44 ガルベシア

 ガルベシア……かつて、三千年前ここは辺境ながら古代魔法帝国の領土の一つで、大きな城塞都市が幾つも造られていた。

 三千年後、残ったのはその中の一つの城壁の一部だ。

 三年四組の一行は、斜めに切られたように崩れた、よく分からない材質の城壁を見あげていた。

 元々は何色だったかは判らないが、時の経過が壁を汚い茶色に変え、所々に炭でもぶつけたような黒ずみもあった。

 建物全体は緑の蔦に絡まれ、彼等の目には壁の他には矢印のような四辺型平面の城塔しか写らなかった。

 一行は草が生い茂り歩きにくい地面を重々しく踏みにじり、ガルベシアの城塞跡へと近寄った。

 ……城塞跡、よくつけた名前だ。

 白夜は心底そう思った。

 聞いた時にはもっと建物の痕跡が残っていると思ってていたが、実際は半分、四分の一も城壁は残っていない。

「どうする? 少し休むか」

 同じ感想を持ったかどうか判らないが、拍子抜けしたような本田が提案する。

 白夜は草の中で立ち止まり考えた。

 怪物どもの襲撃はない、それは言い切れる。

 何と言ってもここら一体の植物、無害な草花と木以外の全生命は鳥や虫の一匹まで殺戮された。  

 斉藤の体を乗っ取った大魔道士レイスティンの手によって。

 彼の目の端では、まだ片倉美穂が目元を涙で赤くしている。 

「……封印とは、何をするんだ?」

 今更だがそれが大きな問題だった。一夜の休息で魔法使い達の集中力は戻ったものの、振り返ると、口を開けて喘いでいる力角拓也の姿があった。

 昨晩の野営地……徳川の墓となった場所から数時間、彼等は歩いてきた。早朝の出発だったのに太陽はもう頭上にある。

 白夜もだが皆疲れている。何せ鎧が重すぎた。そもそもプレートアーマーもそれより軽装ながらプレートメイルも徒歩で使用する物ではない。あくまでも軍馬での戦いを想定した装備だ。鎧を着用した者がいたのなら、食料などは従者が運び、戦士は戦いだけに集中する。

 一行には魔法使いがいるから、今は比較的軽装な彼等に荷物運びを一任しているが、ドラゴンにより失った馬と馬車の必要性を彼は痛感していた。   

 ……徳川、お前はずっと考えながらみんなを進ませてきたのか?

 改めて友の優秀さを思い知った彼は、「しばらく休む」と決断した。

「え~、ここで~」

 小西歌は不満げだ。

「草ぼーぼーでなんか嫌だよ、ね、も少しだから行っちゃおうよ遺跡まで」

 ガルベシアの城塞跡まで確かに後少しの距離だ。だがもう少し、かどうかは判らない。

 何と言ってもガルベシアの城壁は大きすぎる。 

 らららは多分その大きさにより距離感を狂わされている。

「あと少し? 三十分はかかるだろう、その先に何があるか判らない、体力温存だ」

 力角の顔が輝き、皆は草の中に無造作に座る。

 はあはあ、との己の呼吸音で、白夜は自分が意外に疲労していたと悟った。

 目的地を前にしての小休止は正しかった。

 彼が一人頷くと、さっと大谷環が立ち上がる。

「ん? どうしたの? たまっち」

「成田! 女の子の行動をいちいち聞かない、あとたまっち言うな」

 彼女は顔を真っ赤にして手近な木の影に消える。

「ああ、トイレか、ここですればいいのに」

 成田に対する女子陣の視線が再び極低温になる。

 しかし白夜はそれよりも小柄な大谷が心配だった。

「誰か大谷に着いてやってくれ、怪物はいないだろうが一人にはしたくない」

「ええ」と立ち上がったのは明智明日香と朝倉菜々美だ。

 二人は微かに俯いている。

「あ、お前らもトイレだ……ぐぅ」

 成田は最後まで続けられなかった。北条青藍の蹴りが顔面に入ったのだ。

「…………」

 無言で明智達は大谷を追い、他の仲間もそれぞれの休息に徹する。

「ひ、ひどくない? 誰も心配しないなんて」

 成田の涙目の抗議はスルーだ。

 三人が帰ってきてから力角に請われ、白夜もトイレに立った。

 森に入ると力角は耳まで真っ赤にして下半身の金属鎧を外す手伝いを頼んできた。

 ああそうか、大きい方か、と納得し力角に力を貸す。

「ついでにまだ余裕があったら僕のも頼む」

 消えて無くなりそうな顔の力角に白夜は微笑んだ。

 二人同時に大など、考えたら無防備すぎる。しかしこの時はそこまで考えられなかった。

「しかし、鎧は面倒だ、トイレも簡単に行けない」

 白夜がしゃがんだまま愚痴ると、力角もしゃがんだまま大きく頷く。

「まあ、昔のよりは改良されて部分部分で外せるようになったらしいのが、唯一の救いだ」  白夜は終わりその辺の葉っぱでも、と探すと力角がどこからか干し草を出して彼に渡す。

 この世界で一般的なトイレットペーパーだ。

「どうしたこれ?」

「お城の沢山貰ってきた……ごめん」

 おずおずと力角が謝る。

「なぜ謝るんだ? お前スゲー良いコトしたんだぞ、助かったよ力角、ありがとう」

 力角の顔が再び朱に染まり、彼は下を向いた。

「ぼ、くは、君がリーダーになってくれたよかった、と持っている……君は優しいし」

 白夜はしばらく放心し、次に唇を綻ばせた。

 力角拓也はお世辞が言える程器用ではない。だからそれは本心なのだ。

「ありがとう」もう一度今度は真剣な表情で白夜は力角に頭を下げる。

「僕もお前を頼りにしている、一緒に野グソも出来るしな」

 二人はしばらく笑うと、互いの鎧の革ひもを止め合い、皆の元へと戻る。

 らららが苛々しながら待っていた。

「二人とも遅い! 何してたのよ」

 白夜は、皆にトイレは少数ずつと指示していたのをすっかり忘れていた。

「すまん、小西、行ってくれ」

 だがらららは目ざとく、力角が鎧の腹部の隠しているアイテムを見つけてしまう。少しはみ出していたのだろう。

「あ! 力角、それ干し草! らららに渡せ! それは今のらららの尻にいる、必需」

「何!」横になっていた成田ががばっと起きる。

「俺にくれ力角! 頼む、それでケツが楽になる」

「ははは、ばか成田、今や干し草は貴重品、らららのモノ!」

 白夜は下品するやりとりに軽い頭痛を覚え、こめかみを押さえる。プレートメイル着用故の熱中症ではないと思いたい。

「……あんた達、私達に内緒でそんなの隠してたの?」

 青藍の冷え切った目で判った。熱中症ではない、むしろ背中が凍えている。

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