第7話 ちょっと距離が縮む?

 17時半に学校から出て、アリスと一緒に家に帰る。ゆっくりする暇もなく、夕食の支度をして、みんなで一緒に食べて、その後にアリスと話す事にした。場所はアリスが寝ている部屋だ。俺の部屋よりちょっと広めだからだ。折り畳みのテーブルにお茶とかその他諸々が置けて、床でくつろげるのは強い。


「予定通り進めたよ。書道部から実験室にある人体模型が動くことを聞いたよ。それとその人体模型は朝になると元通りになることを実験部から聞いてる」


「人体模型?」


「こういう奴だよ」


 アリスは人体模型を知らないようなので、スマホで画像を見せる。


「あー! そういう感じなんだ。ちょっとかわいくないし怖いね」


 内臓とかその他諸々を見せているのが人体模型だ。アリスが怖いと感じても無理はないだろう。そして正直かわいい要素はいらない気がするが感性の違いだろう。


「勉学だからその辺りはしょうがないよ。それで。そっちは」


「テニス部から細かい事を聞いてみたよ。練習中に無数の手が出てきて、練習を妨害するようになってきたらしいの。時間は18時ぐらいだって」


 練習を早めに切り上げする理由は妨害だった。不気味だから早めに終わらせるのではなく……ひょっとして触れるものなのかもしれない。


「それでね。テニス部、ちょっと試したみたいなの。無数の手が出て来るでしょ? そっちにボールを打ったんだって。何か漫画の中坊でも出来そうだし、こっちでもやってみよーみたいなノリで」


 硬式テニス部はほぼノリで滅茶苦茶な事をやりやがった。漫画の中坊でも出来そうは流石に無理だろう。どの作品を指しているかは不明なので、敢えて突っ込みはしない。とはいえ、頭を抱えてしまうことには変わりない。


「トオル?」


「いや何でもない。続きを言ってくれ」


「うん。ボールをキャッチして、コート外に投げたって」


 思ったよりも無数の手は賢かった。少し不思議に思うが、そういうのもあるのだろう。


「あとえーっと金次郎? って人の像なんだけど。図書室をうろうろしてたって」


 図書館にはたくさんの本がある。勉強を大事としている金次郎像にとっては行きたい場所なのかもしれない。


「軽いホラーだな」


「もう1つあるんだよ。トイレに行ったときに小さい女の子を見たって」


 学校の中のトイレに女の子。時間も確認しておこう。


「いつ」


「18時45分。湯原先生から情報よ」


 先生はやることが多いから、生徒より出るのが遅くなる。ホラー展開を目の当たりにする確率は高いだろう。


「こんな感じだって描いてくれたの。見る?」


 小さいメモにボールペンで描かれたものを見る。おかっぱ頭の女の子。着物みたいなものがある。服装はだいぶ違うが、かなり有名な花子さんが来たなと思った。


「スマホがあったら、写メってたって言ってたよ」


先生によってだいぶ反応が違う。湯原先生みたいに若い先生ほど、ビビっていない気がする。少なくとも今日聞き取りした分は。


「まあ花子さんだしな。怖いとかは感じないのか」


「そっかー。日本人って可愛いもの大好きだもんね。それなら分かるよ」


 海外でもそういう認知されていたらしい。そしてそれで納得しちゃうものなのか。あらかた伝え終わったため、スケジュールの紙をアリスに見せる。


「明日は体育館で活動してる部活に聞く予定で変更ないよな」


「そうだね。Georgeが言うバスケ部の活動場所なんだっけ」


 アリスから知らない名前が出て来る。グレンズガーデンから来た別の1人がバスケ部。ただの聞き取り調査とはならなさそうだ。


「そうだよ。室内競技は体育館でやってる。ところでアリス」


「何?」


「今週はほとんど部活参加出来ないけどいいの?」


 今週は聞き取り調査で占められている。硬式テニス部の参加は厳しいだろう。アリスは国際魔法保護委員会で日本に来ている。とは言え、俺達と変わらない学生だ。元々そういう予定じゃなくても、楽しんで欲しいという気持ちはある。エゴだということは理解している。それでも一生に一度しかないこういう機会を無駄にしたくない。


「うん。それでいいと思ってる。仕事でこっちに来ただけだもの。グレンズガーデンのみんなもそれを分かってる。だから大丈夫だよ。気を遣わなくても」


 アリスは大丈夫だよと言っているが、表情はちょっと辛そうに見える。ただそれも一瞬だった。大人に混じって仕事をしているのか、隠すのが上手い。既にニコニコと笑っている。


「それにこっちの台詞だよ。トオル、美術の大会に出すんでしょ?」


 確かに富津野市主催の大会に出す予定だ。だがある程度余裕を持った状態でやっている。特に問題はないのだ。ただブーメランで帰ってくるとは思ってみなくて、地味にダメージをくらっている。


「俺は大丈夫だよ。余裕あるし」


 それに報酬が貰えるのだ。美味しい機会はない。流石にゲスな考えなので、正々堂々とアリスには言えないが。今のところ、アリスは察していないため、ホッとする。どこかツボがはまったのか、アリスはフフッと笑う。


「お互い、似たようなこと考えてたね」


「そうだな」


 俺も笑いそうになる。立場とか生まれとか全然違うけど、同じ気持ちになることがあるんだなと学んだ。そこまで歳が離れていないから……かもしれない。


「もうちょっと計画を練ってみるか。互いに部活動を楽しめるように」


「うん」


 さあてもう少し考えてみるかと思った矢先だった。


「お風呂。沸いたよ」


 姉ちゃんが音を立てずにドアを開け、静かに言った。そこまで開けていないから姉ちゃんの目しか見えていない。どっちも気付いてなかったのか動転した。


「おーおー。青春って奴?」


 姉ちゃんが揶揄ってきたとすぐに分かった。でも何の事かは理解出来なかった。そーっと手元を見てみる。知らない内に、手を取り合っていたことが分かった。気付いた瞬間、顔が熱くなる。そしてすぐに手を離す。


「ご。ごめん!」


「こっちこそごめん!」


 互いに謝る。頭を下げまくった。恥ずかしいし、アリスに対して申し訳なくなる。恋人関係ですらないというのにやってしまった。


「お邪魔しましたー。私先に入ってるから」


 姉ちゃんが退散した。どうしようかと考え始めた時、異変を感じ取った。空間の歪みという奴だ。部屋が曲がっているように見える。不慣れな感覚で吐きそうになる。魔法を使ったとすぐ分かった。


「計画を立て直す前に見せてあげる。グレンズガーデンを」


 アリスがそう言った後、見えているものは別の物に切り替わった。爽やかな青い空。鮮やかな緑が生い茂る芝。庭師によって綺麗に整えられた木のアート。赤いレンガで出来た歴史がありそうな建物。


「グレンという人が作った庭に学校を作ったからグレンズガーデンって名前にしたらしいの。本当かどうかは分からないけど。でもお庭を大事にしてるからそうだと信じたいかな」


 グレンズガーデンがいつからあったかは分からないが、俺もそうでありたいと思うぐらい綺麗な庭だと思っている。アリスの学び舎がこういう場所だったとは思ってもみなかった。こういうのを見てると、描きたくなってしまうのは美術部員の性なのかもしれない。


「そうだな。俺もそう思ってる。いつかロンドンに行きたいな。現地でスケッチしたい」


「トオルならそう言うと思ったよ」


「あれ。俺美術部って言ってたっけ」


 記憶を辿ってみる。俺はアリスに美術部所属であることを一度も言っていないはずだ。首を傾げてしまう。


「えーっとね。その。ヒナから聞いた。ちょっとだけ時間あったし、絵を描いてるところをこっそりと見たの」


 どのタイミングだろう。思い浮かばない。いつ来たのかを気にしない方針でいこう。


「ひとつのことに打ち込んでいるの、凄くカッコよかったよ」


 アリスが微笑みながら言った。カッコいいか。ならばこちらも言い返そう。


「アリスもカッコよかったよ」


 知らない内に見えているものが戻っていた。ベッドやタンスに机などがあるアリスが寝室として使っている部屋に。時間はそこまで経っていないみたいだが、早めにやっておこう。


「姉ちゃんがあがる前に計画を立て直しておくか」


「うん。それと余裕があったら、宿題教えて欲しいんだけど……いいかな」


 そんな感じで計画を修正した後、宿題やったり、グレンズガーデンについて教えてもらったりした。メンツがだいぶ濃い印象。特にGeorgeという奴のインパクトが凄かった。明日の聞き取り、変な事が起きないことを祈っておこう。

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