第6話 放課後の調査と……アリスの試合をちょこっと

 6限目が終わって、お互いに別行動開始だ。俺は美術室に行って、重い荷物を置いて、身軽に動けるようにして、色々な人に聞いていく。1番近い書道部から突入。


「お。留学生の彼氏だ」


 去年同じクラスだった中村に聞いてみる事にする。155という小柄な男子が率いる書道パフォーマンスはギャップを感じる。ダイナミックにやれるところが凄い。感心している場合ではなかった。訂正をしておかないといけない。


「彼氏じゃない」


「えーつまらない」


 中村が残念そうに言った。つまらないではない。


「珍しいよな。お前がこっちに来るなんて。あ。ひょっとして転部!? だったら大歓迎だよ! 男子少ないのはちょっと寂しいからね」


 中村が大興奮。数少ない男子部員3人が縦に頷いている。女子が多めの部活ならではの気持ちなのかもしれない。このままだと調査が出来ないため、落ち着かせてもらう。はっきりと断って、目的などを言おう。


「違う。調査でこっちに来ただけだよ。イベントの準備で遅くなるんだろ? 何か変な事があったりしたか?」


「あー例のリアル七不思議事件のこと? なーんだ。結局彼氏じゃんか」


 学校内ではある程度知れ渡っているみたいだ。というかどうしてそういう発想になる。スケジュールがタイトなので、せかさないといけない。


「早く言え。色々回るつもりだし、富津野市主催の大会の作品だって作るつもりなんだからな」


「せっかちだなー。先週からだったかな。ほら。ここの階って実験室あるじゃん?」


 俺がいるクラス教室とは別の校舎で、その3階には美術室とか書道室とか実験室とかがある。


「あるな」


「誰もいないのにガタガタ音がしてるなって思って見たらさ。ドアのガラスのとこにべっとりと顔が」


 ホラー展開があったようだ。1人の書道部の女子がスマホの写真を見せてくれた。左半分が筋肉や臓器が出ているタイプなので怖い。


「顧問の武田先生、腰抜かしてたよね。めっちゃウケル」


 黒色のシュシュで結んでいる女子が面白そうに言うが、シャレにならない自体なので先生の気持ちも分からなくもない。


「ウケルじゃない!」


 勢いよく準備室のドアが開く。白髪で眼鏡をかけているおじいさん、武田先生が大声を出している辺り、相当なものだったようだ。


「もしもだね! えーっと名前は分からんが!」


 突っ込みたいが、場の雰囲気が崩れそうなので堪える。


「ゾンビとかが出たらどうするんだね! それで世界が大パニックになったりとかしたら!」


 想像豊かな発想である。作家なら羨むものだろう。


「先生考え過ぎ。学校でこっそりと実験するような奴、いると思います? 菓子でも用意しますから」


 書道部の女子が無理やり先生を準備室に押し込める。もう1人が棚から菓子の袋を取り出している。中村が申し訳ないように言う。


「悪い。多分これ以上は。先生がパニくるのはちっと」


「いや。あまり考えて来なかったこっちも悪い。答えてくれてありがとな」


 先生が喚き続けていたら、調べられそうにない。ケアも大事だ。書道部に聞くのはここまでにしておこう。実験室に行って、実験部に聞く。体育で世話になっている前西原にアポを取っているから問題はない。白衣を纏った前西原が出迎えてくれた。


「上代。久しぶりだな。お前が来ることを知っているから、不快に思わないような実験をやっている」


 カツンカツンとぶつかる音が鳴り響く。振り子のような形だろうか。物理の実験であること以外何も分からない。


「例の怪談話のことだが……俺達実験部は遅くても5時半までに帰る。先生もそこまでいるわけでもない。だからあの人体模型が動く光景を見たことがない。先生が言うにはいつも通りの位置にいるとのことだ。こちらでも色々と考察してはいるのだが」


 前原西は眼鏡の縁をクイっと動かす。


「何も分からん」


 期待していた俺が馬鹿だった。いや。分野が違い過ぎるため、答えが出ないことを最初から分かっていたことだが。


「だが不思議だと思う点はあるにはある。何故遅い時間帯に目撃することが多いのかだ。しかも俺含めてになるが、それを共通認識のようになっている。何故と思うが……どうだ」


 男子のクラスメイトと話している時を思い出す。確かに6時半までに活動をしている前提で話していた。そしてそれを当たり前のように受け入れてしまっている自分がいた。


「日常に謎は溢れている。それが俺の尊敬する大学教授の口癖だ。魔法の分野も似たようなものだろ。ミスホワイトとよく話し合っておくんだな」


 前原西が言い終わった後、拍手が生まれた。やせ細って疲れてそうな、多分3年生の男の先輩が前原西を讃える。感動のあまり泣きそうになっているのは気のせいだろう。


「素晴らしい。実に素晴らしい。前原西。良い事を言った。やはり君は次期部長にふさわしい。確か君は上代だったか。頑張ってくれ」


「あー……ありがとうございます」


 何故か握手を交わし、実験室から出た。少しだけ美術室で休む。美術室の片隅にある自前のスケッチブックに鉛筆で適当に描く。他の皆も絵画に没頭しているから静かで集中しやすい。スマホのタイマーが鳴る音を聞き、絵を描く作業を止める。ここで廊下に誰かがいることに気付く。誰も気付いていないらしく、仕方なく俺が様子を見る事にする。道具をそのままにして、美術室から出る。中性的な顔立ちの男の先輩がいた。


「やっほー」


 噂に聞く家庭科部の松江さんだった。


「お久しぶりです。松江さん。えーっと。どういった用件でしょうか」


 恐る恐る聞いてみたら、松江さんはイキイキとした声で言った。


「女子硬式テニスの試合を見に行こう!」


 何を言っているんだろうと思った。


「てなわけで!」


 断ろうとしたが、手で引っ張られる。抵抗しようにも力が強いし、先輩だし、もう諦めた。階段を下って、渡り廊下を渡って、教室がたくさんある校舎の近くにあるテニスコートに行く。珍しく見学者がいる。


「トオル! 来てたんだ!」


 コート内にアリスがいた。俺に気付いたのか、元気よく手を振っている。ポニーテールになっている。アリスの隣にうねった感じの金髪のグレンズガーデンのJaneという人だろう。この形はダブルスでアリスとJaneが組んでいると捉えて良さそうだ。Janeはアリスとは違うタイプの美人さんだと分かる。おしとやかな雰囲気を醸し出している。Janeが静かに手を振ると、男子が勝手に盛り上がる。まだ5月というのに暑苦しい。


「試合始まるから静かにしろ!」


 顧問の鶴の一声で静かになる。試合が始まった。Janeが最初にサーブを高く打つ。間近で見たことがないのか、勢いが恐ろしい気がする。それでも富津野側は慣れているのか、普通に打ち返している。前から気付いていたが、純粋に見に来た人はあまりいない。ゲスイ奴らの方が多そうだ。Janeが動くたびにこの盛り上がり具合なので間違いない。


俺も男だが、今回はJaneではなく、アリスを見る。結んだ髪が尻尾のように動いている。左右に走っている。きちんと捉えて打ち返す。俺達ガヤ勢と違って、本気でテニスコートという戦場で戦っている。ただ可愛くて綺麗な子だと思っていたけど、こんなにカッコいいとは。本当は最後まで見たいが、時間が限られている。


「あれ。もう行くの?」


「ええ。ちょっと色々とやることがあるので。松江さん。誘ってくれてありがとうございました」


 松江さんにお礼を言った。もし誘いがなかったら、アリスの一面を見ることが出来なかったからだ。


「仕事に戻るんだね。がんば」


「はい。がんばります」


 こっちは調査活動を頑張ろう。美術部員として作品制作も。夕食後はどうするか。アリスとおしゃべりしていこう。情報共有もだが、どんなことがあったかを聞きたい。

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