第15話 シルバーの指輪

 明日の夜の作戦を話し合った後、アリスがお風呂に入ることになった。男である俺は入るまでかなり待つことになるので、自室で色々とやる……はずだったが、Jessicaが俺のベッドでごろごろとしているため、集中しづらい。


 やましいことをしているわけではない。風景画を描いているだけのはずだ。悪いことはしていない。人に見られてやる大変さを今、味わっている。そもそもの話だ。寝る部屋があるはずなのに、何故Jessicaは俺の部屋にいるのだろう。気になって仕方がない。


 これ以上作業をしたところでクオリティが下がるだけだ。描くことを中断しよう。恐らくだが、向き合う必要がある。第一印象が最悪である可能性もあるが、やるしかない。Jessicaの顔を真正面から見られるように体の向きを変える。そして勇気を出してひと言。


「わ……ワイアーユーヒア」


 Jessicaは静かに起き上がった。スマホで何か操作している。一応英語の成績は悪くないので、ある程度は聞き取れる。そう思いたいが、アメリカとイギリスの発音が異なっているという話があるため、自信はない。事情を知らない大体の人は英語で話すはずだ。何故と聞きたいところだが、キレそうなのでやめておこう。


『あんたに言いたい事があったからだよ』


 言いたいこととは何のことか。


「はあ……」


『国際魔法保護委員会の一員として感謝するよ。異国の地となると、ここまで順調にはいかなかった。それとだ。アリスを支えてくれてありがとう』


 意外に感謝の言葉が画面に映っていた。てっきり嫌われていると思っていたので、こういったものが出てくるのは予想外だった。


『そんなに意外かよ』


 どう表現すればいいのか分からない。だが無反応だと流石にマズイので、頷くぐらいはしておく。


『職業柄こうなっちまうんだよ。たまに護衛をやることだってあるからな。周囲と人を観察して、警戒するのも仕事の内さ』


 戦闘系の仕事が多いのか、Jessicaはそういう任務を受けることが多いみたいだ。割合としてそっちが多いなら、中々スイッチが切り替えられないのも無理はないのかもしれない。


『だからまあ謝っておきたい。ごめん』


 表情を見ると、Jessicaはしゅんとした顔になっていた。慌ててスマホで翻訳して、彼女に見せる。


『いえ。こちらこそビビってごめんなさい』


 ビビり過ぎていた俺も悪かったと思うし、これでお相子だろう。いきなり頭を撫でたと思ったら、無言でJessicaは退室した。


「ン」


 すぐに戻って来た。右手に紙袋がある。魔法で何かやった後があるのだが、これは開けてもいいのだろうか。そう思いながら、Jessicaを見る。手首でクイっと動かしていた。さっさと開けろ。そう言っているように思えた。多分大丈夫そうなので、ガサガサと開けてみる。


「指輪だ」


 普通の人から見たら、シルバーの指輪だ。実際目に映っているのはそれで間違いないのだが、ここまで魔法を込めているとなると魔道具の一種だろう。


「あのこれ……ワッツディッス?」


「As you see」


 Jessicaが短く答えて、指輪を奪って、何も言わずに俺の右手首を掴む。どうにかしようと思っても、悲しいことに筋力差があって抵抗出来ない。仮に出来たところで、魔法で縛られるのがオチなので、何も出来ないのに変わりはない。


「いった!」


 右手の中指にはめた時に痛みを感じた。静電気が発生した時の感覚と似ている。


「OK」


 どの辺りがオーケーなのだろうか。クレームを言いたい所だが、Jessicaは怖いお姉さんでもあるので、無言を貫く。


「あーもうやったんだ」


 ここでお風呂上りのアリスがやって来た。台詞から察するに、ある程度把握していた可能性がある。


「I did it」


 軽くやったよとJessicaが報告。


「Thanks, Jessica」


 アリスがお礼を言った。計画通りなのは確かだ。


「Good night」


「Good night」


 Jessicaがおやすみと言って出てしまった。まだ寝るまでに余裕があるのだがと思うが、恐らく下で姉ちゃんと酒を交わすつもりなのだろう。寝室も1階のはずなので、恐らくそうだろう。さて。アリスに聞かねば。


「アリス、この指輪のことなんだけど」


「うん。分かってると思うけど、魔道具だよ。油断できないから念のため頼んでおいたの。持ってきたのはJessicaで注文したのは私だよ」


 その辺りは何となく分かっていたので、


「やっぱりな」


と言っておいて、縦に頷いた。アリスは指輪を凝視する。魔法を見ているのは分かるが、これだけ見られていると恥ずかしい。


「無事に魔法が発動してるし、もう外しても問題ないよー」


 何が起こるのか分からないため、慎重に外す。特に何もなかったのでホッとした。


「そう言えば」


 アリスは指輪を取って観察する。金色の瞳になって、構造を見ている。傾げている様子は可愛らしい。


「ん?」


「やたらと強力な魔法をかけてるんだよね。防御とかそっちの付与を注文してって頼んだけど。うーん……何でだろ?」


 可愛いが、シャレにならない案件である。何故予定より強力なものを付与しちゃっているのか。よく分からない奴なので、困り顔をするしかない。


「俺に聞かれても」


「だよね」


 アリスと一緒に考え込む。残念ながらJessicaが持ってきた以外情報が一切ない。事件ではないが、この疑問は迷宮入りさせる他ないだろう。


「よし。これは忘れよう。どうせ出て来ない」


 そう言って手でパンと音を出し、気持ちを切り替える。


「そうだね。宿題を終わらせて、明日に備えて寝よ!」


 理由は分からないが、隣にアリスがいるだけで、気持ちがだいぶ楽になる。早めに終わらせて、さっさと寝よう。明日が本番。調べてきてはいるが、何が起きるかまでは分からない。せめてアリス達に足を引っ張らないように、作戦の指示どおりに動いておきたい。


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