第11話 着物デート?

 寝る前に明日アリスに東京に行くかどうかを確認。めっちゃ喜んでいたし、原宿を希望していたため、そこにした。


 そして朝を迎えて、俺とアリスはまた富津野駅にいた。原宿に行く前に着物の体験をするのだ。これもアリスの希望である。着物を買うより安価に済むし、提携している日本茶の専門店の割引もある。お得だ。静かな着物屋に行き、着物に着替える。俺は紺色のシンプルな物にした。いや。正直着るつもりはなかったのだが、


「あなたもどーぞどーぞ!」


 と笑顔の店員から圧をかけられたら誰でも応じるだろう。そこまで痛い出費ではないと思いながら、さっさと着替える。さて。アリスはどうなっているのやらと思い、ひょっこりと顔を出してみる。


「うわっと」


「あ……ごめん」


 いきなりのフラッシュで思わず目を瞑る。アリスの手元にスマートフォン。つい撮ってしまったという奴なのだろう。どうにか回復し、アリスの格好を観察する。白色の着物に鮮やかな赤色と青色の朝顔があるような形だ。髪の方も整えてくれたのか、ひとつに纏まっている。もしスケッチブックと鉛筆があったら、速攻で描き始めていた。それぐらい素晴らしいものだと感じた。


「どー……かな。似合う?」


 アリスがちょっと恥ずかしそうに聞いてきた。初めて異国独自のものを着ているから、不安なところもあるのだろう。


「うん。似合ってるよ」


 花が咲くように笑った。可愛い。めっちゃ癒される。ずっと眺めたいところだが、原宿に行くというスケジュールがあるので、すぐ日本茶専門のところに行く。


「それじゃ。気を付けて行こう」


「うん。案内よろしく」


 アリスは不慣れな恰好なので転びやすいかもしれない。俺がエスコートをしなければ。そう思って手を差し伸べる。これぐらいイギリスのDK(それに当たるものはないと聞くが)ならやる……はずだと思いたい。そうあって欲しい。


「着いた。ここが日本茶専門の店だよ」


 引き戸を開けて、店に入る。古くからある店で雰囲気が落ち着いている。基本は椅子と机ばかりで、飾りというものは前衛書の類のものぐらいだ。だが店主の感性が若いのか、俺達みたいな若い人も客として来ることが多いのだとか。実際インスタ映えで作った和菓子もある。


「和菓子も美味しいよ。お茶とかなり相性がいいんだよな」


 様々な名前のお茶があるが、正直ド素人では分からない。ただ店主の腕が良いから、どれも美味しい。


「はい。これが若い子に受けてる奴だよ」


 そして和菓子と日本茶が来た。和菓子は壮大な宇宙を感じさせる水色。グラデーションの調整をどうやったのだろうと疑問に思う。日本茶専門だが、和菓子もガチでやっているという話は本当だと思う。


「なにこれ。こういうのもあるの!?」


 アリスの目が輝いていた。こういったものを見るのは初めてのようだ。


「こういうのは結構あるよ。こういったとこでは多分……滅多にないと思うけど」


 練り菓子という類は大体カラーリングが良い。見るだけでも飽きさせない。季節に合わせてやっていることが多いし、だんだん暑くなる季節に相応しいものなのかもしれない。


「外国から来たお嬢さんでも飲みやすいものにしてるからね」


「ありがとうございます」


 そんなわけで早速和菓子をいただく。小さい木のフォークみたいなもので切って、口に入れる。本当に美味い。ものすごく雑だが、マジで美味い。だがこれは俺が日本人だからだろう。イギリス育ちの彼女は……気に入っているようだ。ハートが出てきてもおかしくないだろう。


「和菓子も良いけどさ。お茶もいいよね」


 俺はお茶の違いなんてものは分からない。アリスの言ったことに、ただ傾げるしかない。


「温度がものすごく大事なんだけど、それをきっちりやってるって感じがするの。そのカオルのはちょっと雑で……はっきり言わないんだけどね。うん。美味しく……ないんだ」


 アリスが申し訳なさそうに言った。息子として謝りたくなった。そして海外の人でも躊躇するときは躊躇するものだと学んだ瞬間だった。


「カオルって仕事は細かいけど、プライベートだとすごい雑なのよね。やっぱ昔から?」


 俺の母さんは仕事人の一方で、普段というか休みはだいぶ緩い。雑な部分はかなり雑である。料理はある程度作れるが、切り方がだいぶ適当なのだ。物心がついた時からそうだった。


「多分。料理の雑さはまあ世界共通だろうし、そこは置いておくとして。菓子に関しちゃ、色々と失敗談みたいなのあるよ」


「そういうのあるんだ。こっちだと紅茶の調整が下手だから、みんなからお茶入れるなーって禁止してるんだよね」


 アリス以外は普通に止めてくれと言ったらしい。他の人からクレームを言われるとは、俺の母さんは何をしているのだろうか。そしてやはり本場はガチだった。


「流石イギリス。お茶に関する拘りすごい」


「色々な人がいるから気にしない人もいると思うけどね。Georgeはコーヒー派だし。何人かの先生もコーヒー派だよ」


「コーヒー派もいた! 意外だな」


「それがね。昔はコーヒー派って人、結構いたらしいよ」


 この後もアリスが色々と喋ってくれた。イギリスの歴史を知っているわけではなかったので、かなり新鮮だった。


「ごっごめんね。話しすぎちゃった!」


 どれぐらい経ったかは分からないが、アリスが急に慌てて始めた。こちらとしては気にしてはいない。そこまでガチガチに計画を立てているわけではないからだ。


「大丈夫だよ。気にしないで。太田さん。会計、お願いします!」


「はいよ!」


 会計を済ませて、着物屋に戻る。普段の服に着替え、店の人にお礼を言った。何故か店員は微笑ましい感じで俺達を見ていた。気にする必要はないだろう。問題は次だろう。


「さて。原宿に行くか」


「うん。トオル、案内よろしく」


 久しぶりの東京をどこまで案内出来るかが鍵になる。不安しかないが、やるしかないだろう。リクエストに全力で答えたい。

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