探偵童話

 探偵童話 『END』


 これが樋口邸で起こった『連続殺人事件』、『探偵』の言うところの『樋口邸毒殺事件、探偵に挑んだ愚かな美少女の神話』の顛末です。事件はこのように起こり、かくして終わりました。

 私、槙島姫希はこの事件に心ならずも関わってしまった者として、ここに一つの後記を残します。

 ただし、これは私の私物であり外に出す気はありません、これを読んだ方はどう思おうが勝手ですが、決して内容を口外しないでください。

 人の趣味を覗き見するのは悪いことです。……あなたに言っているんですよ。

 さて、まず私が記したいのは犬と猫の話です。意味が分からない、と思うなら読まないで下さい、何度も言いますが、これは人のための記録ではないのです。

 私は犬が好きです。『探偵』三田村秀一郎はそうじゃないようですが、その理由は簡単です、犬は主人に忠誠を誓うからです。猫は気位が高いからいい、という人も多いですが、人からエサを貰っておいて気位が高い、そんなバカな理屈知りません。

 犬は人からエサを貰うから、その人に懐き、時に自分より強い相手に向かっていきます。私に言わせれば、その方が何倍も気位が高いと思います。

 人は往々にして自分と真逆の性質の物に憧れます、つまり私は『犬』が好きなのです。

 私の近くにいる者は皆、私が『探偵』三田村秀一郎に好意を持っている、ないしはそれに近いから一緒にいる、と思っています。甚だしい勘違いです、私はエサをくれる相手に懐けない不心得者なんです。

 第一、私は『探偵』三田村秀一郎とその家族を憎悪しています。自分の仕事にかまけて息子が刑事事件に首を突っ込む暴挙を許す親と、自分の知識をひけらかして図に乗り、誰も何も頼んでいないのに事件に首を突っ込み、謎を解けば正しい、という訳の分からぬ図式のまま行動する子供。

 だいたい『探偵』とはなんでしょうか? 依頼があれば他人のプライバシーを蔑ろにして良い職業? どんな秘密も明らかにして良い職業? 大嫌いです。

 最も我らが三田村秀一郎は『依頼』さえないのに同様のことをしますから、より最悪です。

 つまり、私は三田村秀一郎の味方ではありません。ならなぜ私が彼の傍らにいるのか……はひとまず置いて置いて、肝心の今回の事件、樋口家のそれに触れましょう。

 結論から述べると、私は三田村秀一郎の解答、得々と語ったそれに納得していません。一件、何もかも解決したようでいて、しかしそれは所詮『推理』でしかないのです。

『推理』は真実ではありません。推測と知識を照らし合わせ、そうだろう、と合理的に説明がつくまで思考を近づける、どこまでもまがい物の予想……妄想です。

 超能力者や予言者でもないのに、他人の心を知る事が出来ますか? そこで起こった何もかもを説明できますか? できません。 

 あくまでも『推理』は合理的説明が出来るまで、という補足が付くのです。例えば『偶然』、事件の中でそれが一つでも起これば『探偵』の推理は瓦解します。今回の事件のようにです。

 これ以上『探偵』の悪口を綴っても詮無いので進めます。今度の事件の突端から行きましょう、学校での毒殺未遂です、『探偵』はあれは絢さん杏さんを狙ったのではなく、絢さんの自作自演と断じましたが、私は違う可能性を持っています。

 すなわち『毒を食べるのが、どちらでも良かった』という可能性です。もし毒を食べたのが絢さんではなかったら……何か変わりましたか? 何にしろ致死量には達せず、樋口家の人々に恐怖と疑心を覚えさせた。

 犯人の目的はこの一点にあります。

 真犯人とも言うべき、『樋口賢吾』さんです。

 私は、この事件は『樋口賢吾』さんの復讐だと確信しています。そうでなければ辻褄が合わない部分が多すぎます。

 検証は置いておき、私の考えを述べます。最初に絢さん(杏さんでもよかったのですが)に毒入りの食材を食べさせることにより、賢吾さんは樋口家に恨みを持つ者、という架空の人物を作り上げます、その影にされたのがタカミーです、彼は自分が警護しているものだと思いこんでいましたが、その気配は疑心の中にあった絢さんを、酷く苦しめました。

『怪人』

 その存在理由は彼女を追いつめるため、この一点にあったのです。それと同時に、例の銀色のペンを見せ、ネットに敏文さんへの中傷を書き、必ずそれを見るだろう絢さんに、誤った人物設定を作らせたのです。つまり、『通り魔の兄』と『その罪を償わせる為にうろつく怪人』を連想させた。

 絢さんの事件に対する恐怖はあまりにも大きかった、それは自分が命を狙われていたからではなく、兄が人を殺めてしまうかも知れない、しかし自分はそれを止められない、からだと思います。彼女は家族の中に異常犯罪者を見、それをつけ狙う訳の分からない、まさに『怪人』を見ていたのです。

 ここまでで賢吾さんは死にました。自殺です。

 最大の理由は後で説明するとして、彼は自ら命を断ちました。しかし、それが他殺に見えないといけなかった、だから自ら指を切断し、片目に刃物を刺しました。その姿では自殺を連想しにくいからです、そして指は『探偵』が言ったとおり、それがないというだけで他者の関与があると思われるからです、扉は内側から釘を使って固定しました、最初に駆けつけるのが一番懐いていた絢さんであることを想定し、ドアノブに細工をして少し動かすだけで外れるようにします、後は『探偵』と同じ理論です。ハンマーを使わねば密室は完成しない、ぶち破られたと同時に釘が抜けてようやく完成する、破壊されないと閉じられない世界、皮肉ですね。だからハンマーを置いた、それらの決行は恐らく『探偵』と話し、タカミーに『怪人』役を押しつけた後でしょう、案の定、皆は自殺ではなく他殺と勝手に判断し、樋口家に仇なす何者かが生まれます。ああ、指ですね、あれは……これについてもしかして、窓から投げ捨てられ下にいた犬のジョンが食べた、と早々に思いついた方がきっといるでしょうが、それは間違った推理です、犬は簡単に主人の肉を食べないそうです、三田村秀一郎も一度外を確認しています、知っていたのでしょう、じゃあどこに? ジョンが食べたんです、ここで『偶然』が舞い降りました。ジョンは認知症だったんです。犬も認知症にかかります、高齢だったジョンは、だからいつもの要領で賢吾さんに落とされた主人の指を、三本とも疑いもなく食べたんでしょう。賢吾さんはそこまで深く知らなかったはずです、彼は経営の天才ではあっても、殺人の天才ではないのです。賢吾さんの計画の穴を『偶然』が埋め、本来なら瓦解するはずの密室殺人が、成り立ってしまった。

『探偵』でさえここには太刀打ちできないのです。

 さて、先程置いておいた賢吾さんの『目的』です。

 亜沙子さんとダウニー・ジュンイチさんの殺害です。

 タカミーから確認をとりましたが、二人はずっと前から付き合っており、亜沙子さんが賢吾さんと結婚したのは、筋肉ばかりで生活力のないジュンイチさんを養うためでした。彼女は夫に隠れ逢瀬を続け、敏文さん、絢さん、杏さんをもうけます。そして賢吾さんの命を脅かした。彼が飲んでいた亜沙子さん特製のお茶、ポインセチアティーのポインセチアにはフォルボールという有毒成分があり、ガンの促進剤になるそうです、ポインセチアとタバコ、肺癌、そこの真偽はもはや分かりませんが、真実を知った賢吾さんがどう思ったか、想像したくもありません。長年愛してきた家族、彼の最も大切だった家族、人道に背いてまで助けた人たちは実は赤の他人で、しかも自分を裏切っていた。しかし復讐は簡単ではありませんでした、ジュンイチさんが目の前に現れず、彼が雄の権化のような暴力男だったからです。余命幾ばくもない体格の劣った賢吾さんがジュンイチさんを殺害するのには、自分を囮にしなければならなかった。

 樋口賢吾さんはダウニー・ジュンイチさんを早い段階で家におびき寄せる為に、自殺したんです。

 椅子に毒針を仕込む細工も無論、彼が存命中にその手で行った。……『探偵』の推理と違う? そうです、ここは決定的に間違えましたね、秀一郎様。 

 ここでいきなりですか、賢吾さんにより『探偵』役を担わせられたのは三田村秀一郎ですが、どうしてそうなったのでしょう? 探偵は実はもう一人、タカミーこと蕪山さんがいるではありませんか? 簡単です、タカミーは背が高かった、一七〇センチもない三田村秀一郎とは頭の位置が違います、そうです、だから『探偵』は、あの椅子に座らせられたのです、あの仕掛けは身長が高くないと出来ません、使われたのは強力なゲルセミウム・エレガンス、しくじる訳にはいかない。

 賢吾さんはタカミーを使ってジュンイチさんの嗜好を調べ、彼が好むスタイルの椅子の、背もたれの上に毒針を仕込み、万が一の事故のリスク軽減のために秀一郎を座らせました。 亜沙子さんのタバコは、言うまでもなくいつでも出来ました。ただそれは逆に危険な『偶然』また賢吾さんにとっては予想外の事柄があり、実は危うかったのです。『探偵』が犯人特定の根拠にした絢さんがタバコを隠した事です。あれは細工するために隠したのではありません。お偉いお父様とお母様がいる三田村秀一郎様には理解できないでしょうが、彼女は身内の恥を隠したのです。亜沙子さんの事ではありません、彼女がタバコを吸うのは彼女の自由です、勝手にどうぞ。しかし問題は杏さんがタバコを吸っていたことです。『探偵』は彼女の服の匂いで家族の喫煙を見抜きましたが、私はあの時、杏さんの自身の喫煙を疑いました。何故なら、一緒に生活していた絢さんの服は臭わなかったじゃないですか。さらに彼女は、部活で伸び悩む自分に酷く苛立っていました。亜沙子さんのことがあり簡単にタバコが手に入る環境でもあった。だから、それを私たちに知られたくなくて、絢さんはタバコを反射的に隠したのです。不審な行動だとしても仕方ありません、それほどまで絢さんは悩んでいたのだから。だとすれば、タバコの仕掛け、あれは杏さんに発動する可能性もあった、ということになります。ただ『偶然』はなく、滞りなく亜沙子さんが掛かりました。

 話しを戻すと賢吾さんはここまで事を組み立てて、恐らく悩んだでしょう、子供達です。彼等をどうするか、でも結局、絢さんを殺人犯にしてしまいます。ここら辺の心理の葛藤は分かりません、ただ彼にはやらなければならないことがあった。ジュンイチ、亜沙子の死で終わるはずのこの事件が続いた理由です。それは『償い』のはずです。大岡冴さんと伊木澄江さん、佐々木啓子さん佐々木剣護君達に対する。

 まず冴さんへの、彼女の両親への行いは非道でした。口の上手い連中に、合法的に口封じをさせる。 そのあくどさを賢吾さんは理解していました。それも血を分けた息子の為、と思っていましたが、それは崩れた。残るのは冴さんへの罪の意識です。次に伊木澄江さんと佐々木啓子さん、幼い頃の不遇により何よりも家族を大切にしていた賢吾さんは、自分の身代わりで弟、夫を失った二人に申し訳が立たなかった。いいえ、彼が最も注目したのは剣護君、『偶然』にも自分と名前の読みが同じあの少年です。あくまで私の予想ですが、賢吾さんは本当は剣護君だけに遺産を残したかったのでしょう。何故なら、剣護君の境遇は、まるで鏡に写したかのように自分と、かつての樋口賢吾氏と符合していた。名前だけではなく、早世した父親、働きづめの母親、一人で待つ少年。

 血の繋がっていない偽物の家族と、自分の身代わりに家族を失った遺族、自分が傷つけ壊してしまった家族、賢吾さんが優先したのは……。

 まあしかし、ここの部分はまさにグレーです。私も予言者ではないから賢吾さんがどこまで本気だったかは、分かりません。ただ、そのように運命は動いてしまいました。

 いくつもの布石の中で心の均衡を失った絢さんは、暴走してしまったのです。ただ、その切っ掛けを作ったのは三田村秀一郎です。私としては、ここらでお灸を据えてやろうと考えただけだったのに、『探偵』は敏文さんに、私があの愚かな男に捕まったと思いこみ、事もあろうに絢さんの前で何て言いましたか? 

「殺してやる」……この時絢さんの頭で何かが完成したのだと思います。『怪人』に怯え、兄の犯罪におののいていた彼女、二つのことを同時に完結させる方法、敏文さんの殺害に思い至ったのです。後はご存じの通りです、ただし絢さんはもしかしたら賢吾さんの死が自殺ではないか? と疑っていたかも知れません。彼女は賢吾さんの部屋から、凶器の銀色のペンを持ち出しました。『探偵』と私が調べていたあの時です。つまり、賢吾さんの最後のメッセージに気付いた、そうでなくとも、その方向への思考が出来ていたと思われます。父の最後のメッセージ、あの紙に書かれた無意味の言葉ではありません、切断された指です。

 賢吾さんの遺体から切り取られたのは、人差し指、中指、薬指、五指グループのマークたる家族の中の、お母さん指、お兄さん指、お姉さん指、『家族を殺せ』という賢吾さんの指示だとは思えませんか? それでなくとも敏文さんには通り魔疑惑があり、亜沙子さんはライバルを殺した、と自慢し、杏さん(妹ですが)も昔、人を殺したと思っている絢さんは、賢吾さんの死の理由の背後にそれらが関係しているのでは? と疑ったはずです、賢吾さんの死に直面した彼女は、泣きながら「あんた達が悪い」と言いました、あれは近くにいた杏さんに向けられたものではないか、と考えています。最も『探偵』、否、警察が調べたとおり亜沙子さんは人気のない女優でライバルなどいなかったし、敏文さんも通り魔ではない、杏さんに至っては絢さんの考え違いでした。ただ、杏さんの事は実は目撃者や事件の至近にいた者達には、良くあることなのだそうです、見た、と思いこんでそれを脳が勝手に映像化してしまう、かつてよくそれで冤罪が起こりました。

 とにかく絢さんは家族を疑っていて、見えざる『怪人』の手で人が死んでいく中、『探偵』の言葉を切っ掛にして、敏文さん殺害を実行してしまいます。これが彼女の単独の考えでなかった、賢吾さんの関与があった証拠、それはトリカブトです。まるで使ってくれと言わんばかりのアイテム、しかもトリカブトは夏の暑さに弱く、庭師の方によるとその前の手入れ時にはなかったそうです、賢吾さんの言った一週間、それは庭師が再びやってくる周期を考慮に入れた物なんです、使い方、特性も絢さんが知っていたとは思えません、どこかで賢吾さんに聞いたはずです。そして、事件のほとんどに使われた植物毒。犯人がネットを駆使したから手に入れた、のではないでしょう、五指ファームで密かに賢吾さんが育てたものです。だから珍しい物が多用された。流通拠点を海外にも持つ五指グループの賢吾さんなら、珍しい植物の入手など容易いはずです。あるいは、ポインセチアティーとタバコ、二つとも植物ですから、それに対抗して植物毒を選んだのかも知れません。

 あ! 青酸カリがありました……私の考えすぎですね。

 杏さん……これはもう『探偵』の責任です。あれほど口止めしたのに……あの男は『謎』を解明するためには何を調べても良いと思っている、最低な人間です。

 ここまでの経緯で父の死にも疑念があった絢さんは『探偵』の半端な推理の中、ついに賢吾さんの真意に気付いてしまいます。

『遺産』を冴さんや澄江さん達に……その点について、絢さんは嘘は付いてません。「全ての遺産を使いたい」樋口家により傷ついた家族への『償いに』です。

 そこまで来ていた絢さんは、もはや殺人犯になるしかなかった。どっちにしろ現実に兄を殺しているのですから、父の名誉の為に全ての罪を被った。賢吾さんがここまで考えていたか、分かりません。あるいは、結局敏文さんも含めて子供達が生き残っても良かったのでしょう、彼の目的はあくまで亜沙子さんとジュンイチさんですから。その点、絢さん達は不運だったのです。

 さあ、これが私が『探偵』と異なる立場から出した答えです。

『偶然』が起こったために、完成された事件。バカバカしいと考えるのも自由ですが、事件が起こるのは元々確率的に偶然ではないのですか?

『探偵』三田村秀一郎は致命的なミスを犯し、その為により人が死んだ、より人が不幸になった。しかしそれでも彼は自分の正義を信じて謎を究明する。

 私は、そんな彼の行動を、軽蔑と嘲笑を含めて『探偵童話(たんていどうわ)』と呼んでいます。

 知識や推理は決して『本当』に行き当たらない、あくまでも『それらしい、説明の付くこと』しか証明できない。そんなあやふやを調べて見せびらかし、悦に入る子供っぽい優越感、『探偵童話』です。

 私が彼の傍らにいるのは、この『探偵童話』の収集の為です。三田村秀一郎は必ずこれをやらかす、私は分かっていました。かつて目の前でそれが起こったのだから。

 五年前、また私が幸せだった頃です、思い出すのは自慢だった美しい母、真面目で優しい父、大きな家、そして噴水と真っ赤なキッチンです。

 あの時、母の昔の交際相手が現れ、過去のことで母を脅した時、『偶然』が起こりました。夜中家に忍び込んだ男、『偶然』遭遇した私、手には母の部屋から密かに借りた花瓶がありました。『偶然』学校から出た宿題の絵のモチーフ候補でした、私は結局果物を描き、夜ふと思いついてそれを返しに行きました、そこでその男を咄嗟に殴ってしまった。夜中に忍び込む見ず知らずの男に友好的になる道理はありません、人体の急所たる頭のてっぺん、聖門を殴っていました。男が死んだのを知ったのは次の日です。

 私は驚愕しましたが、『偶然』の連なりの末故に、あるいは幼い者特有の愚かさ故に高をくくっていました。案の定捜査は難航し、他人に頼るダメ刑事は沈黙しました。すると呼んでもいないのに、そこに少年『探偵』が現れたのです。 

 彼は愚にも付かぬ戯言で犯人を『母』と決めつけ、母は、子供の言うこと、部外者の言うことを簡単に聞く、どうしようもない倉木正義のせいで未来を悲観し、自殺してしまいました。もともと心の弱かった父は、錯乱して首に包丁を突き立てました。

 雷鳴の中、私の幸福は破壊されました。

 その後、私が三田村秀一郎の父親に引き取られたとき、どう思ったか語りたくありません。ただ、メイド服を着させられ、使いっ走りをさせられ、なのに「お姫様」などと呼ばれる私の心中を察して下さい。

 だから私は『探偵童話』を集めよう、と思いついたのです。

 つまらない推理が外れ、致命的で悲惨な結果に終わる『探偵童話』の収集、それが私の復讐であり、生きる望みであり、それ意外、この世にはもう何も興味がありません。

 樋口敏文は、自分に入る莫大な遺産を鼻にかけ私に迫りましたが、私がそんな物に心を動かされる道理はないのです、私の欲しい物は『探偵童話』であり、それはお金では買えないのです。

 さて、最後に生き残った樋口家の皆さんの後を、書き残しておきます。

 遺産が自分たちに割り当てられている事を知った澄江さん、冴さん、啓子さんは当然驚きました、彼女達はしばらく話し合い、それを受け取らない方向で終わらせようとしました。金しかない亜沙子さんに聞かせてあげたいです。しかし、私が思いとどまらせました。賢吾さんの意思を伝え、何よりもお金に困っているはずの彼女達に当然のものとして受け取らせる、事件に関わった私の役目の筈です。彼女達は剣護君を含めて、皆で一緒に生活することで納得しました。

 事件から二ヶ月後の夏休み、三田村秀一郎から下らない買い物を頼まれ、繁華街のベンチで怒りを抑えていた私は『偶然』冴さんに会いました。彼女はすっかり女の子らしい可愛い服装になり、髪も伸ばし始めていました。剣護君と一緒に、引き取ったジョンの散歩をしていたそうです。「ねーちゃん」と剣護君は冴さんを呼び、冴さんは和やかに剣護君と去っていきました。それを見た私は確信しました、彼女達はもう大丈夫です。冴さんはこれから高校に編入するようですが、問題はないでしょう。

 飛勇さん、私はあの人のことがさっぱり分かりません。彼は車弁護士から自分に遺産が割り当てられてないと聞かせられても、ふーん、と平気でした。てっきりごねたり、他の皆さんに迷惑をかける物だと思いこんでいたので、私は特製瞬間接着剤目薬を握りしめてわくわくしていたんですが、飛勇さんは「んじゃ」と簡単に出て行きました。とても残念です、口惜しい……その後は、倉木警部によると、あの若さでホームレスになったそうです、会いたかったら上野駅へ行きなさい、と倉木警部は下らない冗談を吐きましたが、それは無視です。とにかく飛勇さんは私たちの世界から完全に乖離した精神構造なのでしょう。

 杏さん。最後に毒針を打たれた彼女は……助かりました。処置が早かったために命を取り留めたようです。ただ事件の経緯、家族を失い姉が犯人として捕まった事で、酷く落ち込んでいました。とても見ていられなかった。彼女を一人にしておくのは危険だ、と判断しました。だから個室を良いことに彼女に『秘策』を授け、タカミーに電話をしてお見舞いに来させました。

 上手くいったようです。

 次に行ってみると、二人はもうぴたりと体をくっつけていました。私が謀ったというのに、今度は逆に見ていられなかったので、礼儀正しく二人だけの世界の病室を辞し、厳かに思い切り病室の扉を蹴飛ばしました。それが最後です、自分の分の財産を受け取った後、学校を辞め家を売り、タカミーと暮らしているようですが、『偶然』は起こらずその後の姿は見ていません。ただタカミーが生きているらしいので料理はしていないか、猛特訓したのでしょう。

 樋口絢さん……彼女は殺人犯です。三田村秀一郎のせいで兄を殺し、父の罪も受けた彼女は『探偵』が妄想した推理のまま供述しているそうです。まだ分かりませんが、未成年だとしてもとても重い量刑になるでしょう。

 ああ、そうです『人食い屋敷』です、売りに出された『人食い屋敷』はその由縁で一頃話題になりました。

『誰もが不幸になる呪われた家』バカな目立ちたがり屋がテレビ局を抱き込んで、高価で購入したそうです。良かったですね杏さん。しかし残念ながら、もうあの屋敷では何も起こらないと思います。少し調べてみました。あの屋敷の最初の持ち主は戦争の空襲で死んだそうです、そりゃあいっぺんに死ぬでしょう、次の人の孤独死、というのは遺産争いが絶えぬ、資産家でまあまあ起こることです、次の一家消失……何て事もなく、ただ主が事業に失敗して夜逃げしただけでした。

 都市伝説なんてそんな物なのでしょう。

 さて、もう書きたいこと、残したいことは記したので、そろそろ筆を置きます。私は朝から忙しいんです、三田村秀一郎とその一家に家事全般を丸投げされているのですから。これから『探偵』の為にお弁当を作らなければなりません、学校の時間も迫っています。

 最後の最後は、はやりの呟き(ツイート)で締めさせて貰いましょう。

『天才探偵』三田村秀一郎殿……、

 ざまあみろ。

          完

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「探偵童話」~超絶神業天才完璧少年探偵・三田村秀一郎と闇姫ちゃん……違うんです! 別にミステリーをディスっていません。ただ変な話を思いついただけです。だから責めないでください!  イチカ @0611428

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