第17話 3人は着実に片付けていく

 3つめの魔法を解きに行く。クラス教室がある棟と専門科目の授業が行っている棟の間にあるテニスコートに到着。ようやく俺の仕事が来た。テニスラケットとボールを鞄から出す。作戦通りではあるが、不安なのでアリスに確認を取る。


「とりあえず打っとけばいいんだよね?」


「うん。やっちゃって!」


 アリスが元気よく返事。数年ぶりのテニスのサーブ。ポンと軽く打って、バウンドするのが普通。そのはずなのだが、ひとつのボールが10個になっているように見える。どこかの少年漫画を思い出す。何も知らないなら、驚いてしまうものだが、魔法でそうさせているだけだ。アリスが付与したもので無数の手を混乱させるのが目的でやっている。


「うわー……すげえ」


 1つのボールが10個になるだけではない。自由自在に動いている。アリスが全て操作している。無数の手が捉えようとしているが、すり抜けるのでそう簡単にキャッチできない。懸命に捕ろうとしているが、それが仇となり、最終的に無数の手はこんがらがってしまう。


「OK!」


 風を感じたと思ったら、Jessicaがものすごいスピードでテニスコートに入った。無数の手は一瞬で石と化す。相当な足の速さだ。もしJessicaがオリンピックに出ていたら、メダルは取れているだろう。


「Thanks」


 アリスもテニスコートに入って、石になったものを触る。ぶつぶつと言っている。魔法をかけている。何をしてるんだろうと思った瞬間、石が砕け散った。風が吹き、粉がどこかに飛んでいく。これでいつもの夜のテニスコートに元通り。俺は特に魔力とかは感じないが、念のため確認しておいた方がいいだろう。


「終わったのか」


「うん」


 テニスコートに出現していた無数の手が消失。次は動く人体模型なのだが、これはあっさりと終わった。数秒で終わった。語ることなんて何ひとつない。当たり前である。実験室のドアにべったり張り付いていたからだ。最初から近い状態なら、すぐに終わらせることが出来るという話は本当だった。


「こんなあっさりと終わったの、初めてかも」


 とアリスが拍子抜けしていた。作戦会議でも時間はもう少しかかるだろうという見解があった。警戒のけの字すらなく、魔法解除はレアものである。


「次は上のピアノの方だね」


 音楽室に向かう。魔法で鍵を開けて、お邪魔する。月の光に当てられたグランドピアノが綺麗である。そして鍵盤が勝手に動き、演奏が始まった。クラシックに精通しているわけではないので、どの曲かとか作曲は誰かとかは分からない。要するに知らない曲が流れている。そう考えると、案外自分は教養がないのかもしれない。悲しいことだが。


「Hey. What's that you're playing?」


 Jessicaが前に進んだ。演奏がぴたりと止む。


「……」


数秒の沈黙。妙な空気になるが、どう打開すればいいのだろうか。見えない奏者は喋れないのか、或いは英語を理解していないか。このどちらかだろう。どう解決すればと思考し始めた時だった。


「おーい? Jessica?」


 Jessicaはグランドピアノの近くにある椅子まで移動した。この世の言語とは思えないものを唱えた結果、


「!?」


 奏者の姿が見えるようになった。黒髪の俺達と同じぐらいの年齢の女子だ。前髪が長くて目が見えない。古い女子制服という昭和初期の格好。可視化するところは作戦通りだが、急に実行するとは思っても見なかった。やられた方は恥ずかしがるような仕草を見せていた。いやんばかと言いたげな表情で、両腕で胸を隠している。服を着ているからやる必要はないはずだがやっている。案外ノリがいいのかもしれない。


「Don't dawdle, answer me」


 何故か奏者は俺の方を見ている。ドントのあとは分からないが、弾いた曲を答えろという部分は理解している。日本語に訳して伝えてみる。


「何の曲か知りたいって言ってるけど、分かるか」


 日本語は理解出来るみたいで、奏者は考え始めていた。答えてくれるのかと期待していたが、横に振った。曲名を知らないまま、弾いていたようだ。申し訳ないと思ったのか、平謝りである。


「気にしなくていいよ」


 奏者はそーっとアリスを見つめ始めた。本能で魔法を解除すると分かったのだろう。


「ごめんね。やらなくちゃいけないの。これも仕事の内だから」


 アリスが答えた。後ろから見ているため、表情は見えないが、何かを押し殺していることが分かる。奏者は手を伸ばして、アリスの右手を握る。そのまま動かして、アリスの人差し指で白い鍵盤を押す。消える前に弾きたいようだ。


『短いので頼むって伝えてくれねえか? こっちだって仕事で来てんだ』


 Jessicaが翻訳したものを見せる。顔には出ていないが、文章で相当苛立っている。急いでいること自体、理解しているはずだ。その辺りを英訳して、Jessicaに画面を見せる。


『日本特有の察しの良さって奴か?』


 すぐに返事が来た。素直に縦に頷いてみた。珍妙な目で奏者を見ているのは気のせいだろうか。日本以外の育ちなのは分かるので、理解は出来なくもない。ピアノの音が聞こえ始めた。この曲は小学生の時に聞いたことのあるものだ。朝を思わせるような感じである。音源がピアノということもあり、優雅なモーニングを連想させる。あっという間に演奏が終わり、奏者は勝手に消えた。アリスの魔法で解除されたのだとすぐに理解した。


消されたにも関わらず、満足した表情だった。口を動かしていたので、真似をしてみる。多分こう言ったかったのだと分かる。


「ありがとう」

 

 と。本来ならすぐにいなくなるはずだった。そのはずが最後に1曲だけ弾かせてくれた。彼女にとって嬉しいことなのだろう。それを理解しているJessicaはおめでたい奴だと英語で言っていたが、顔がとても穏やかなものだった。


 今回学校で起きたことは魔法によるものだと知っているが、それだけではない気がしてならない。色々と複雑なことが混ざり合って、今の形になってのではないか。そう思ってしまう。何故かは分からないが。


「トオル?」


 アリスに話しかけられて、自分が考え込んでいたことに気付いた。切り替えていこう。そして早めに解決して、2人と一緒に朝を迎えたい。

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