第19話 あと少しで

 任務達成後、Jessicaは別の任務地に行くため、解決した翌日には出発した。不愛想な顔で俺の肩を叩いて、家から出て行った。そしてアリスは後処理などやるべきことがたくさんあるらしいが、俺は学生生活を行っていた。


 当たり前だ。不思議な存在を見通すだけしか力がない、普通の男子高校生なのだ。どうすればいいのか悩んでいる内に、どんどん別れる日に近づいていく。そうだと理解しているが、どう接しておけばいいのか分からない。アリスが多忙でも共にする時の方が多いし、話してはいる。だが胸の内にあるものを言葉に出来ずにいた。


「おはー。ちょっとアリスを借りてくよー」


 どうしようかと朝の台所で悶々としていた俺を気にせずに入って来た幼馴染の陽菜がアリスと一緒に庭に行ってしまった。女子だからこそ、何か感じ取ったのかもしれない。


「珍しいね。ヒナちゃんとアリスは?」


 珍しく早起きしてきた姉ちゃんが台所にやって来た。タンクトップに短パンというラフな格好をしている。起きたばかりか欠伸が混ざった声だ。


「庭にいるよ」


「へー?」


 何故か姉ちゃんが面白そうに俺を見ていた。経験上、変に指摘したら、グダグダになる未来しか見えない。時間がもったいない。なので、ひたすらスルーである。


「青春してるね。ちょっと散歩行ってくる」


「はー……い?」


 聞き間違えじゃないかぎり、姉ちゃんは青春と口にした。確かに高校生という身分で青春真っ盛りなのは否定しない。とはいえ、想像するような青春を送っているわけではないことを自覚している。だからこそ疑問なのだが、ずっと考えてもキリがないので、料理に集中する。あの感じだと女子トークは長く続きそうなので、1人で色々とやっておきたい。


「ただいま戻って来たよー。手伝うことある?」


 10分ぐらいでアリスと陽菜が台所に戻って来た。朝食は出来上がっている。ならば任せるべき仕事は弁当づくりだろう。


「りょーかーい」

「分かった!」


 そんなわけで朝食を作り終えた俺はのんびり過ごす。手際の良い陽菜が指示を出し、アリスが調理するという形である。最初より上達していると思う。イギリスでは馴染みのない卵焼きを綺麗なフォルムに整えられている。喜んでいる姿を見ていると癒される。あと心の中で拍手を送る。……今一瞬、アリスと目が合った気がした。


「それじゃ。詰めようか」


「うん。これでいいかな?」


 この後も何度かアリスがちらりと俺を見ていた。何か意識しているように思えるが、実際はどうなのだろうか。それでも分かることもある。陽菜と話してからああなったのは確かだ。


「おーい。透。終わったよー」


「あっああ」


 ぼーっとしていたこともあってか、陽菜の呼びかけにすぐ反応することが出来なかった。


「そんじゃまた学校でー」


 そして、とんちんかんなまま朝食を一緒に食べ、陽菜がいつものように学校に行ってしまった。さてどうしようかと思い始めたら、


「あのさ。トオル」


 アリスに話しかけられた。頬が赤く染まる。目が合う。


「今週の土曜日……予定あるかな?」


 珍しくアリスの言う今週の土曜日は休みだ。富津野高校は仲良くなった生徒を見送って欲しいという思惑があるのだろう。ここは素直に答えるべきだと思い、いつものように答える。


「いや。ないけど」


 そう答えたら、アリスが嬉しそうに反応した。発したりはしていないが、顔を見てすぐに分かった。指摘したいところだが、何か違うと思うので質問してみる。


「何かするつもりか?」


「土曜日に出発するからその……一緒に空港まで行って……見送って欲しいなって」


 俺の予想通り、見送りだった。返事を待っているのか、アリスがそわそわしている。もちろん行くに決まっている。


「一緒に行こう」


 今週の土曜でお別れ。アリスと過ごしてきたのは2週間ぐらいだが、あっという間だったなと思う。まだ本当のお別れまでほんの少しだけ、日が残っている。それまでにこの胸のもやもやをどうにかしたい。


「トオル、どうしたの?」


 アリスが心配そうに見つめていた。この悩みをアリスに言うわけにはいかない。女子に相談してしまうと、アリスにバレてしまうリスクがある。そんなわけで同じクラスの男子に頼ろうと思った。涼しい風に当たりながら、美術室で色々と話してみた。ここで分かった。どれだけ浅はかな考えだったのだろうかと。


「ラブしちゃってるってことでいいんだよね」


 何故なら田中がクソ真面目な顔でとんでも結論を言ったからだ。カッコいいと思っているのだろうかという突っ込みはさておき、本気で相談相手を間違えてしまった。これなら櫻井にぶっちゃけるべきだった。


「ラブしてるとも限らないだろ」


「いーや。これは明らかに恋してるだろ。告れ。いやマジで。滅多にねーんだぞ」


 モヤモヤしているからと言って、恋しているとも限らない。複雑だからこそ、簡単に言葉に出来ないと個人的に考えているのだが、目の前のオタクの田中にとってはそうじゃないらしい。


「あのな。そうとも限らないんじゃ」


 何て言い返そうかと思ったら、珍しいことに櫻井が美術室に入って来た。来た経緯はさっぱりだが、これは助かった。


「櫻井、珍しいな。こっちに来るなんて」


「田中から恋愛話をしてると聞いてね。参上しに来たよ」


 ストッパーならどうにかしてくれると思ったら、そうじゃなかった。ここには味方がいないようだ。


「というのはまあ冗談として。色々とアプローチするのもありなんじゃないかな? すぐに答えを出せるほど、心のもやもやは単純じゃないしさ」


 アプローチ。それも確かに良い手なのかもしれない。だがそれは共にいる時だからこそ、使えるもののはずだ。櫻井はそれを分かって言っているのだろうか。


「昔ならやりようがなかったかもしれない。けど今は技術が発達してるんだ。使う手はないだろ?」


 忘れていた。すっかり忘れていた。手紙だけがやり取りではない。一生会えないわけではない。俺でもやれることがある。何故思い浮かばなかった。きっと何かが原因で思考の幅を狭めてしまったのだろう。田中の言った通りの恋かは定かではない。


「ありがとうな」


 この際は気にしないでおこう。土曜日に正々堂々と言ってやろう。

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