十話 ベラの覚悟とエマの面倒

 ベラは私達から離れキャラバンへと向かうと、ベラは一番裕福そうな豚みたいな商人と話し始めた。

 あのおじさんがキャラバンを率いるリーダーなのかな?


「ねぇ、アリア。交渉術ってなーに?」


「うーん……わかんない。ブレアは分かる?」


「知るかよ、バーカ!! そんなもんが何の役に立つってんだ!! 襲って奪っちまえばよかったんだ!!」


 ブレア不機嫌だなー。

 自分の意見が通らなくて怒るなんて、ワガママか!


 豚みたいなおじさんとベラが話し合った後、二人はテントの中に入って行った。


「ほぇ? テントの中に入ってったよ」


「何でだろう? 私達はいつ出て行ったらいいのかな?」


 私とアリアがそんなことを話したおよそ十五分後に、テントから二人が出て来る。

 豚みたいなおじさんは商人達の集団に戻り、ベラは私達の方へと戻って来た。


「ベラ、その……大丈夫なの? 何もされなかった?」


「大丈夫よぉ、でも運が良かったわぁ。あのキャラバン王都に向かうみたいで、王都まで馬車に乗せてってくれるってぇ」


「本当に!?」


 疲れている皆や一人で交渉に向かったベラを心配していたルーナは、ベラが交渉を成功させたことに喜ぶ。

 ララがカニバルに殺されてからずっと塞ぎ込んでたから、久しぶりの笑顔だ。


「ちなみに王都までは馬車で三日くらいで、その間のご飯もお世話してくれるらしいわぁ」

 

 目的地の王都まで三日!?

 それにご飯も食べさせて貰えるの!?


「はぁ!? マジかよ!?」


 これには生意気ブレアもビックリしてるや。

 ベラはご飯も食べられるって、どんなお願いの仕方したんだろう?

 今度私も交渉術っていうの教えてもらおっと!


「皆のこともちゃんと話しているわぁ。さぁ、行きましょう」


 ふとエマを見ると、ベラを真剣な目で見ていた。

 その目線を追うと、ベラの口に何かを拭いたような跡が付いていた。


 豚みたいなおじさんとテントに行った時に、自分だけ何か食べさせて貰ったの!?

 ずるいよ!!

 それはエマだって怒るって!!


 私達は交渉を成功させたというベラを信じ、商人達のキャラバンに向かうベラについていく。


「言ってたのは、そいつらぶひか?」


「えぇ、ゴルド様。皆ぁ、こちらのお方はゴルド・オール様。私達を王都まで荷と一緒に運んで下さる御方よぉ」


 豚みたいに太ったおじさんは、ゴルド・オールって名前みたい。

 見た目通りぶひぶひ言ってら。

 しっかし、鼻息と脂汗が凄いなぁ……豚も顔負けじゃん。


「ワシはゴルド・オールぶひ。王都までお前らの世話をしてやるぶひ。有難く思うぶひよ」


「おっさん、あんた豚の生まれ変わ――」


「何でもありません、何でもっ!! あは……あはは!!」


 ルーナがブレアの口を塞ぎ、誤魔化す為にゴルドさんに笑顔を向けた。

 ブレアは本当トラブルメーカーだなぁ。

 これから良くしてくれる人を豚扱いするなんて。

 私も思ったけどさ。


「ぶひひひひっ、ぶひっ、ぶひっ!」


 ごめん、ブレア。私が悪かったよ。

 やっぱり豚だこの人。紛れもないや。


「お前らの世話はそこの傭兵がするぶひよ。王都まで気楽にするぶひ」


 ゴルドさんの背後に立ってた、スキンヘッドの顔中傷だらけの男の人が私達の前に現れる。


「俺はゴルド様の護衛をしている傭兵を率いている、ゼルトナだ」


 目付きも悪いし、無愛想そうな人だなぁ。

 護衛の人の強さは気になるので目を凝らしてマナを見てみると、エミリー先生やアッシュやカニバルより遥かにマナ量は小さい。


「付いて来い」


 身体はあの三人より大きいから強いは強い……のかな?

 良く分かんないや。


 ゼルトナさんに着いて行くと、柄の悪い数人の集団が岩をテーブルや椅子にして食事をしていた。

 誘導されて私達も岩や地面に座ると、ゼルトナさんが私達の目の前に鍋を持ってきてくれる。


「食え」


「食べていいの!?」


「お前らの分だ」


「やったー!! 久しぶりのご飯だーっ!!」


 私達は渡された食器を手に鍋に集まり、いつもより激しく食事を取り合う。

 ルーナはそんな私達を遠巻きに眺めながら、ゼルトナさんと話していた。


「……あの……これ、お肉入ってます?」


「あぁ、鹿肉が入っている」


「……そう、ですか……」


 ルーナはお肉が入っているのにガッカリしている。

 やっぱりカニバルのことがトラウマになってるのかな……?

 そりゃ、そうだよね……。


 ――それでも、私達は何でも食べなきゃいけないんだ。

 お腹が膨れないと生きていけないし、前に進むことが出来なくなっちゃうから。


「ちっ、あの豚。報酬上乗せつっても、こんなガキの護衛対象をわんさか増やしやがって。冗談じゃねぇよ」


「誰がガキだよ、バーカ!!」


「……あ?」


 私達が生きる為に必死に食べているところを眺めていた一人の柄の悪い傭兵が悪態をつくと、子供だということをバカにされたと思ったのか、ブレアは噛み付く。

 

「ブレア、止めなさい!! ベラがお願いしてくれたおかげで、この人達は私達を無償で王都に連れて行ってくれるのよ!? 申し訳ありません……後で言って聞かせますから……」


「ちぇっ!!」


 ルーナは傭兵に気を使いブレアに頭を下げさせたけど、ブレアは舌打ちをした。


 ブレアは本当後先考えないなぁ。

 迷惑かけて王都まで連れてって貰えなくなったら大変なのに。


「はっ、頭ん中お花畑だな。クソガキ共が」


「……お花畑って、どういうことだい?」


 エマ、さっきからどうしたんだろ?

 質問にも少し怒気がこもってるし、さっきからずっと機嫌悪いや。


「やっぱ知らねぇのか。お前らが――」


「やめろ」


 ゼルトナさんが私達を庇うように、傭兵を制す。


「お頭ぁ、でもよ……」


「おかげで俺達も報酬は上乗せされるんだ。子供に当たるな」


「……けっ!」


 制された傭兵は地面に唾を吐き、私達の近くから離れる。

 私達を庇ってくれたゼルトナさんにフローラはお礼を言った。


「たははーっ! ありがとねっ! タコ坊主っ!!」


 いや、タコ坊主って!!

 確かにこの人頭ツルツルだけど!!

 ブレアを超える失言だよ!!


「お前らを庇った訳じゃない。面倒事に関わらないのが傭兵……いや、大人の鉄則だ」


 良かった……ゼルトナさんが良い人で。

 でも面倒事って何だろ?

 大人の鉄則っていうのもよく分かんないや。


「ゼルトナさん、大人の鉄則って何?」


 早く大人になって強くなりたい。

 そんな想いもあって、思わず聞いてしまう。


「他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろということだ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ」


 答えてくれたゼルトナさんの目は何処か遠くを見つめていた。


「王都まで喋らず黙って固まっていろ。変に動き回れば、盗賊や魔物が出た時に命の保証はせんぞ」


 多くは語りたくない。

 ゼルトナさんはそう言うように、黙々とご飯を食べ始める。


 だけど、ベラが言った通り世の中悪い人ばかりじゃない、

 私達を庇ってくれたゼルトナさんを見て、何だかそう思えた。



*****



 深夜――。

 夜が更け皆が寝静まる中、ベラは川で体を清めている。

 ベラは何かを想い出したかのように自身の体を抱き、震えていた。


「……気持ち悪い……」


 何かを忘れるために、穢れを流すように、自身の体を激しくこする。


「交渉術なんてのをエミリー先生に習ったなんて、初めて聞いたんだけど」


「!!」


 木の茂みの中からベラに話しかけたのは、エマ。

 ベラは誰かに出会うことを想定していなかったため、驚き身構える。


 孤児達はゴルドの計らいで、王都までは護衛対象となった。

 守られもするが、護衛対象のため全てが自由という訳でもない。


 ベラはゴルトを通じて護衛の傭兵と話を付けていたため、深夜でもこうして川まで水浴びをしに来れたが、エマは別だ。

 ゼルトナ達の目をかいくぐってまで、ベラを追いかけてきたのだろう。

 そこまでしても自分に聞きたいことがあるとベラは考えた。


「……そうねぇ。そんなもの習ってるはずないものぉ」


「ベラ……あんた、何をしたんだい?」


 エマは現状に疑問を持っていた。

 ララが殺され、今いる孤児達は八人。

 八人もの人数を無償で世話をするなんて人間は、唯一尊敬するエミリー以外にいないと考えていたからだ。


 そう――無償では。


 そう考えた時に、ベラが自分達には隠して何かの代償を支払ったと予想される。

 そして何も持たない孤児達が支払えるものなど、一つしかなかった。


「ゴルド・オールに慰みものにされたわぁ。私自ら望んでね」


 エマは裸体のベラの股間を見る。

 股間からは水に交じり、血の跡が残っていた。


「何で……そんな……」


 普段は飄々としているエマも、ベラの行動にショックを隠せなかった。

 ベラの思考と体は大人に見えるが、どこか夢見がちな所もあったからだ。


 ベラの夢は、白馬の王子様と添い遂げることだった。

 いつかハンサムな白馬の王子様が自分を迎えに来て、綺麗なドレスを着て、エミリーと孤児達と城で皆仲良く暮らす。

 そんな夢を、以前ベラはエマに話していた。


 そんなベラが生きるために、豚のようなゴルドに体を売るなんて、エマには想像できなかった。


「私達は子供……ヒメナみたいに右腕を失くした子だっているのよぉ。綺麗事を言っていたら生きていけないわぁ」


 ベラは自身の年齢らしからぬ体を、水で流す。

 孤児達の中で誰よりも豊満な体を、まるで商品を整えるように。


「体を売ると言っても、何か失う訳じゃないしねぇ。それで安心して寝れる寝床、暖かい食事、それに、王都への足。全部手に入って、皆の見知らぬ人への恐怖が少しでも無くなるなら、私の初めてなんて安いものよぉ」


「……癖になっちゃうよ」


 エマはベラをはっきり止めることはしなかった。

 既に失ったモノは元に戻らない。

 だからこそ、止めることなどできなかった。


「だからエマも真似しないでねぇ。したら絶対許さないからぁ」


 ベラは優しく微笑みながらそう言い、服を着てテントへと戻った。


 王都までは、馬車で三日。

 きっとその間ベラはゴルドに穢され続けるのだろう。


「……エミリー先生……だからウチは嫌いなんだよ……面倒臭いことってさ……」


 ベラは大人となった。

 処女を捧げたからではない。

 皆の現状を救うため、処女を見知らぬ相手に捧げる覚悟をしたからだ。

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