第4話 アリスと一緒に登校
富津野電鉄という私鉄に乗って、富津野駅に行く。いつもより早めに出発している。中学時の同級生に揶揄われる事態を避けたいからだ。SNSの時点で色々と聞かれている時点でアウトな気がしなくもないが、リアルより遥かにマシである。
電車に乗って、紺色の座席に座り、片目でアリスを見る。アリスの視線の先に私学っぽい白と黒のセーラー服を着ていて、黒色のランドセルを背負っている女の子。身長から察するに、小学1年か2年生だろう。最近の小学生は成長が早いと思うのは気のせいだろうか。今はどうでもいい。アリスのあれは凝視に近い。小学生は嫌がっていないため、注意するぐらいでいいだろう。
「アリス。物珍しいのは分からなくもないけど……ずっと見るのはやめておけ」
はっと気づいたみたいだ。自覚はしていなかったようだ。一気に顔が赤くなっていく。両手でほっぺを冷まそうとしている。しばらくはああいう状態のままになっていそうだ。授業の小テストがあることだし、到着するまで英語の単語帳でも見ていよう。アリスが俺に近づく。左の肩に接触していることが分かる。太陽の光に当たったことで髪の毛が綺麗に感じる。そして腕に胸が当たっている気がする。これでも年頃の男なので、どぎまぎしている。悟られないよう平然とした態度で接する。
「アリス。お前は見る必要ないだろ」
「念のため」
向こう側にいる私学の小学生、つまりアリスがじーっと見ていた女の子から視線を感じる。正確に言うと、今度は小学生からアリスだろう。お互いに珍しいものを見ている感覚だったと思われる。小学生の子の頬が赤い理由は何となくだが分かる。アリスの顔立ちが整っている。これしかない。
「臥竜駅、臥竜駅」
小学生の子が勢いよく飛び降りる。朝から元気のある子だ。次が降りる駅なので英語の単語帳は鞄の中に入れておく。
「もういいの?」
「うん。次で降りるし」
恐らくアリスは降りる富津野駅まで見てればいいんじゃないのかと言いたいのだと思う。だが本とかを読んで、うっかりやらかしたことがある。単語帳でも同じだ。
「富津野駅、富津野駅です」
アナウンスが流れ、富津野駅に到着。電車から降りる。富津野駅はパン屋や弁当屋、コンビニなどがある大きめの駅だ。近くには遊べるところもある。アリスがきょろきょろと見ていた先に日本茶を主に扱う甘味処だ。若者向けの施設と真反対にある。突っ込みたいところだが、イギリスから来ているわけなので、興味が湧くのも想定は……いや出来ていなかった。
「ねえ。トオル。あれって!」
「着物だな」
富津野は江戸時代の建物が多いし、店も長く続いているのも多かったりする。アリスの好奇心に火が付いたようで、目を輝かせて周囲を見ている。平日は厳しいと思うが、休日に連れていける機会があればと思う。
色々と店のことを説明しながら、坂をちょっと登る。疲労を感じないまま、富津野高校に着く。昇降口で運動靴のようなものに履き替える。慣れていないアリスがうっかり、土足のまま校舎に上がろうとしていた。自分で気づいて、どうにか防いだ形である。
「お。上代。アリス。おっはー」
同じクラスで放送部所属の眼鏡女子斎藤が挨拶してきた。清楚で真面目な見た目をしているが、かなりの愉快犯だ。
「おはよう」
今朝は用事か部活があるのか、挨拶だけだったが、油断は出来ない。警戒をしておこう。
「Good morning. Jane」
ちょうどアリスと同じグレンズガーデンの生徒も登校していたのか、おしゃべりが始まっていた。金髪をうねった感じにしている女子生徒がJaneという人のようだ。何がとは言わないが、あれは大きい。グレンズガーデンからの生徒は16歳までという話だが、ここまで大きいのは滅多にいない。男子は大体顔じゃなくてあれを見ている時点で相当だ。会話を邪魔するわけにはいかない。そっとこの場を離れた。
「珍しいな。お前がこの時間帯に来るとは」
教室の引き戸をガラリと開けたら、眼鏡をかけた物静かな男子がいつものように勉強していた。久保と言って、富津野高校トップクラスの成績を持つ。
「いやまあちょっと事情があって」
「そうか。図書室で使えそうな本の題名を書いた。お前の机の下に紙を入れてある」
どういう意味だと思いながら、自分の机の中を見る。B5のコピー用紙数枚が入っていた。アジア圏、西洋、アフリカなどの分類されている。題名が書かれているが、知らない本ばかりだ。
「正体を探るのも調査の1つだろ。俺もここの生徒とは言え、部活動をやっているわけではない。知らん。だからやれることをやった。使うかどうかはお前たち次第だ」
高校生とは思えない低い声で言った後、久保は勉強を再開した。相変わらず素直じゃない奴だ。クラスのグループチャットを見て、今朝図書室に行って色々とやってきたに違いない。勉強第一で自分から滅多に話さないが、場を乱すようなことをしないため、クラスに嫌われていないのも納得がいく。
「ありがとな。久保」
「ふん」
静かな教室に鼻息が聞こえる。気にするなと言っている感じがした。俺の勝手な想像だけど。
「おーい! 上代!」
30分後、徐々にクラスメイトが入って来て、賑わってくる。このやかましい感じの声は間違いなく、俺の依頼主だろう。英語の小テストの勉強を中断し、教室の出入り口を見てみる。短く刈り上げた黒髪で人懐っこい感じの男子、依頼主の粟倉一郎がいた。何故かその隣にアリスがいる。質問したい気持ちを抑えながら、粟倉に近づいて、描いた絵が入れてある封筒を渡す。
「いやーありがたい。これ代金な」
粟倉は嬉しそうに言い、代金と言う名の菓子を受け取る。先生の指導を受ける羽目になるのを防ぐためだ。
「またなー」
ご機嫌な粟倉は廊下でスキップする。気持ちは分からなくもないが、生活指導の先生がいたらどうするんだと思ってしまう。さて。アリスに聞こう。
「粟倉とどういう話をしたんだ」
「え?」
この感じは下手したら誤解を生みそうだ。正直に言っておくのがベストだろう。
「いやその彼奴色々と変なとこあるから、色々と気になって」
アリスはぷっと吹き出し、笑い始めた。初対面のアリスでさえ、粟倉を変人だと認めているのかもしれない。笑いで出てきた涙を拭きながら答える。
「確かにイチローは変わってるけど……」
やっぱりそう思っていた。
「普通の話をしたの。トオルはどういう人なのかって。短い間だけど、パートナーだもん。知っておかないと」
そうだ。約2週間はアリスと一緒だ。色々と考えたつもりだったが、一本取られた。何故か笑みが出て来る。
「トオル?」
アリスが不思議そうな顔をする。
「お……俺もアリスのことを知りたい。時間がある時にグレンズガーデンとか教えてくれないか」
滑舌が少し悪くなってしまった。それでもいい。アリスに伝わればそれでいい。
「うん!」
笑顔が眩しく感じた。普通の俺と特殊な組織にいるアリス。本来なら会わない確率の方が高いだろう。短いこの期間を大事にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます