドを唱えた。

「グレィル・サィ・グレィル」

〈起動コマンドを検知しました〉

直後、周りの風景が暗転する。

地上から舞い上がる土煙も、空を覆う赤い放射線も、全て。

目の前に緑色で縁取りされたディスプレイが何枚も映り、とんでもないスピードでコマンドが打たれていく。「グレィル・サィ・グレィル」。ラテン語で直訳して、聖杯の雫。

神の愛用するコップ、聖杯から零れ落ちる一滴。天界ではそれを拭き取るだけで済んだが、たった一滴が下界に到達するころには何もかも飲み込む津波となり大惨事を引き起こしたと。どこの物語がモチーフか知らないが、この技をデザインした技術部はそう言っていた。

それをイメージするように、私が構えた大剣の剣尖に、一滴の赤い雫が溜まる。刀身から溢れ出る、微量ながらも集まり巨大な水滴と化すそれは、限界容量まで達すると雫は地上に落下していく。ひゅうう、と風を切りながら落下していくその雫が地面に落ちるまで、周りの時間は止まっているように見えた。

「……要するにバタフライエフェクトってこと?」

――パチン。

指を鳴らした。

刹那。

足元まで到達するほどの爆炎が、金属製の靴の底を少し焦がした。


眼下に広がるだだっ広いクレーターからは黒煙がモクモクと上がる。同じく、右手で持つ大剣の赤い刀身からも白い煙が上がり、しゅぅぅ、と音を立てた。

しゅぱ、と軽やかな音を立てて浮き上がるホロディスプレイには、〈クールダウン中〉とのテロップが流れる。

「ふっ、最新兵器なんて、私の元に送ってきたって無駄だよ。送るんだったら、中部ブロックの青髪に送ったほうがいいよ?まぁ私より粉々にされるかもね」

敢えて、ドロドロに溶ける〈飛蝗〉の機体前部、疑似触覚に取り付けられたマイクロフォンに向けて呟いた。


燃え広がる炎のロゴが輝く〈天武〉第三位のバッチを、真っ赤な空から差し込む太陽の陽が照らした。バッチのつけられたポケットの中に入る、大事な紙切れも、太陽の光で暖められた。

崩れ行く山と、成す術無く融け落ちていく鋼鉄の塊を背景に、赤髪の少女は欠伸をした


「いつになったら、空の色が変わるかな」

そろそろ飽きたよ。赤色。

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