49 激闘の末
成田の声はらしくなく自信を欠きか細い。しかし彼の第一印象は恐らく間違っていない。
十メートルはある巨人は、この世界で彼等が対峙したサイクロプスやジャイアントとは完全に違っていた。
頭部は恐らくセンサーなのだろう、デジタル一眼レフカメラのよう円形のマウントの中に光学レンズとミラーがあり、前方に張り出た胴体部分は金属独特の色に輝いている。右腕の先は黒い砲で、左手部分は四角いボックス、それらを支える脚部は三脚で先にタイヤがついている。
どこをどう見ても機械の塊で、関節からモーターやコードも覗いていた。
『セーフティシステム起動。異分子排除』
意味を知りたくない機械の音声がロボットから発せられ、丸い目がフラッシュのように一度輝いた。
ぐるり、上半身が回転し右手の砲が動く。
「みんな、危ない!」
白夜の叫びは遅れた。ロボットの右砲から一条の光が放たれ、立花のプレートメイルで守られている右肩に直撃する。
「うわぁっ!」
彼は絶叫して転がり回る。鉄はドロドロに溶け、その下の肩も抉られ黒く焦げている。
「立花君!」
朝倉が素早く駆け、治癒の魔法の呪文を唱える。
「じょ、冗談じゃない!」
成田が天を仰ぐ。
「ビームじゃねーか! あんなのこんな防具で守れるか!」
全く同感の白夜だが、自身疑問を覚えつつも剣を抜く。
相手も金属の塊だ。鋼鉄の剣じゃなくビームのサーベルとかライトのセーバーとか欲しかったが、残念ながら手元にはない。
「あ!」
とスクリーンに向いながらも白夜達を伺っていた真田が声を上げる。
「駄目よ! これ、少しでも入力時間がかかると全部消えてしまうわ!」
「なんとまあ」
不思議な物質のタイヤで縦横無尽に走行するロボットに、白夜は肩を落とす。
「つまり、俺達は守りながらあいつと戦わなければならないのか」
彼はまだ顔色の優れない明智に近寄ると、囁く。
「君はスクリーン組を守ってくれ……誰かが守備につかないと」
明智の済んだ瞳がしばらく白夜を見つめ、ややあって彼女は口元をほころばせた。
「……ありがとう、源君……ごめんね。本当に女の子って面倒ね」
彼女が踵を返した瞬間、あまりの事態にぼうっしていた小早川にロボットの左手の四角い箱が向けられる。
どんどん、ミサイルらしき飛翔体が火の尾を吐きながら発射された。
「小早川!」
どがんどがん、と小早川がいた場所で爆発が起こり、煙が立ちこめる。
「お、おい、コバー……」
成田は寒々とした小声で呼んだが、煙が晴れると彼は目を見開き立っていた。
傍らには青藍がいる。
「プロテクション! どうやら間に合ったようね」
紙一重で彼女が魔法で防御したのだ。
「くそっ」
白夜はブロードソードで斬りかかった、力角もウォーハンマーを振り上げ走る。
がきん、と金属がかみ合う甲高い音が響く。
それだけだった。
白夜の剣も力角のウォーハンマーも、敵の装甲に傷一つ与えられない。
「こりゃー……ちょっとー……」
成田の矢が透明なカメラ部分に直撃したのに跳ね返され、誰もが言葉を失った。
……無理だ。
そう無理なのだ。このロボットはどこの異世界の物か知らないが、完全に戦闘用であり、中世ヨーロッパ的装備など遙かに凌駕した防御力を持っている。
倒す、なんてこちらもミサイルが必要だ。
しかし、それらに匹敵する魔法を持つ者達は手を離すとすぐ消える意地悪なスクリーンで作業中である。
「プロテクション!」
聡い朝倉がスクリーンの四人と明智に魔法をかけた。
「でも!」
と彼女は白夜を見た。
「あのロボットを真正面から受け止める力はないです!」
「……だろうね」
力が抜けぬように巨体を見あげ、白夜は作戦を指示した。
「作業している以外の者は奴をとにかく挑発して引きつけろ! 聖職者はヤバくなったらプロテクションで防御壁を作る」
「ロボきら~い」
小西の意見に今は賛同したい。
戦い、とはもう呼べない追いかけっこが始まる。
武器を持つ者はそれをひらひら振り、時には攻撃して見せ、ロボットの注意を引き、光のドームの中を走り回る。
ミサイルとかビームとか洒落にならない攻撃はプロテクションで守り、傷ついたら治癒の魔法。
「疲れるだけのつまんねー戦いだぁー!」
成田が矢を放ちながら泣き言を零すとロボの体がくるりと彼に向く。
「やべっ」
「任せて」青藍が成田の横で呪文を唱える。
「プロテクション!」
だがロボットの攻撃は右のビームでも左のミサイルでもなかった。
胴体がぱかりと観音開きに開くと、中の針金で巻いたコイルのような円が輝く。
「きゃあ!」
成田と青藍が吹き飛んだ。プロテクションの魔法がガラスが砕けるように破壊されたと判る。
「対魔法兵器!」
嫌々ながらそれを認めて、白夜は何十回目になるか剣をロボットの脚に叩きつけた。
ブロードソードは跳ね返され、手が痺れるだけだ。
彼は、はっとした。
ロボットが自分の方向を向いているのだ。
左右の手の武器も、胴体の魔法無効化も全部白夜に向いている。
『戦闘プログラム解析。敵司令官破壊最優先事項。最優先事項』
何となく意味は分かる。指揮しているのが彼だとバレた。だから最初に排除しようとしている。
「源君! 逃げて!」
運悪く遠くにいた二人の聖職者が駆け寄りながら悲鳴を上げた。
……逃げるって。
右の砲の先が輝く、左のミサイルも狙いを定めていた、胴体の魔法無効化も起動している。
……間に合わない!
白夜は観念した。するしかない。
……あの兵器なら一瞬で死ねるか……。
それがせめてもの救いな気がして目をつぶる……だが、攻撃は痛みは終焉はやってこなかった。
そっと目を開けると、ロボットががっくりと肩を落としていた。
「……間に合った」
振り向くと、息を弾ませたスクリーン組がその場に座り込んでいた。
『停止コード確認。停止コード確認』
ロボットはどこからかそう声を出すと、ぴくりとも動かない鉄の塊に戻る。
「……終わった……封印?」
呆然としながら辺りを見回す白夜達に構わず、床の一部が不意に開き透明な長方形の箱が持ち上がってくる。
ガラスか水晶なのか判別できないが、透明な箱には金の刀身の一振りの剣が入っていた。『ヴァルゼンダームを得し者よ』
青い光が消え、四角く黒い板に戻ったスクリーンから何者かが語りかけた。
『この剣はどの世界にもあってはならない滅亡の化身である、決して使用してはならぬ。繰り返す、ヴァルゼンダームを得し者よ、この剣はどの世界にもあってはならない滅亡の化身である』
三年四組の生徒達は皆その場に崩れ、ただ声を聞きながら剣を見つめた。
意味が分からない。
スクリーンに文字を入力したら、元の世界に帰れる。
彼等はそう思っていた。
道が開かれる、と。
しかし現実は透明の箱に収められた訳の分からない剣が出現し、訳の分からない忠告を受けただけだった。
誰にも言葉がなかった。誰も身動きできなかった。
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