第17話 無題(理)
51
何のために生まれて、何のために生きているのか。
誰のために生まれて、誰のために生きているのか。
答えはイコールでは結べないし、そもそもそんなこと考えたくもない。
52
俺は生まれた時から殺人鬼だった。
断言する。
アメリカを震撼させた殺人鬼の親父と、日本でその父親に拾われた殺人鬼である母さんの間に生まれたのが俺だ。
どちらも俺がまだ人を殺したり、人に殺されたりする前に死んだ。
あれは、確か、五歳の頃だった気がする。いや、六歳かな。まあいいや。
兎も角、俺がまだガキの頃に親父と母親はいきなり死んだ。
今まで数えきれないほど殺してきた二人だからなぁ、どうせ最期はどこかの誰かに殺されたんだろうな。
それについて、俺がどうこう言えることなんて、これっぽちも、微塵もないんだけれど。
因果応報、自業自得、くはは。
ざまぁみろ。
とか、言ってはみたけれど、あの人らは多分満足して死んでいったんだろうな。
何となくわかる。
親父はあまり口を開かない人だった。
寡黙って感じじゃねぇけど、なんかいつもなんか考え事してたような気がする。親父は殺人鬼としては一流だったかもしれないけれど、父親としちゃあ三流以下だったな、くはは。
あんまりはっきり覚えてるわけじゃねぇが、俺が親父に初めてもらった物ってのがバタフライナイフだったって時点で終わってるだろ。どこの世界に三歳の息子にそんなもん渡すアホがいるんだよ。まあ俺の親父なんだが。
流塵街って場所ですら、浮いてたもんなぁ、あの親父。
母さんの方は、割とちゃんと母親してた気がする。
どこから持ってきたのかは知らんが、いつも美味いもん食わせてくれてたしな。
それに、こんな街で生まれた俺には当然友だちと呼べるような人間はいない訳で、一緒に遊んでくれたのはいつも母さんだった。今思い返せば、およそ子どもがするような遊びではなかった気もするけれど。
確か、親父と母さんが死んだ日だったな。二人が出かける前、母さんだけが俺の元に来て、これをくれたんだった。コンバットナイフなんて物騒なもんだったけれど、その頃の俺は新しい玩具程度にしか考えてなかったけれど、見方に拠っては形見だな、これ。
何度か二人が殺人鬼として殺人するところを見たことがあったけれど、その時は特に何の感想もなかったなぁ。
強いて言うならば、どうしてそんなにつまらなさそうに殺したんだろうってことくらいだった。
「ねぇ、クロ。クロのお父さんとお母さんが殺人鬼ってのはわかったんだけれど、そもそも殺人鬼ってどうして生まれるの?」
そんなもん、俺に聞くな。知ってる訳ないだろ。
でも、実は考えたことはあった。親父も母さんもいつから殺人鬼だったのだろうか、と。
そして、俺はいつから殺人鬼になったのだろうか、と。
「クロにもわからないんだね。そっか、じゃあさ、殺人鬼って何?」
何だよ、哲学でも始めるつもりか?それに関しても、俺は具体的な答えは持ってない。
第一、何をもって殺人鬼とするかなんて興味ないしな。
あ、いや待て。一回だけ母さんに聞かされたことがあったな。
確か殺人鬼にとっての殺しには理由を必要としない。それこそが殺人鬼が殺人鬼たる理由だとか。
「うん、余計わかんなくなった。クロって初めて会った時からそういう感じだよね。煙に巻く話し方っていうか、説明する気がほとんどないっていうか」
失礼なこと言うなよ、シロ。
俺だってな、わかりやすい言葉のキャッチボールがしたいさ。でもな、そんなものできるはずがない。生きてきた世界が違いすぎるだろ、基準が違う、価値観が違う、常識が違う。そんな俺たちが最初からまともな会話なんてできる道理があるか?つーかな、初めて会った時って言ってもな、前にも話したとは思うが、俺の方は時野舞白のことを結構前から知ってはいたんだよ。なかなか会う機会がなかったってだけで。いやいや待て、なんて目で俺のこと見てやがる、ストーカーとかじゃねぇぞ?それこそ俺が初めてシロを見た時、あの頃はまだ時野舞白だったが、あの時の衝撃は忘れられねぇな。
今から数百人単位で人を殺しに行くような殺気をばら撒きながら、普通に学校に通ってたんだからな。思わず後を尾けちまったくらいだしな。おっと、断じて言うがこれはストーカー行為ではないからな。なんだよその顔、ニヤニヤしてんじゃねぇよ。でも結局、時野舞白はその後も何事もなく学校生活に馴染んでた。驚愕だったな、あれは。
俺と同じ存在がこの世に在って、しかもそれがこんなにも近くに在るだけじゃなく、普通に存在できているなんて思ってもみなかったからな。
だが、その日はそれ以上近づくことはできなかった。しなかったって言う方が正しいかもしれねぇな。俺は俺でやることあったし、遅かれ早かれ、時野舞白は破綻すると確信してたからな。
まあ、何はともあれ、だ。
殺人鬼が何かって質問に、明確な答えを示してやることはできねぇけどさ。
俺は殺人鬼で、シロは殺人姫だってことははっきり言えるぜ。
「何それ、殺人姫ってそもそも誰が言い出したんだっけ?」
ん?俺だけど?
シロは殺人鬼ではない。それは断言してやる。俺に限りなく近い存在でありながら、決定的に違う。
俺は誰であろうが容赦無く殺せるし、実際に殺しているが、シロはそんなことしないだろ。
技術としてのレベルは、俺が鍛えたからその辺の殺し屋にだって劣ることはないだろうけれど、なんつったってシロはまだ誰も殺してないんだからさ。
でもさー、初めて俺と対峙した時に比べたら、奇跡に近いことだが、殺気のコントロールもできるようになってきてはいるし、自分の中の殺意ともちゃんと向き合えるようにはなってきてはいるから、いきなり暴走して誰か殺しちまうとかはないだろうけれど、それでもその身体に内在している殺意は、紛れもなく俺と同質のものだろうよ。
「クロと会ってなかったら、私は多分あの時、人を殺してたと思う。実際殺したいと思っていたし、その為だけに生きていたから、間違いないと思う。あ、なるほど。そういうことね。さっき言ってた、殺人鬼の殺人には理由がないってのはさ、もしかしてこういうことなのかもね」
そうだな、あの日のことはあんまり思い出したくはないけれど、確かにシロの言う通りだと思うよ、くはは。
あの日、あいつを殺さなかったからこそ、シロはまだ殺人鬼にならずに済んでるんだろうな。
俺が言うのもアレだけどさ、よく踏み止まったよな。
「うん、クロの言葉が無かったら駄目だったと思う。あの時から私は、クロに助けてもらってばかりだね」
それはどうなんだろうな。
実際のところ、そんなに美しい話じゃねぇとは思うけどな。
時野舞白という女の子は、もうこの世にいない訳だし、シロが未だに家族だと思ってる連中にも会えなくなっちまってるんだからな。
俺がシロにしてやったのは、殺意や殺気の扱い方と、こっちの世界で生きていく術だけだろ。
正直なところ、後悔してたりするんじゃねぇの?
「ううん、そんなことない。確かに皆に会えないのは寂しいけれど、でも少し離れたところから見守るだけで十分。ひだまり園にきたばかりの頃と比べると、皆というには人数もすごく少なくなってしまったけれど。それでも生きていてくれてる家族がいるなら、私は大丈夫。それに、後悔する資格なんて、私にはないよ」
ふーん、そういうもんかねぇ。
こうして行動を共にし始めて、かれこれ一年以上経つけれど、シロにとっては苦しかったはずなんだけどな。紛いなりにも、普通の人生を送ってた女の子が、いきなりこっち側に来るのが平気なわけがない。それはうちに秘めたもんがあるとかないとかの話じゃなくて、だ。
それに関しちゃあ、アレだよな。あの靴谷氷花とかいう暴力刑事はすげぇよな。
俺が殺人鬼であることを正確に理解した上で、まだ時野舞白だった女の子を、他ならぬ俺に会わせたんだからな。
「ふふっ、確かにね。ひょうか姉はきっとクロのことを悪だと思ってなかったんじゃないのかな。昔からそういうことには敏感だったから。そういえば前から気になってたんだけれど、クロとひょうか姉っていつから知り合いなの?」
殺人鬼に悪じゃないって正気かよ、あの暴力刑事。
でもそうだな、あの暴力刑事と初めて会ったのは七年くらい前じゃなかったかな。どこだったか忘れちまったけれど、田舎で起きた小さな殺人事件の容疑者を追ってたあいつと、うっかりその容疑者を殺しちまった俺が、不幸なことに、お互いの素性を知らずに出会っちまったのが始まりだったな。そっから何年かは再会することもなかったんだが、三年くらい前からかな。事ある毎に、顔合わせるような変な縁が出来ちまってな、何度か仕事を手伝ったりもしてたんだよ。ノーギャラだったけどな。まあ、向こうも俺が一般人じゃないことくらい見抜いてはいただろうが、殺人鬼だとは思ってなかったんだろうよ、俺の本質に触れた時はめちゃくちゃ怒られたな、殺人鬼に説教できる刑事なんかこの世であいつだけだぞ、多分。いや、他にいてたまるか。
「七年前?そんなに前から関わりがあったんだ、ちょっとびっくり。でもクロに説教か、ひょうか姉らしいな。ちなみになんでバレたの?」
なんでだったかな。あー思い出した。
一緒に仕事するっつって、四国に行ったことがあったんだけどよ。そこでの俺に割り振られた仕事ってのが、あの暴力刑事の護衛だったんだわ。それ以外はなーんにも教えて貰えなかった。なんで護衛が必要なのかとか思わなかった訳じゃないが、そこまで気にもならなかったから、とりあえず言われた通り護衛に専念するつもりでいたんだがよ。俺が想像してた十倍の刺客に襲われる羽目になった。そこまでくると流石に隠しきれなかったわけよ、刺客も素人なら、なんとでも誤魔化せたけれど、ちらほらプロが混ざってた。俺が殺されることはないにしろ、あいつが襲われちゃお話にならんからな。ちょっと暴れちまってね、くはは。全部終わった頃には地獄絵図ってやつだった、でも俺は殺人鬼だからな、殺すだけだ。んで、俺は自分の仕事ぶりに感心しながら、あいつの元へ戻り、事の顛末を報告したわけだ。対してあいつの方は、想像の十分の一すら襲撃に遭わない事の理由を聞かされ、大激怒してたよ、くはは。六時間だぜ?六時間ぶっ通しで説教された。もちろん手も足も飛んできた訳で、俺からしてみれば痛くも痒くもなかったんだが、それでもその行為自体自殺行為だろ。俺の本質をほんの少しでもわかってたら、そんな事できないはずなんだよ。超えちゃいけない線ってやつだ。しかし、あの暴力刑事は平然とそれを超えてきた。当たり前のように怒って殴って叱ってきた。そのことが新鮮すぎたのかもな、あぁ俺にはこいつは殺せねぇなって思っちまってさ。その後もなんだかんだ付き合いは継続してたってわけだ、一年前まではな。
「ひょうか姉には、そういうの通じないかもね、ふふっ。格好いいなぁ、相変わらず。じゃあクロはさ、今回もしかしたら久しぶりにひょうか姉と会えるかもね、どう?楽しみ?」
いや、会うつもりはねぇよ。あの暴力刑事だけならまだしも、今回の件には白塔梢まで絡んでくるってんなら、俺は直接会うつもりはねぇな。あのお姉さんとは会うわけにはいかねぇ、そういう約束だったし、そういう契約だからな。
「それって、やっぱり五年前の件だよね?のばら姉たちが死んじゃった事件。まさに今ひょうか姉とこずえ姉はそれに決着をつけるために、こうして動き出そうとしてるわけだけれど、その五年前にもクロが絡んでたの?クロ、実はひだまり園の子だったりする?偶然とは思えないんだけれど」
五年前、そうだな。あのお姉さんとはそこで会った。
でも言われてみれば不気味な感じだな。作為的とまでは言わないが、なんらかの因縁めいたものはあるかもしれねぇな。まっ、わかんねぇことを考え続けることは、全てが終わった後でいいだろ。
「うん、そうだね。頼りにしてるよ、クロ、私を助けてね」
助けてね、か。
そう言える様になっただけでも、少しは救われていてくれてるんだろうかねぇ。
白塔呑荊棘、あんたにシロのことを頼まれた時は、都合がいいとしか思わなかったが、なかなかどうして。
俄かに信じられない程の殺意を抱え込んでいる癖に、それを解放して楽になろうとしない。
肝が据わってるかと思えば、家族にはとことん甘い。
自分には執着してないからか、自分にできることを正確に把握して動ける。
何が俺と同種だよ、異常さは同等だろうけれど、それでもシロは俺なんかより生きようとしている。
何を持ってそう言ってるのか聞かれても、答えられないけれど。
でも、白塔呑荊棘。
これだけは、俺の意志で誓おうと思う。
シロに、人は殺させない。
いつかシロが、時野舞白に戻れる様に。
俺が取り零してしまったものを、大切にしたままで元の世界に戻してやる。
何人を殺そうとも。
誰を犠牲にしようとも。
殺人鬼が人助けなんてできるわけない、できることは限られている。
殺人鬼は殺すだけ。
殺人姫がその殺意を無くすまで、俺が代わりに踊ってやる。
殺して殺して殺して殺して、殺してやる。
くはは、殺人鬼の殺人には理由がない、か。
母さん、あんたの教えも当てにならないもんだな。
俺は俺だ、誰がなんと言おうと殺人鬼でしかない。
俺はこれから明確な理由を持って、目の前の女の子を助けるために殺そう。
くはは。
くはははははははははははは。
くははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
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