第20話 アリスが日本から出る前に

 土曜日の朝。アリスが日本から出る日だ。正直言って眠れなかった。告白するわけでもないのに、胸がバクバクするし、頭が覚醒したままだったしで、知らない間に日が昇っていた。あくびをしながら電車に乗り込む。


「トオル、大丈夫?」


 アリスに心配させてしまった。フローラルな香りと鎖骨とその他もろもろで毒だ。普段ならさり気なく視線を逸らすとかでどうにかなっていたが、今は頭が回っていないのか全く動けない。


「席に座れたし、ここで寝ちゃった方がいいよ」


「そうする」


 言葉に甘えて、アリスに寄りかかって仮眠をとった。がたんごとんと電車特有の揺れと多分アリスの魔法でぐっすり。目が覚めた時には乗り換えする駅の1つ前だった。


「おはよう。眠れた?」


「おかげさまで」


 右手を見る。アリスの手に包まれていた。少し恥ずかしい。


「えへへ。こうでもしないと魔法が使えないから」


 照れながら教えてくれたが、多分他にも理由があると思う。根拠は特にないが。ここでアリスが路線図を見る。


「あ。そろそろ乗り換えでいいんだっけ」


「そうだな。人が多いとこだし、手を繋いでいこう」


「うん」


 かなり人が多い駅で乗り換えを行う。普段なら手を繋ぐという提案はしないが、集合時間などが決まっているため、はぐれないようにと……何故言い訳をするかのような思考をしているのだろうか。


「原宿も凄かったよね」


「そうだな」


 アリスの言った通り、原宿も人が多かった。よく買い物が出来たなと今更思うし、2人きりで食事という滅多にない経験もさせてもらった。デートかどうかはノーカンだろう。アリスのために考えたツアーのようなものだから。


「色々悶々としてるよね。トオル」


 普通にアリスにバレていた。そうだと悟らせないようにしないといけない。


「思い出してただけだよ。ここで切符を買うぞ」


 ナイスタイミングだった。切符を買える自動販売機があった。俺は慣れているが、アリスは不慣れだ。レクチャーしながらになる。


「えーっとこれでいいのかな」


「そうそう。それで合ってるよ」


 無事に切符を購入出来たので、電車に乗り込む。会ったことのないグレンズガーデンらしき男子生徒がいるが、何故か話しかけようとしない。アリスが全員顔見知りだとも限らないということだろう。


「あ」


 訂正。普通にアリスの顔見知りだった。アリスが話しかけようとしたら、男子生徒は優しく見守るような表情で静かに別の車両に移っていた。嫌われてはいないことを理解しているが、困惑するだろと思ってしまう。いや。普通にアリスはそう思っている。


「何でだろ」


 申し訳ないが、俺には答えられない。数駅で目的地の羽田空港に到着。集合時間まで時間があるため、全国チェーンのカフェでひと休み。ここで勇気を振り絞って、当たって砕けろ。俺。


「アリス」


「うん」


「今までありがとう」


 感謝の言葉を告げたら、アリスが微笑んでいた。


「それはこっちの台詞だよ。任務達成出来たもん。ホームステイも楽しかったし」


 そう言っていたので、聞いてみようと思う。


「今回の日本滞在で1番の思い出は何だ?」


「難しい質問だね」


 腕を組んで悩む仕草を取る。


「トオルと一緒にいたから楽しめたっていうのも大きいから選べないかな」


 確かにほとんど一緒に過ごしているようなものだった。それ以外にもあるような気がしなくもない。根拠ないので聞かないが。


「話してて楽しかったし……その……トオル」


 アリスは鞄からスマホを出した。


「SNSとかメールアドレスとか、あるかな? 良かったらやり取りしたいなって思うんだけど」


 先を越されてしまった。急いでスマホを取り出さないといけない。


「いいけど……ちょっと待て。メアドとか全然覚えてないから見ながらで」


「ゆっくりでいいよ」


 互いにアカウントを友達登録したりしたが、ちょっと照れ臭かった。嬉しさとか恥ずかしさとかそういうのが色々とごちゃまぜになっていたからだと思う。


「ありが」


 お礼を言おうとしたら、アリスの声と重なってしまった。不思議と笑いが出て来る。


「思ってる事一緒だったみたいだね」


「らしいな」


 時計を見る。そろそろ集合場所に行くべきだろう。


「行こうか」


「うん」


 出発ロビー前に行く。本当かどうか不明だが、国際線だと狭いとかそういう理由で国内線の方で待ち合わせだとか。最後のチャンスだ。ここでもう1つ、言いたい事を言おう。ある程度はカフェで言えたので、おもいきってやる。


「アリス。高校卒業したら、イギリスに行くからな」


 アリスがトランクを置いた。走って来る。俺に近づく。何故か抱き着いてくる。


「約束だからね」


 その言葉を聞いた後、一瞬だけ唇と唇が触れ合った。心地の良い暖かさが体中に駆け回る。それが原因かは分からないが、頬がやけに熱い気がする。


「それまではネットで会話とか楽しもうね」


 妖艶な笑み。アリスはそういうのも出来たのか。そう思いながら、トランクを手に取る様子を見る。


「トオル! 今までありがとう! 次はイギリスで!」


「ああ。そうだな」


 アリスは留学生と一緒に出国手続きを行うため中に入る。姿が見えなくなる。これでアリスとさよならだ。青春の1ページが鮮やかになるような生活はこれで終わり。だが……完全なピリオドではないのだろうなと思いながら、俺は帰宅したのだった。

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