第18話 任務達成!

 専門科目の授業が行う棟の1階まで下って、そこから右側にある体育館へ移動。女の幽霊はあっさりと終わったが、男の幽霊が問題だった。和服と制服が合体化したような恰好で全体がボロボロ。そしてうっすらと透けている。


「あ。逃げ始めた」


 体育館の2階に上がって顔を出すと同時に、幽霊は足を動かし始めた。Jessicaとアリスを見たタイミングだったように思える。恐怖を思わせるような表情だった。


「ちょっと追いかける!」


 アリスにそう言った後、俺は走り出す。事実上、追いかけっこがスタートした。これは本来プランになかったやつだ。1階の幽霊がスムーズだった一方で、2階の方は苦労しそうだ。


「うん!」


 陸上部所属ではないので、すぐに追いつけるわけではない。幽霊の方が速いのでそう簡単に捕まえられない。そのはずだが男の幽霊は自爆した。舞台裏の奥という行き場のないところまで行ってしまったということだ。ちょこんと体育座り。俺は静かに隣に座る。


「なんで逃げたんだ? 言いたくなかったらそれでいいけど」


 男は答えを言うつもりはないのか、口を閉ざしたままだ。喋ることができないタイプなのかもしれない。そう思った時、男は床に何か書き始めるような仕草をする。


「軍と同じ匂いがした」


 と記している気がした。生前にトラウマがあるのかもしれない。


「大丈夫だよ。軍人じゃないから」


 この答えで男はホッとした顔を見せてくれた。これがきっかけなのか分からないが、さらに存在感が消えかかっている。困惑していることが伝わったのか、男はにっこりと笑って、宙に文字を書く動きをする。ところどころ違うかもしれないが、意味合いはこのような感じだろう。


「ふたりでひとつ。妹が消えた時点で兄の私も消える」


 1階の女の幽霊、2階の男の幽霊ということもあり、個々それぞれに対応するという形で決定していた。実際は誤っていた。何か言おうと思ったが、もう遅かった。魔法が解除されたと同時に、幽霊はどこかに行ってしまった。まるで成仏したかのようなものだった。昭和初期からある学校のため、幽霊や何かしらのものが魔法と変な作用を引き起こしたのかもしれない。


「トオル! どう?」


 軽やかな足音とアリスの声が耳に届く。


「終わったよ」


「早く移動するよ!」


 アリスの慌てっぷりで思い出した。6つの不思議、すなわち魔法が解除された後に7つめが現れる。ゆっくりとしている場合ではないのは確かだ。急いで立ち上がる。


「行こう! Jessicaは!?」


「先に行ってる!」


 角付近でアリスと合流。走って移動する。全速力でも10分で着くか着かないか。ここから先はアドリブ任せだ。7つめのあれには情報なんてないに等しい。


「派手に戦闘やってるなー……」


 移動途中で爆音が何度か聞こえた。Jessicaと7つめのあれが戦っている証拠だ。無事であることを祈りながら走り、数分後に涼みの森に到着。何本か木が倒れている。バッキバキに折っちゃっている。人ではない不思議な存在は生きるためにどこかに逃げているらしく、夜独特の明るさがない。それでも戦えている理由は浮遊している魔法の光があるからだろう。


「Jessica!」


「I’m OK!」


 アリスが心配そうに名を呼び、Jessicaは平気だと返事をした。無傷のままやれているようなので、言葉通りに受け取ってもいいのかもしれない。問題は対面している7つめの化け物だ。


「うっわ」


 思わず言ってしまった。誰だってキモイと言うだろう。黒いヘドロのような何かで覆われて、大きいひとつ目、胴体に数えきれない大量の目、小さい手と足のようなものがはみ出ているように見える。キメラか何かだとしか思えないものだった。


「Use purification magic!」


 Jessicaの命令にアリスは応じる。祈るようにしゃがみ、アリスの足元に白い魔法陣が出現した。集中して呪文を唱えている。この間に自分がやれることは何かと考える。持ち物はテニスラケットとボール。これは使えない。Jessicaの戦闘を邪魔してしまう可能性の方が高い。魔力なんてものは微々たるもので、普通の人が見えないものが見える程度でしかない。分かりきっていたことだが、とことん平凡で普通の能力しか持っていない。


「F〇ck you!」


 舌打ちをしたJessicaが前線で戦って、アリスは後方で魔法を唱えている最中だ。何が何でも俺を作戦に連れてきた意図は何だろうか。魔法という世界では事実上何もない自分が果たすべき役割は何だろうか。精神的な支柱だからか。あるいは学校をよく知る者だからか。いいや。他にもあるはずだ。そう思いながら、両手を見る。右手の中指にはめている指輪。魔法具と呼ばれる類のもの。


「そうか。それでか」


 作戦会議の時に詳しく教えてもらったことを思い出す。微々たる魔力でもフルで使えるものだと。周辺の人も守れるように施したと。アリスが予想した以上の代物らしいので、自分自身を盾代わりに行けるはずだ。そうかと気付く。この指輪は詠唱中の無防備になる状態のアリスを守るためでもあったのだと。


「……」


 Jessicaが何となく嬉しそうだ。一瞬だけだったが。


「おういあえおおう」


 Jessicaの強烈な打撃をくらっても、化け物は妙な鳴き声を出して、動きが止まったぐらいだ。素人目でも分かる。普通ならここでぶっ倒れるぐらいの威力である。恐らく攻撃をずっとやっていたからこそ、Jessicaはアリスに指示を出したのだろう。


 化け物はぬめぬめと音を出しながら、鞭のようなものを2本作り出す。目が合ってしまった。ターゲットとして、強いJessicaではなく、弱い俺と無防備のアリスに切り替えやがった。どろどろとした鞭は俺達のところに向かっていく。


「Toru、Alice!」


 Jessicaが叫ぶ。分かっている。逃げ場のないこの状況で避けるなんて発想は出来ない。魔法具頼りの戦法をするしかない。これこそ俺が果たすもの。微々たる魔力を込め、100%の力を引き出す。


「おー……すげえ」


 感嘆の声を出してしまう。どろどろの鞭が一瞬で消え去った。黄金に輝くベールが見えている気がする。これが指輪の本当の力。とは言え、この強力な効果は一瞬で終わる。力のない自分の限界とも言えるだろう。そろそろ別の手段を模索しないと、次の攻撃でやられてしまう。


「Well done」


 考え始めた時だった。白い光が森の中に溢れる。地面から光の粒が湧き出ている。化け物を覆っていたどろどろの液体が消え始めた。これはアリスの魔法が発動したと捉えても良さそうだ。


「ありがとう。トオル」


 アリスは立ち上がった。これは俺だけの力ではない。どう答えればいいのか考えたいが、即座に答えないといけない。変になってしまうが仕方がない。


「どうもいたしまして。でもお礼を言うなら、この魔法具の作製者にも言ってくれ」


 頬を膨らませてしまった。アリスにとってよろしくない返答だったようだ。


「謙遜する必要ないのにー」


「事実を言っただけだ」


 バキという固いものが壊れる音が聞こえたので、アリスと一緒に前の方を見る。くたばれこの野郎といった感じの英語が聞こえたのは気のせいだろうか。いや。気のせいではなかった。心臓ともいえるどす黒い色の水晶が粉々に砕いており、やった張本人であるJessicaがすっきりとした表情を見せている。うっぷん晴らしでやっただろと言わんばかりの光景である。


「とりあえず任務達成ってことでいいのか?」


 見ているとは言え、専門家のアリスに確認を取る。魔力がなくなった今、俺は本当に幽霊などの類は見えなくなっている。多分大丈夫だと思うが、念のためだ。


「うん。これで終わりだよ!」


 アリスが屈託のない笑顔を見せてくれた。ホッとする。これでようやく日常の学生生活が戻ってくる。そして……このちょっとした非日常が終わり、アリスと別れることになる。嬉しいような、寂しいような、言葉で言えないこの心情で胸がいっぱいになってきた。

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