八話 ルーナとララの約束

 おじさん……震帝カニバルは、変わらずにこにこと微笑んでいた。

 その手には何の変哲もないノコギリを持っている。


 体内に宿すマナ量はアッシュ程じゃない……にしてもとてつもなく多く、不気味で何だか底が見えない……。

 このおじさん……カニバルを見ていると、何でか不安になってくる……。

 何ですぐに気付けなかったんだろう……。


「ゲホッ……やっぱりあの鍋の量……私達を誘い出すためだっだのねぇ……」


「……だとしたら……あの鍋には睡眠薬とか毒が入ってて……私達攫われて……売られちゃう……?」


「おじさん、そんな盗賊みたいなちゃちな小銭稼ぎはしないよ。誘い出したのは確かだけどね」


 カニバルはメラニーの不安を否定するも、ベラの予想は認めた。


 誘い出した……何のために……?

 私達に近づいたのはお金のためじゃない……だったら、私達に人間のお肉を食べさせたかったってこと……?


「――皆、逃げな!! そいつはウチらを殺す気だ!!」


 いつも飄々としているエマが珍しく叫んだと同時に、微笑んでいたカニバルは不気味に目をうっすらと開けて笑った。

 ずっと微笑んでいて見えていなかった目が、初めて見える。


「おじさん、感心だねぇ。聡い子がいるようだ」


 その瞳は――体が震えあがるほどの、狂気。


 カニバルから感じた狂気的な恐怖は、強者に感じる恐怖とかじゃなくて……得体が知れないモノへの恐怖、そんな感じだ。


 皆、私と似たような感覚を感じたのだろう。

 体を強張らせ、固まっている。

 逃げろと叫んだエマですら、恐怖で体を動かせずにいた。


 そんな中――。


「「うわああぁぁ!!」」


 私とブレアは、カニバルに向け特攻していた。


 エマに言われた通り逃げたほうが良い……!!

 体が怖いって……逃げろって悲鳴を上げてる……!!

 だけど――それでも――。


「四帝……エミリー先生の敵……!!」

「あたいが……ぶっ飛ばす!!」


 私とブレアは恐怖より、エミリー先生を殺された帝国軍四帝への復讐心が勝っていた。

 私達は闘気を纏い、恐怖心を振り払う。


「その歳で闘気を纏うとはね」


「「!?」」


 気付けばカニバルは、飛び込んでいる私とブレアの背後にいた。

 カニバルから目を離してないにも関わらず。


「おじさん、将来が楽しみだよ」


 私とブレアは後頭部に強い衝撃を受け、平衡感覚を失い、その場に倒れた。


「ヒメナ!! ブレア!!」


 薄っすらと、アリアが私達を呼ぶ声が聞こえる。

 私とブレアは必死に体を起こそうとするも、その意思に反して体は震えるだけだった。


「……ほ……ぇ……」


「な……何が……!?」


 頭がぐわんぐわんして体に力が入らない……。

 気持ち悪い……吐きそう……。

 もしかして……これがカニバルの魔法……!?


「何って、単に君達の後ろに移動して、後頭部に軽く手刀を放っただけだよ。種や仕掛けは何にもない。よーく見といてごらん」


 見とくって……何を……?

 そう思った刹那、カニバルが消える。


 消えた……違う……。

 マナの流れが……見える……。

 凄い速さで動いてるんだ……。


「あっ……!!」

「……がっ……!?」

「……ぅ……っ……」


 カニバルは瞬く間に、他の皆にも動けない程度の打撃を加える。

 誰一人気を失ってはいないけど、地に伏して動けない。

 あえてそう調節されているような、そんな気がした。


「……うぅ……くそ……」


 実力が違い過ぎる……。

 カニバルはまだ全然本気じゃない……。

 絶対に……勝てない……。


 私達が立てずにいる中、カニバルは背で腕を組みながら、まるで散歩をしながら花を見比べるように、私達の顔を見ていく。


 まずは自分に近く、いち早くカニバルの異常性に気付いたエマを。


「君は、つまらない子だね」


 次にブレアを。


「君は、残す側だね」


 次にルーナを。


「君なんて、絶対残す側だ」


 次にララを。


「んー……最初に目を付けた通り、やっぱり君かな」


 カニバルはそう言うと、マナを闘気に変えて体に纏い始める。


「よーし、一仕事だ。おじさん、頑張るぞぉ」


 腕まくりをしたカニバルは――。


「ああああぁぁぁぁ!!」


 ララの体を足で押さえつけ、ノコギリでララの首を切り始めた。

 ギコギコと木を切るような音と、ララの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。


 嘘……信じられない……。

 何やってるの……?

 そんなことしたら……ララが……ララが!!


「やめろおおぉぉ!!」


 私は動かない体を気合いで無理矢理動かし、ララの首を切り落とそうとするカニバルに向け、闘気を纏って駆ける。

 そんな私をあしらうかのように、カニバルは私の顔に回し蹴りを放った。


「ララァァ!!」


 私がカニバルに蹴りを受ける中、ルーナも無理矢理体を起こし、闘気を纏ってカニバルとの間合いを詰め、掌底を放つ。


 ルーナとエマはエミリー先生から少し戦闘訓練を受けていた。

 多分ルーナのことだから、何かあった時皆を守れるように頑張ってたんだと思う。


 そんな責任感が込もったルーナの掌底は――。


「がっ……」


 カニバルの足に、一蹴される。


 カニバルは私に回し蹴りを放った後、まるでついでかのようにルーナのお腹を足蹴にした。

 私が回し蹴りを受け、鍋に当たってその中身を撒き散らしたと同時に、ルーナは激痛に耐えられずその場に崩れ落ちていた。


 カニバルはララに向き直り、再びララの身体を踏みつけ、固定する。


「……お願い……何でもするから……だから……」


 ルーナは顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし、うずくまりながらも懇願した。


「……何でもかい? ならおじさんの顔、よーく憶えておきなさい。君の大切な仲間を殺した、何よりも憎い相手なのだから」


 カニバルは狂気的な目で笑いながらノコギリを引く。


 一生懸命、楽しそうに。

 まるで子供が遊ぶように、夢中でノコギリを動かす。


「……やめ……て……」


 ララの首は切り落とされる寸前だった。

 ララは大量の血と体液で顔を汚し、それでも残りの力でルーナに助けを求めて、手を伸ばす。


「……助け……ルー……ナ……」


 それがララの最期の言葉となり――。

 

「いやああぁぁ!!」


 ルーナの叫びと共に、ララの首は切り落とされた。

 ララの頭はボトリと落ち、コロコロとルーナの目の前に転がる。

 ララの生気を失った眼は、ルーナを見つめているようにも見えた。


「……嘘……ララ……だって私……ララと約束したのに……ずっと一緒にいるって……約束……したのに……」


 私達が呆然とする中、カニバルは切り落としたララの頭を鷲掴みにし、口元に運ぶ。


 そして私達に見せつける。

 ララの頭蓋骨を嚙み砕き、脳髄をすすり、目玉を食すのを。

 カニバルの股間はズボン越しに膨らんでいるように見えた。


 カリバルはララの頭を食べ終えた後、失意の中にいるルーナの髪を鷲掴みにし、無理矢理自分と眼を合わさせる。


「おじさんを憎んで憎んで、熟成された美味しいお肉になりなさい。そうなった時、おじさんが食べてあげるよ」


 ルーナが恐怖からおしっこを漏らす中、カニバルはスキップをしながら去っていった――。



*****



 カニバルが私達に目を付け、ララを殺したことには何の意味もない。

 自分の趣向――ただ、それだけ。


 どうしようもない災害に巻き込まれて死ぬ。

 それと、何も変わらない。

 きっと私達は運が悪かっただけだ。


「……私……ララと約束したのに……」


 そう思いたくなる程、私達は無力だった。

 ララが死んだ現実を、ララが殺されるのを見てることしか出来なかった事実を、否定したかったから。


「ずっと一緒って……約束したのにぃぃ!!」


 首から上が無いララの死体を私達が囲む中、ルーナの悲痛の叫びが辺りに響き渡る。

 エミリー先生にずっと守られてきた私達は、自分達がいかに弱い存在なのかを知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る