あの空は、いつになく水色に染まっていた。

序章

プロローグ 「あの空は、いつになく水色に染まっていた。」

〈2036年6月1日〉

両親は、この世から他界してしまった。

幼い俺と、妹を残して。

「ごめんね――」


まだ六歳で、当時は大した能力も何も、無かったけど、助けれた気がした。


まだ子供だったけど、止めることくらい、できた気がした。自分の身を投じて、黒く染まる深淵に消えていった両親を、止めることくらい。


地球のため、世界のために消えていった。


その前に、俺は行かないでの一言も言えた気がした。言えるチャンスはあったはずだ。


でも、

死んでしまった。


後悔、している。しきれないほど、している。


一言くらい、言えたのにな。


プロローグ 「あの空は、いつになく水色に染まっていた」


どこまでも広がる荒野に、深紅の空。

緑色に染まる木々に、澄んだ青色の水、地上はいつもと変わらず綺麗なのに、空だけが、この世の終わりみたいな雰囲気を醸し出している。


〈2046年5月27日〉

〈中部第三ブロック〉


ポケットに入れていた、一本の500mlペットボトルを取り出す。「空色サイダー」と書かれたパッケージは爽やかで、水色を基調とした下地に白いラインが数本、青い空に広がる白い雲をイメージする形で描かれていた。


「サイダーうめぇー!あれまって賞味期限きれてr」


ミッションレコーダに、全ての音声が録音されていることは承知だ。俺は誰もいないのに無駄にデカい声を上げて、賞味期限切れに気づく。キャップに印字された『賞味期限・2045/5/5』の白い文字が俺の視界の八割がたを埋め尽くし、脳裏にアラートかかる〈腹痛〉の予知。


東京の支部から出た後、ふと視界に入ってきた自販機で買ったものだ。その自販機の苔むしたフォルムやいまだに電子決済非対応なのを見て、賞味期限切れとか、なんかいろいろと発生する問題がぽんぽん脳内を這いまわったが、謎の力に引き付けられ、気づけば「空色サイダー」のボタンを押していたのだ。まぁしかし賞味期限と言えど、そこまで味が変わるものでもなし。そこらへんの危惧すべき内容はサイダーと共に飲み込んだ。


俺、碧雷あおい らいは、眼下に広がる荒れた荒野をぼーっと見つめながら、「早く出てこいよ」と呟いた。現在時刻は午前3時を指し、まだ太陽が姿を見せない時。早く帰ってベットに飛び込みたいのが本音だ。


あっという間に飲み干してしまった「空色サイダー」のペットボトルを手の平から出した水流で溶解する。投棄すると環境部門がうるさいのでしっかりと溶かし塵も残さないようにした。


「――んっ」


上部からじわじわと、水色のグラデーションがかった光が透明なペットボトルを包んでいく。丁寧に巻かれたパッケージがじゅわぁ、と、まるでステーキのような音を立てながら溶けていくものなので、意図せずとも視線が自然とそれへ向く。

水色のパッケージが、水色のグラデーションがかった光に消されていく。その光景はいつになく綺麗に俺の瞳に映ったのだが、同時にある出来事が頭の中に一瞬で浮かんできた。


空=水色。

……。


――空=赤色。


〈2036年6月1日〉

「ごめんね――」

「ごめん…ね……」

――。

〈死〉


〈死〉







〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉

〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉

〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉〈死〉







「うっ」

思わず、胃がきゅぃと萎む。よってもたらせる強烈な吐き気。反射的に手を口に持っていく。

空中で悶えながらなんとか内容物を吐き出さないように努力し、吐かずに済んだ。しかし喉に一度到達した以上、気持ち悪さは断続的に続いた。今すぐ顔を洗いたい。しかし今は地上から1000m、時速五百二十キロで飛んでいる。力尽きそうになりながらも、俺は何とか正気を保って飛行を続ける。履いた〈推進力増強シューズ〉は、俺の体調の異変をあざ笑うかのように爆発を強めた。


「......今日は少し高いな、〈Tv〉」


夜空は下地が真っ赤なので紫色のグラデーションがどこまでも広がっている。

それとは対照的に、今も輝き続ける何かの光が首元で煌めく。


「新型かぁ。しっかり動いてくれよ本当に」


自分の首元につけられたチョーカーの中に嵌っている、水色のビー玉のようなものを突く。水色に染まったその球体は、俺が触ると同時に輝きを増してみせた。こいつのおかげで俺は今空を飛んでいられる。水色の光が迸る〈推進力増強シューズ〉という名の靴は、靴底の小型ジェットエンジンが俺の体を押していた。


ぴりぴりと、砂鉄の微小な塊が頬を突いてむず痒い。

こういうとき眉毛は目を保護するためにあるとどこかの書籍で見たが、とてもその眉毛が役に立っているとは思えない。さっきから俺は三秒おきに目を擦っている。

鉄粉、それもいろいろな有害物質が混じったものなので本来ならば水で洗い流さないといろいろアウトなのだが、そんなことを気にしている暇は無い。汚染区域突入からちょうど二分経過した今、俺は焦らないといけないのだ。まだ〈対象〉が見つからない。


手鏡をポケットから取り出して、鉄粉の除去ついでにカラコンの嵌め具合を確認する。俺は青と黄のオッドアイ(一応言っとくけどハーフじゃないよ)。だから青色のカラコンを嵌めないと、とてもじゃないが外に出られる顔では無くなってしまう。左が黄で右が青。ぱっと見人間では無い。

外見上のコンプレックスなんて数えれば無数浮かんでくるだろうが、瞳の他に髪もこれまた人間じみていない。俺の髪は真水色なのだ。淡い青色。

自分が所属する組織には地毛で赤髪だったり緑髪だったり、はたまた銀髪や桃色髪も普通にいるのでそう浮いてはいないのだが、いざ秋葉原を歩いてみると、それはまた大変である。れいやー? だかなんだか言われてせっかくの買い物が台無しだ。


……ともかく、身だしなみは基本である。

ただでさえ身長が176cmしかないのだから、残るは顔しかない。

「理不尽だっ」

誰も聞いてないことを確認してから、独り言をぼそっと呟く。


上空1000mから見る地上の光景は綺麗であって汚かった。

倒壊する建物群の錆びついた残骸の間を縫って生きる、水たまりの姿。それは美しかった。それだけは。

生存者……のような影が見えたが、灰色に染まり、銀色の液体を流しているのを見てそれは人では無いと判断した。体に大きな穴を開け火花を散らしている。

〈ARMIS〉。そう体に名を刻む残骸は、あちらこちらに横たわる。


〈マーキング〉

〈E1〉〈E2〉……〈取り消し〉〈全て動力反応認めず〉

俺が倒れる機体にフォーカスするたびに、正面の透過ディスプレイに分析結果が表示される。どれも、縁が赤くハイライトで表示されてから、緑色に変わる。太陽が沈むほう、正面を見ただけで数十機が赤く輝いた。


〈《群》を発見〉


ふと、耳を澄ますと、遠くからダダダダダという、複数の物体が足を鳴らす音が聞こえる。

二百機。かなり多い数であるが、俺にとってはそう問題では無い。しかも[A]型であれば千機まとめてかかってきても無傷で生還できる自信がある。

自慢ではないが。

そっと、地に足をつける。〈推進力増強シューズ〉はそれに合わせて光を消し、ふっと俺の体が重くなる。砂鉄の地面はさらさらしていて、それでいてガサガサしている。


背中に吊るした鞘から、丁寧に収納されていた愛剣を引き抜く。


〈飛翔体接近中〉


シュゥゥゥ、という音を立てながら、向こうの丘から何か大きなものが飛び来る。

ロケット弾は、俺のすぐ横を通り過ぎると、裏に聳える山に着弾し大爆発した。

「66mmかぁ。結構デカくなったなぁ」

爆炎を昇らせる裏の山を眺めてから、だんだんと大きくなる足音の聞こえる方向へと視線を向ける。そして、

「降参するなら、今をおすすめするぞ~」

と警告して直ぐ。

ぼこっ、という地が凹む音を響かせながら、俺の体は瞬時に236km/hまで加速する。瞬時に周りの背景がすり変わりながら、自動マーキングシステムが目まぐるしく対象を赤く染める。


高速で向かってくる銃弾の隙間ない雨を勢いだけで避ける。大口径の弾が少し頬を掠めるが、涼しい風が同時に擦り少し気持ちいい。

少し血が出てしまっているのにも関わらず、「涼しい」、そう思える所まで来てしまった俺はもう手遅れなのだろうか。

自嘲の笑みを浮かべてしまってから、唇付近まで垂れた赤い液体の雫をぺろっと舐め味を楽しむ。


多種型殺戮兵器〈アルミス〉の群れが丘の向こうから体を見せる。バックに沈みゆく太陽の光が輝き、縁を明るく輝かせる。鋼鉄の体は錆びつきながらも、光を反射する。


対戦車地雷が爆発する。


連合国軍お墨付きのそれは激重戦車や俺ら戦闘員の体をいとも容易く吹き飛ばしてしまうが、〈アルミス〉の場合、硬い装甲を貫かれ動きを封じられようとも、すぐ後ろから代替機が顔を出す。


「大事な仲間を不要と思った際に咄嗟に切り捨てられるのは脱帽だなぁ」


群れの先頭に立つ機に約十秒で間合いに入ると、既に鞘から抜いていた愛剣を左手から右手に持ち替え、左に大きく切り払う。

水色に輝く刀身は鋼鉄でできた〈アルミス〉の首元にいとも容易く食い込み、そのまま切断した。そしたら鮮血が噴きあがる……のではなく、様々な色がついた無数のコード類が火花を散らしながらぶちまけられる。


〈HalOS ver12.7[S2] Rai_Aoi[A](T)〉

〈超高精度マーキング〉


二十、四十、六十、八十。飛び来る秒間約二十発の銃弾を剣で斬り落とすと、群れの先頭に立つ人型機械との間合いを一瞬で詰め、大きく切り払う。


「おっと」


〈アルミス〉腕に装着した高速振動刃が頬を削る。同じくしてプシュッと血が吹き出し、ちょっとした痛みが押し寄せる。大したことは無いが。


「やるじゃん」

と吐き捨てながら、俺に傷をつけることが出来た優秀な機体に剣の両刃を活かした秘伝のバラバラ解体術をお見舞いする。敬意をこめてみじん切りで。


「はぁ……早く終わらせよっと」

計四機をぶっ壊してから、もう一回大きく後退して〈時短〉を実行する。

汚染区域に入ってから五分もたっていないが、体が厳しい。呼吸が覚束ない。それもこれも、ある化学物質の濃度の高いエリアに滞在しているから。

その化学物質……いや、放射線に耐えることは俺たち〈人間〉、〈人類〉は物理的にも理論的にも不可能なのだ。少し影響度合いを調整することは出来るが、無効化する術は無い。今も、これからも。これに耐えるには〈人間〉で無くなるしかない。まさに、神の悪戯だ。


〈Tv汚染レベル加速中〉


ということで、〈時短〉を決行させていただく。

剣尖を再び前方の〈アルミス〉のうち一気に向けて、起動コマンドを唱えた。



「スターリット・スカイ」

〈起動コマンドを検知しました〉


直後、眩い水色の光が刀身から溢れ出た。

三秒もたたずしてつぎに剣尖に円形の魔法陣的なものが浮かぶ。剣からある程度の距離を取って円を描いたそれは、複雑な〈Tv言語〉で組み立てられたプログラムが目まぐるしく乱立する。

〈スターリット・スカイ〉とは、直訳して〈星空〉だ。無数の星たちの無限のエネルギーを一点に集中し、ビーム上に放出する技。すべての水分の根源と言われている鉱石から作られた、〈水ソース〉のみが使える技。

刀身に輝く光が限界まで溢れると、円形に浮かぶ魔法陣的なものがひときわ輝きを増して、直後。


〈アクチュエート〉


きゅいん、という何か吸い込む音とともに放出された一直線の水色の光は、横一列に並ぶ〈アルミス〉を跡形もなく消し去った。

星の光が宿った水色のビームは、人型の殺戮兵器の群れをいとも容易く寸断し、おまけに奥の山まで融解してしまった――。



「ふぃぃ……」

ケガが治ってから間もない今、大量の体力を消費する〈技〉は体に毒であった。どっと疲労が押し寄せる。溜息をつきそうになってしまったが、無理やり母音を変更して溜息じゃなかったことにした。

〈Tv汚染レベル・許容値突破まで残り二分〉

気づけば、現在の濃度を示す白い線は72.2まで上昇していた。

直ぐに撤退しろとモニタのアナウンスは急かす。

「はいはい」

そう言いながらディスプレイの電源を落す。


ホバリングしながら風景を眺めた。

かまぼこみたく巨大な溝が灰色に染まる台地に出来上がり、所々燃え盛っている。立ち上る黒煙は赤い空をかき消し、宙を舞う化学物質と反応してまた爆発する。


胸ポケットから、ある一枚の紙きれを取り出した。正確には紙切れではなく写真紙であるが、時間が長く経ちもう紙切れ同然のものへと変わってしまっている。

それでもまだインクが映すものははっきりと視認出来る。「家族写真」だ。この頃は確か自分が五歳であった年。だから今から十一年前のものだ。映るのはまだ髪の毛が茶色い、俺の幼き頃の姿。隣には、俺と同じくまだ髪の色が変色していない双子の妹の姿。そして、後ろに立つのは……亡くなった父と母の姿が。この時既に、母は水色、父は赤色の髪に染まっている。

二人とも背が高く、俺の身長は膝ほどまでしか無い。今は170あるので、母には追いつけるだろうか。それを測ることは出来ないが。




助けられなかった。

言えなかった。

行かないで、って。

言えたはずだった。


「チッ」

終わってしまったことを掘り返しても、何にもならない。

そう言い聞かせて、俺は空を見上げた。


空は、無愛想に赫灼してみせる。

銃弾の雨に身を投じ、最深部を目指した、両親。

「ごめんね」。そう残して俺と妹に背を向けたとき、彼らの受けた傷から溢れる鮮血が、俺の頬にねっとりと付着した。


その血の色と今の空の色は、よく似ていた。


優しくて、そして壮大で。所々白いマシュマロみたいな雲があって、灰色の殺人鬼なんてどこにもいなくて……。

そう、今は亡きお母さんは、幼かった俺によく話してくれた。


水色は荒んだ心を癒す力がある、と。


特別に、水色という色に思い入れがあるか、と言われれば無いと答えるが、確かに空が水色だと鮮やかでずっと見ていたくなる。


大事な紙切れを、そっと胸にあてる。

既に沈みこんだ太陽に代わり、頭上には満天の星空が広がる。下地は真っ赤なので、よく見えない。

紫色の背景を流れる、一つの黄色の光は俺の視線を釘付けにする。

一枚の写真を手でぎゅっと握りしめ、自分のたった一つの願いを何度も唱える。



――あの空は、いつになく水色に染まっていた。



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