九話 交渉

 気力も何も残されていなかった私達は、カニバルと闘った場所で翌日まで過ごした。


 誰一人、まともな会話なんてなかった。

 とても喋る気になんてならなかった。


「ララ……向こうでちゃんとエミリー先生の言うこと聞くんだよ……」


 そして今、カニバルに殺された頭のないララの死体を私達は埋める。

 お墓は作らない。

 いつかエミリー先生のお墓と一緒に、孤児院に帰って建てようと皆で決めたんだ。


「……ララ……ごめんね……私が……もっと……」


 ルーナはララが埋まった地面の前で、ずっとへばり付いて泣いている。


「ルーナ……」


 私とアリアは、ララとルーナが指切りげんまんをしていたのを見ていた。


『これから大変かもしれないけど、ララは私が絶対守るから大丈夫だよ。私はずっとララと一緒だから……ね?』


 ララとそう約束したルーナに、私にはかける言葉も出来ることも……何一つない。

 私がララを失った失意とルーナに何もしてあげられない悔しさから押し黙っていると、アリアは歌い始める。

 

 ララに捧げる、鎮魂歌。

 どこか賑やかで優しいその歌は、死者の魂を浄化している気がする。


 きっとララが寂しくないように、気持ちを込めて歌っているんだろうな。

 ララが……エミリー先生と一緒に居られたらいいな……。


 アリアは涙を流しながら歌っていた。

 私達も皆で泣いた。

 アリアの歌を聴いて、ララのことを想って泣くことしか出来なかった――。



*****



 私達はそれから、街道に沿って王都へ向けて歩く。

 たまにすれ違う人は、子供だけの異様な集団である私達を不思議そうに見てたんだけど、まるで異物を見るような目にすら見えた。

 だから私達が頼ることもなかったし、全力で無視した。


 カニバルとの闘いが、皆の心のどこかでトラウマになっていて、見知らぬ人への恐怖と不安を抱きながら、必死に歩いた。

 夜、見張りを立てて休む時以外は、ただひたすらに。

 私達は前を向いて歩くことしか出来ないから――。



 孤児院を発って五日。

 食料が直に切れる。

 水を川で汲み、何とかそれで飢えを凌ぐ。


 孤児院を発って八日。

 食料が完全に無くなる。

 明らかに歩く速度が落ちている。


 孤児院を発って十日。

 気力を失っていく。

 皆無理に元気に振る舞うけど、限界は近い気がする。


 孤児院を経って十二日目の夕方。

 飢えに飢える私達は、それでも歩いた。

 王都に向けて。


 王都に着けば、きっと誰かが助けてくれる。

 炊き出しとかしてて、ご飯が食べられる。


 そんなことを願いながら、フローラが持つ地図を頼りに、あまり整備されていない街道を歩いていると、風に乗ってほのかに良い香りが漂ってきた。


「……ほぇ、良い匂い……」


「ほんとだ……」


 私とアリアが気付くと、皆も次第に気付き始めた。

 自然と私達の足は匂いの元へと傾くも、警戒心からか、それとも恐怖心からなのか、皆の足取りは……重い。


 ……カニバルの時と一緒だ。

 また同じようなことが起きたらどうしよう……。

 だけど……お腹空いた。

 でも……。


 食欲と恐怖心との闘いは、僅かに欲望が勝る。

 私達は料理の匂いがする所へと足を運んだ。


「しーっ!! 皆静かにっ!!」


「いや、あんたの声が一番大きいよ」


 私が口の前で指を立てて声を上げると、思わずエマに突っ込まれた。

 音を消して風下から匂いのする方へと近づくと、開けた場所でテントを張っている集団がいた。


 商人の集まりだろうか、傭兵らしき護衛を引き連れている。

 馬車の数は十台以上のキャラバンだ。

 人数も多いだけに、作られた料理の数も多い。


「商人さん達だねっ! それも相当のお金持ちだっ!!」


 茂みに身を隠しキャラバンを観察していると、商人が身に纏ってる物も高価そうな物ばかりなことに気付いたフローラ。


「お金持ちなら……お願いすれば、料理を分けてもらえるかな?」


「……でも……カニバルの時と……同じだよ……あの時みたいになったら……どうしよう……」


「そう……なんだよね……」


 見知らぬ人への恐怖心はありながらも、余りにもお腹が空いた私がそう提案すると、ベラの背中から顔を出したメラニーが水を差すようにネガティブな発言をされる。

 皆考えることはメラニーと同じだったみたいで、押し黙ることしかできなかった。


 そんな中、唯一違う考えを持っていたのは――ブレアだ。


「……こっちから仕掛けて奪えばいい……闘って!!」


 まるで盗賊の考えを持ち出すブレア。

 冷静な判断も出来ないくらいお腹が空いてるのだろう。


「……やめなさい、ブレア。そんな考えを持つのは。エミリー先生が聞いたら……きっと悲しむわよ」


「たっはっはー! 無理無理ーっ!! 子供のボク達じゃ勝てるわけないでしょっ!!」


「うっせーよ、バーカ!! あたいはもう腹も減ったし、疲れた!! あいつら全員やっちまえば、テントも飯も手に入る!!」


 ルーナとフローラがブレアを諭そうとする中、私は料理を食べる集団の一人一人を、眼を凝らして見ていく。


 ……護衛らしき人達の一人一人のマナ量は、私達より上だ。

 アッシュやカニバルよりは、凄く弱いんだろうけど……子供の私達じゃ勝てそうもない……。


 ブレアも勝てないかもしれないことは分かっているだろう。

 それでも、その目は血走っていた。


「何か奪われる前に、奪うしかねー!! ちまちまやってっと……全部無くなっちまう!! これ以上奪われてたまるかよ!!」


「……ブレア……」


 エミリー先生とララが殺されたことが、ブレアの中でトラウマになってるのかもしんない……。

 ブレアはきっと、そういうのとも闘おうとしてるんだ……。


「あらあら、ブレアちゃん。いい子いい子」


「んなっ!? ベラ!?」


 ブレアの戦意を失くすかのように、ベラは優しく微笑みながら後ろから抱き、胸の中にうずまったブレアの頭を撫でる。


「撫でてんじゃねーよ、バーカ!!」


「皆が皆悪い人間とは限らないわぁ。もしかしたら話せば分かってくれるかもしれないでしょ?」


 ベラの言う通りだ。

 アンファングの街の人達は、私達孤児にも優しい人も中にはいた。

 キャラバンの人達もそうかもしれない。


「……どっちも嫌だ……奪うのも……お話しするのも……怖いの……」


 メラニーのマイナス思考が加速している。

 あんなことがあった後だもん……他人と関わりたくないって思うのは無理もないよね。 


「大丈夫よぉ、メラニー。実は私、エミリー先生に交渉術を習ってたのぉ。私がまずお話してみるわぁ」


 交渉術……?

 何じゃそりゃ。

 エミリー先生、ベラにそんなこと教えてたんだ。


「確かに、今のまま王都に歩き続けることは無理だろうし、かといってあの人達を襲っていいはずもないわ……きっと断られるだろうけど、食事を少し分けて貰ったり、王都まで馬車に乗せてもらえたりすれば御の字よ。ダメで元々……お願いしてみましょう」


「皆はここで待っててぇ。大勢で行くと警戒されるかもしれないから、私一人でお話しして来るからぁ」


 ルーナはベラの意見に乗り、自身が率先してテントの集団へと近付こうとするも、

 それをベラは手で優しく精神し、ニッコリと笑った。


「世の中そんな悪い人ばかりじゃないから大丈夫よぉ」


 ベラはそう言い残して、一人商人のキャラバンに交渉に向かった――。

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