第5話 聞き取り調査開始

 朝のホームルーム後、1限目の生物基礎を受け終わって、10分の休み時間に入る。アリスの周りにクラスの女子が集まる。


「うち茶道部だからね。ふーちゃんは確か吹奏楽部なんだよね」


「うん。富津野のイベントで演奏するし、ギリギリまでやってるわけよ」


 校長とおばあちゃんから回収任務について公言していいと言っていたから、グループチャットに流してみた。既に効果が出ているようで、内容について語ってくれている。アリスが頑張って話を聞いている。俺も頑張らないといけない。文系クラスだから俺含めて男子は7人しかいないが。


「俺らのクラスで6時半までやってるとこ入ってねえよな」


「櫻井ぐらいだよな」


 田中と高坂が言った通り、ほとんどは体を動かさないし、最終下校時刻の6時半までいるわけではない。学校内だとインドア派(と言っても休日に草野球したり、釣りに行ったりしているメンツばかりだが)が多く、活発に部活動をしているのは櫻井ぐらいだ。


「インターハイの予選があるからね。ギリギリまでやってるよ」


 爽やかな黒髪の男子生徒櫻井が近づきながら言った。櫻井はサッカー部に入っている。イケメン顔、180cm、性格が良いということもあり、女子にモテている。人望があるため、仲の良い男子もたくさんいる。


「ただ外にある部室で着替えて帰るからね。吹奏楽部みたいに変なのを見てるわけじゃないんだ。あーでも完全に知らないってわけじゃないよ。硬式テニス部の筒井が言ってたんだ。ここ最近日が暮れてから無限の手が湧き出るようになったって。お陰で練習切り上げする羽目になってどうしよってなってるらしいよ」


「こっわ。そういりゃ山本がスマホで撮ってたな。二宮金次郎が校舎内走り回ってる奴で

さ」


「あれ。今気づいたけど、どっちも七不思議にあった奴じゃね?」


 校舎の前にある二宮金次郎像が走る。想像しただけで怖い。あまりにも非現実的で確かに魔法に関する何かがあるだろうということが分かってきた。だからこそ、疑問に思うところがある。何故か情報が富津野高校の七不思議と合致していることだ。もう少し情報を集めてからでもいいだろう。


「まだそう結論付けるには早すぎるよ。ああいう判断をするのはアリスだしな」


 そう言っておいた。田中、ニヤニヤしたその笑顔はやめて欲しい。何か言おうとした矢先、引き戸を開ける音が聞こえてきた。


「おい。てめえら。席に着け」


 ガラの悪そうなド派手な衣装を着てる先生が入って来る。宇津見と言って、室内でもサングラスをかけている中年の男の先生だ。


「怪談話は後にしろ。授業だ」


 ささっとみんなが席に座って、現代文が始まった。1週間前から出てきている現象が話題として取り上げられるようになったからか、ほとんど集中出来ていないように思える。その中で久保が淡々と受けているのは流石と言ったところか。


「学生の本分は勉強だ。ああいうのはプロに任せておけ」


 授業後、宇津見先生がそう言ってクールに去った。バレていたと分かって、クラスのみんなが苦笑い。その後の授業もそこまで頭に入らなかったような気がした。定期試験、大丈夫だろうか。不安を抱えながら、昼休みを迎えた。


「トオル、一緒に食べよ」


 目の前にアリスがいた。前の席の七瀬は前の方に行ってしまっている。譲ったみたいだ。七瀬は笑顔で手を振って、ウインクをしてきた。頑張れよと言っている気がした。


「うん」


 包んでいた布を取り、弁当箱を開ける。大人数で作った弁当は国際色豊かだった。昨日の余りも入っているからだ。和風ばかりの弁当にイギリス料理が混ざるなんて初めてである。


「いただきます」


 食べながらアリスの顔を見る。味わっている。


「こういうお弁当もいいねー」


 イギリスの弁当を母さんが送って来た写真で見たことがある。サンドイッチとフルーツという非常にシンプルなものだ。これだけ種類があるとゆっくり味わっているのも分からなくもない。


「イギリスだとサンドイッチとフルーツとかそんな感じだっけ」


「うん。日本だと小学校に当たるのかな? その時はそんな感じだった」


「その時は? 今は違う?」


「うん。グレンズガーデンは食にも拘ってるから、野菜もたっぷり使ってるの。たくさんの両親からの要望って聞いてるけど……本当にそうかまでは」


 アメリカは元々イギリスの植民地だった。系譜としてガッツリ受け継いでいることを考えると、肉料理とかポテト系の料理がたくさん食堂に出て来るイメージが付く。本当にそうかは分からないが、両親の要望説が本当なら国が違ったら変わってくるもんだなと感じた。


「私は大歓迎だよ。綺麗になるためだし」


 食事だけじゃなく、肌のケアとかもしているため、アリスが綺麗なのも納得がいく。いつかはデッサンに協力してもらいたい。良い作品になるだろう。


「そっか。そういう積み重ねをしてるから綺麗なんだろうな」


 アリスの首から赤くなって、顔全体が真っ赤になる。ちょっと褒めたつもりだったが、言葉の選択を誤ってしまったか。いや。嬉しそうな表情になっているから、問題はなかった。


「綺麗と言えばね。Janeも綺麗なんだよ」


 話題を切り替えた。クールダウンのつもりなのかもしれない。Janeは確か昇降口にいて、アリスと話していた記憶がある。


「ああ。朝おしゃべりしてた子か」


 ほんの少ししか見ていなかったから、顔は見えていなかった。男なので大きい胸を凝視していたのも否定は出来ないが。


「そうその子。お茶を飲む仲なの。お菓子を持ち込んで、美味しい紅茶を飲んで、恋バナをしたりするの。Janeってモテモテでね。日本に来る前にも告白されたって話よ」


 男受けするような感じしているからか、Janeはモテているようだ。富津野高校の中にもアタックしそうな奴がいそうだ。


「家庭科部の松江先輩が告白したって話らしいぜ」


 どこかからそんな話が聞こえた。早速実行している奴が出現した。あまりにも早すぎるのではないかと思う。


「うわー。日本でも告白されてるなんてすごーい」

アリスは呑気に言った。ただ松江さんは女に関して無頓着だった記憶がある。告白しているように見えて、実際は違うのではないかと考える。


「いや松江さんのことだから多分……何か違う目的で話したんじゃないかって思うんだよな」


「そうなの?」


「うん。モデルになってくれとかで、着せ替え人形状態になるんじゃないかと思うんだけど」


 アリスの目がキラキラと輝く。手元にカメラ。Janeの写真を撮る気満々である。


「事実かどうかは後で確認しておくとして」


 そろそろ調査について話し合っておこう。昼休みが終わるまであと20分。ある程度の計画を立てていきたいところだ。


「調査の計画を立てる話をしよう」


「うん」


 アリスの空気が変わる。背筋をまっすぐにして、真剣な眼差しで俺を見ている。


「何人か目撃したってことが分かるよ。吹奏楽部のフウカとカノンはピアノが勝手に動くって言ってたの。それだけじゃない。硬式テニス部のユユとエリコとメグミは無数の手がって」


「こっちも無数の手のことを聞いた。あと山本とやらが金次郎像の動く映像を撮っているらしい」


 まだ情報は少ない。10分の休み時間と朝会前のスマホの没収で出来ることが限られているためだ。放課後になれば、スマホは戻ってくるし、時間に余裕が出てくる。


「他にも何かあるかもしれないから、聞いておきたいところだな。3年に聞いてないし。個人的にちょっと気になるとこあるから、オカルト研究同好会のとこにも行こうかな」


 俺は魔法とかオカルトとかそういう知識を持っていない。あそこなら何か有益な情報を持っていそうだし、アポでも取って行きたいところだ。


「気になるとこ?」


「ここの七不思議と同じなんだよ。日本の怪談話みたいな感じで捉えておけばいいかな」


 イギリスだと学校の七不思議は馴染みがないかもしれないので、軽い説明を付け加えておいた。


「可能性として考えておくね。それでどういう計画にするつもり?」


「そうだな。こんな感じがいいと思うんだけど」


 こんな感じで話し合って計画を立てていった。あっという間だった。それでもやるべきことが決まったことだし、それでよしとしよう。

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