第3話 留学生と幼馴染と共に
今日の朝は早い。5時半に起きて、制服のシャツとズボンを着て、1階に降りる。その後顔を洗って、台所に行って、朝食と弁当の支度をする。のんびりとしたい男子高校生だが、上代家のルールに則り、俺が担当である。炊飯器のスイッチを押して、弁当のおかずを作り始める。
「にゃー」
赤い首輪の黒猫が足にまとわりつく。誰かの使い魔だと思うが、ばあちゃんと姉ちゃんのものではない。そうなるとこの猫はアリスのだろうか。トコトコと階段を下りる音が耳に届く。
「おはよー」
眠気があるのか、ふわっと欠伸をしているアリスがやって来た。黒猫がアリスの元に行く。にゃーにゃーと鳴いているだけで何を伝えているのかはさっぱりだ。だがアリスはうんうんと頷いている。撫でられてご満足したのか、或いは主から何か命じられたのか、黒猫はどこかに行ってしまった。
「やっぱアリスの使い魔だったんだな」
「そーだよ」
へにゃりと笑う。起きたばかりなのか、舌足らずなところがあって、可愛く思える。
「まだ早いから部屋で待っていてねって言っておいたから、邪魔にはならないと思うよー」
主として注意をしたようだ。使い魔がいる家じゃ、正直1匹増えたところで大した問題ではない。しかしこの静けさは何だろう。こういう時に限って、あの2匹が来ないとは。空気を読んだ。いやまさか。
「トオル。私も手伝うから」
6人分の朝食と5人分の弁当作りを1人でやるのは大変だ。そろそろもう1人来るが、キツイことに変わりなかったからありがたい。
「助かる。最初にこの具材を切ってくれる?」
味噌汁で使う玉ねぎを切ってもらおう。イギリスじゃ馴染みのない料理だから、見た目は変わるけど、多分ばあちゃん達は気にしないはずだ。
「ピンポーン」
この時間でインターフォンの音。間違いない。足音が少しずつ大きくなっている。
「おっはー。透」
ひょっこりと顔を出してきた。前髪が眉毛より上で茶色のショートヘアの幼馴染。ご飯食べ終わった後、朝の部活に行くのか、既に富津野高校の女子制服を着ている。若干目付きが悪いけど、普通に良い子だと思う。腐れ縁だからか、だいぶお気楽な友人同士という奴になっている。同じクラスになった今でもたまに話す仲だ。
「ヒナ!?」
後ろを振り向いたアリスはやって来た陽菜を見て驚く。事情を知らなかったらそうなるだろう。陽菜の両親は共働きで朝食を作る余裕がないらしい。教育に良くないだろうというご両親の考えで、陽菜は小学生の頃からこうして食べに来ている。朝食の用意が出来るようになった今でも、何故か普通に食べに来ている。
「言ってなかったんだ。まあ私もうっかり忘れてたけどさ」
お互いに伝え忘れていたみたいだ。普通のことではないことを失念していた。アリスに謝る必要があるなと思う。
「普通に忘れてた。ごめん。アリス」
「ううん!? 平気だよ!?」
両手でワタワタと動かす。パニック状態になっているはずなのに、許してくれるとは、申し訳なく思う。
「色々と分かったことだし」
陽菜は長袖を捲って、家にあるエプロンを付けて、拳をあげる。
「作っちゃおう」
「おー」
という感じで、3人体制で料理を作ることになった。無駄に広い台所で良かった。同時並行で進められて、邪魔にならないからだ。途中、ガールズトークが始まったが、正直男の俺では理解出来なかった。楽しんでいるならそれでいいと思う。アリスがクラスに馴染んでいる証拠でもあるから。
「そんじゃ。また学校で会おうね」
弁当と朝食どっちも完成し、さっさと食べ終えた陽菜はひと足早く学校に行った。玄関で見送って、ゆっくりと食事する。アリスが思ったことを言う。
「ヒナって水泳部に入ってるんだよね。クラブ活動って朝もやらないといけないの?」
イギリスと日本はだいぶ違うと聞いている。アリスは違いを感じているのかもしれない。
「運動部は朝練するとこ多いな。大体は軽めにやっとく程度だと思う。多分だけど」
高校の運動部に詳しいわけではない。ただ色々と問題視されていて、解決しようと模索していることだけは分かる。
「でもどうしてそんなことを」
「そのハードなのはちょっと苦手で」
短期留学生は部活動に参加できる。とは言え、日本はイギリスに比べるとガチな気がする。アリスが躊躇してしまうのも無理はないだろう。富津野高校は勝利を目指すスタンスじゃないのか、比較的緩めだ。
「富津野はそこまでハードじゃないし、やりたいことをやればいいんじゃないか。それでどういうのをやるつもりだ?」
「テニスかなって。好きだし、Janeもそっち入るし」
テニスと言っても、富津野にはソフトテニスと硬式テニスがある。ただそこまで聞く必要はないだろう。やりたいようにやればいい。滅多にない体験だ。細かいとこまで聞くのは野暮という奴……のはず。
「試そうかなって思うんだけど、ラケットって何処に置けばいいの?」
昨日入った時、タンスにラケットケースっぽいのがあったことを思い出す。本当に自前だったとは。
「テニスに入ってる女子に聞いて。色々と教えてくれるはずだから」
「うん。ごちそーさまでした!」
元気よく平らげた。自分でもいい出来だと思うが、アリスによって見慣れないものばかりのはず。適応力が高いとはこのことか。
「ごちそうさま」
時計をちらりと見る。6時半になったばかりだ。出発するまで余裕がある。片付けとお風呂の掃除を入れても時間が空く。そうだ。アリスの手助けになれるように、誰に聞くかを今の内に考えておこう。
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