第9話 アリスと共に夜の学校で

 アリスが授業の合間に仕掛けた魔法陣とかそういうものを学校の敷地内に設置した。そして金曜日の午後6時。いつもなら帰っている時間帯、俺とアリスは学校にいた。影響がどこまであるのか不明なので、木曜日……つまり昨日から5時45分までに完全下校時間になっており、生徒は俺達だけになっている。戦力外の俺がいていいのかという疑問はあるが、アリスが希望したことなので、この事実を素直に受け止めている。


「今発動したか」


「うん。トオル。行こう」


 魔力の乱れに似た何かはすぐに感じ取れた。設置した付近に行く。1つ目は校舎前にある金次郎像だ。校舎に向けて走り始めた。世界陸上の短距離でトップ取れるのではと思うぐらいのスピードで辿り着いた。ドアを開けようするが、鍵はもう閉めているため、真正面からは入れない。子供のように地団駄を踏んでいる。イメージ像がモロに崩れた光景だった。


「……付与していて正解だったね」


「同感だ」


 面倒ごとにならないように、アリスが見えないように魔法で付与してくれていた。声も短い距離じゃないと聞こえないようにしている。もしやっていなかったら……想像したくもない。


「この感じはイギリスの魔女が使う系統ね」


 アリスの目が金色に輝いている。魔眼と呼ばれる特殊な瞳を発動させている状態だ。


「あ。私。魔眼持ちだから分かるの」


「知ってる。母さんとばあちゃんから聞いてるから」


「そうだよね。それでさ。魔眼のこと、どう思ってるの?」


 魔眼を持つことで迫害されたこともあるほど、魔眼は不気味な悪魔の証であると言われていた。そのことを気にしているのかもしれない。


「綺麗だと思う」


 正直に言ったら、アリスの顔が赤くなった。多分怒らせてはいないはずだ。自信はないが。


「そ……そんなこと言われると恥ずかしいよ」


 アリスは落ち着かせようとほっぺをぺちぺちと叩いている。可愛い。


「流石にずっとこれはマズイよね。うん。行こう!」


 さり気なく落ち着かせるような魔法を使った気がした。突っ込んでいる場合ではないだろう。アリスに付いて行く。2階に昇り、職員室に向かう。近くのトイレから黄色い歓声。サインしてと聞こえたのは……空耳だろう。そう思いたい。


「女性トイレだね。ちょっと待ってて」


 アリスが女性トイレに入る。すぐに戻って来た。恐る恐る聞いてみる。


「どうだった」


「調査終わったし、被害があるわけじゃないから、あのまま放っておいても問題ないかな」


 専門家がそう言うのなら間違いないだろう。


「あとで注意しておけばいいし」


 注意することは確定のようだ。アリスは魔法を解除して、職員室のドアをノックする。引き戸を開けたのは俺らのクラスの担任の羽根田先生だった。


「お。来たか。今のところはどうだ」


「お疲れ様です。羽根田先生。魔法の系統が分かった程度でまだそこまでは」


 アリスが答えてくれる。確かに分からないことの方が多い。始めたばかりで、回る箇所が多いからだろう。


「気を付けて行き……おーい。湯原。お前持ってるものはなんだ」


 羽根田先生は笑っているが、怒っている。声で分かった。アリスと一緒に後ろを見る。赤いジャージ姿の三十路の女性の先生。本当に湯原先生だった。色紙を腕で隠しているつもりのようだが、バレバレである。マジでサイン貰った奴だ。


「お前たちは仕事をやってろ。説教は俺がやっとくからよ」


「あー……はい。ありがとうございます?」


 アリスの感謝の語尾が疑問形になっている。アリスなりに困惑していることが伝わってくる。


「行こう。アリス」


「うん」


 1階に下って、薄暗い廊下を歩く。アリスは歩きながら、再び魔法で俺達が見えないようにしてくれた。


「ねえ。何で羽根田先生が指導するの? こういうのって本職の私じゃない?」


 やはり聞いてきた。魔法と無縁そうな羽根田先生が湯原先生に説教はお門違いだと思われてもおかしくない。あまり知らないとそうなるだろう。


「聞いた話だけど、羽根田先生、魔法関連で巻き込まれたことがあるらしいんだ。力のない一般人がどうなるかっていうのを肌で感じてるからこそ、伝えられることもあるって言ってたよ」


 羽根田先生は魔法に関することの巻き沿いにくらったことがある。無力を感じたり、恐怖に怯えたりしたと話してくれた。授業中にいきなり話してきたから驚いたことを思い出す。


「それを知ると……確かに私じゃ力不足かもね。だって私は魔法を使えるし、仕事として使ってるし……えーっと次はここだね」


 美術室などがある専門科目の教室がある建物に移動。例の人体模型があるところだ。ちょうど中に入った時、クラシックをやってるピアノの音が耳に届いた。


「あれ。ピアノ鳴ってる?」


 グランドピアノは音楽室しかない。しかも誰もいないはずだ。吹奏楽部からこういう情報が出て来なかったため、驚くしかなかった。


「かなりギリギリまで練習してるはずの吹奏楽部が聞こえてないって妙だな。アリスはどう思う」


「同じ意見だよ。でも……とりあえず3階の方に行こう」


 アリスに付いて行く。明かりのない静かな校舎は不気味だが、アリスがいるからか、怖さは全く感じない。心強いとはこのことか。


「ここだよね。実験室。うわーべっとりガラスに張り付いてる」


 3階まで上がり、実験室前に到着。例の人体模型とご対面である。ただでさえグロッキーな光景を平然と見ていられるアリスは凄い。


「やっぱ系統が同じだ。条件が違うだけって感じだね。確かここの七不思議と同じことが起きてるんだっけ?」


「そうだな」


 既にアリスには七不思議とは何かというものを教えている。これが全てというわけではないが、無いよりマシである。


「七不思議って7つなんだよね。なんで6つしかないんだろ。災いが訪れるとは思えないのよね。悪意が全然ないというか」


 アリスの台詞に驚愕せざるを得なかった。


「そこまで分かるのか!?」


 大怪我などの被害がないとは言え、悪意がないとも限らない。まさか国際魔法保護委員会のアリスがそこまで言うとはよほどのことだ。


「うん」


「魔法の構造を見てればね。それに1週間も経って、実害がないってところもあるから」


 アリスが音楽室のある4階に移動するため、歩き出した。俺は急いで付いて行く。


「どこかに魔法使いが作ったものが埋められてたり、隠されてたりしてるんだと思う。それさえ出来れば、元の平穏な学生生活に戻るはずなんだけど。複数の核みたいなのがあるみたいだから、時間かかるんだよね」


 アリスの留学期間は来週までだ。任務もそれまでに終わらせる必要があるのだが、その辺りはどうなのだろうかと尋ねる。


「来週いっぱいで終わりそう?」


「多分。戦闘はないと思うんだけど、念のためJessicaを呼ぶかな」


「Jessica?」


 知らない人の名前だが、女性でなおかつアリスの同僚であることが分かる。


「うん。日本語だとあれかな。竜殺しの異名を持つ強い女性なの。接近戦を得意としてて、正直その……魔法無しでも兵隊をボコボコに出来ちゃうぐらい朝飯前って人」


 脳内に物凄く乱暴な女性の図が浮かんだ。怒りの感情を相手にぶつけるようなタイプは苦手なので、そういうものでないことを祈る。


「……本当に鍵盤が動いてるな」


「だね」


 4階にある音楽室に入る。魔法で鍵なしで入ったことに関しては突っ込まない。一応先生から入る承諾を貰っているからだ。多分ショパンが作った曲っぽいものが流れている中、アリスは窓から外を見ている。


「やっぱり線と線が繋がってる。金次郎像もハナコもみんなそうだ。1つに収束してる。そこに原因があるわけだけど、ひとつひとつ魔法を解除しないと出ない形なのね」


「要するにめっちゃ面倒な奴?」


「うん!」


 アリスが元気よく返事。即座に答えている辺り、相当面倒だと思っている。分かりやすい。


「ちょっと魔法をかけておくね」


 見て思う。何故アリスが希望して、戦力外の俺を連れて行ったのだろうかと。最初は受け入れてはいたが、動いている内に否定的になっていた。


「アリス」


「ん?」


 不安になりながらも、アリスに恐る恐る聞いてみる。


「俺……いる意味あった?」


 アリスは微笑む。一歩、また一歩、俺に近づいていく。


「あるよ。トオルがいるから、落ち着いて仕事が出来るもん」


 いくら仕事でもここは異国の日本だ。不安になる気持ちはアリスにもあったのだろう。俺はそれを忘れていた。そして、組織の一員の前に、アリスは女子学生であることも忘れていた。


「だから……私を支えて欲しいの」


 気持ちを察してやれなかった俺はまだまだ未熟だ。それでもアリスは支えて欲しいと言った。


「そう言われると……敵わないな」


 ひょっとしたら、俺は弱々しい表情を出していたのかもしれない。男としてカッコ悪い所を見せた気がする。それでもアリスは特に気にしている様子はない。


「誰だってそういうとこあるよ。さて。魔法かけ終わったし、残り2つをやっちゃおう!」


 アリスは明るく元気に言った。その後に見せてくれた優しい表情に心が撃たれる。この気持ちは何だろうか。思春期だからとかそういう感じではない。そう思ったが、考える暇はない。やるべきことは残っている。必死に支えていくしかないだろう。

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