28 賢者

 賢者ラスタルが訪れたのはそれから二日後だった。

 早馬から情報を聞いていた三年四組とシャーニナは、屋敷の外で待った。

 ややあって屋根とドアがついた馬車、コーチが屋敷に到着する。

 使用人が扉を開くと、育ちの良さそうな顔の髪を切りそろえた青年が出てくる。

「賢者ラスタル様ですか?」

 徳川准が一歩前進して誰何すると、青年は驚いたように固まる。

「そやつはクロード、我が息子だ」

 背後からシャーニナに説明され、准は一歩後退する。

「……ラスタルはわしじゃ」

 とクロードの後から小柄な人が降りてきた。

 否、小柄ではない。十歳くらいの子供なのだ。

「何、このがきんちょ」

 小西歌が思わず口走ると、少年はきつい目でらららを睨む。

「無礼な、わしが賢者ラスタルである」

「へえぇ」准は息が漏れるような音を出してしまった。

 賢者と言うからには老人だ。と勝手に想像していたのだ。

 くすくすくす、シャーニナの笑い声が背後から聞こえたから、彼女にからかわれたと悟る。

「わしは魔法で若返ったのじゃ、本来は七十二歳じゃ」

「はあ」

「うむ、お主等の話は伝令から聞いておる。本来なら休みたいところじゃが、その前に話を聞こう……何て言うても若いから」

 ラスタルはにやりとすると、自分の執務室に徳川准を誘った。

 彼の執務室は色々な物が散乱していた。地図に薬らしき瓶、本とそこまで纏められていない紙。窓際の木の机も高価な物だろうにがらくた置きにされている。

 ラスタルは手で乱暴に机のがらくたをどかし、立ち上る埃にむせると、准に向き直る。

「さて話を聞こう。言っておくが、わしに嘘は無駄じゃ。見破る魔法をかけた、では最初から話せ」

 准は元より騙すつもりが無いから全て話した。

 異世界から来た事、エレクトラ、死霊の道を協力して突破したこと、エルヴィデス城での戦争参加、封印の使命、何もかもだ。

「うーむ」とラスタルは癖なのか髭を撫でるように手を上げた。しかし少年の体の細い顎には髭がない。

「そちは嘘をついてはいない、それは判った。そちの言葉はみな真実だと魔法が告げている」

 そしてラスタルは椅子に寄りかかる。

「ならばそちらの異端の力での活躍も真実のようじゃな」

「異端? 異端とは何ですか? 僕等の魔法の事みたいですけど」

「うむ」ラスタルは頷く。

「昔、三千年ほど前、この地は古代魔法帝国と呼ばれる文明があったのじゃ、その魔法は凄まじく、神に近いハイエルフやドラゴンさえも意のままに操り、星にまで手を伸ばしたと記されておる」

 いきなり話が大きくなり、徳川准は口をぱっかり開ける。

「じゃが、その栄華は一瞬で終わった。邪悪な大魔道士レイスティンが、全ての魔法を自分の物にしようと野心を持ったのじゃ。結局、レイスティンは敗れいずこかで果てたが、最後の魔法で古代魔法帝国の人々を皆殺しにした……それを見ていた神々は人間を見捨て、古代魔法帝国のあった大陸は沈み、世界から地母神以外の神は去り、人間とエルフやドワーフとの絆は断ち切られ、死の冬が訪れるようになった」

「死の冬?」

「……この地の冬は厳しい。元より冬の間は何も出来ぬ物じゃが、この世界の冬は大陸の殆どを凍らせ、毎年凍死者を出すのじゃ……かつて三千年前はこの地には二つの太陽がありそれにより温暖な土地だったそうじゃが、神の怒りは一つの太陽も奪った……人々は全ての元凶が魔法にあると決めつけ、魔法を使う者を異端として迫害し拒絶をし始めた……わしも魔法を操る者。ここに来るまで色々酷い目にあったし、そもそも魔法を得るのに何十年もかかった」

 賢者ラスタルは遠い目になる。

「……しかし、そちらはその年で易々とそれを使う……聞いたぞ、天から降る火の球、死者を味方につける術、地面を揺らす魔法、全て禁忌の中の物じゃ……シャーニナ様からは口止めされているが、そちらを厚遇するのは万一の際に再びその技を奮って欲しいからじゃ」

 准はここで彼等の勘違いに気付く。エルヴィデス城での出来事が全て三年四組の力だと思われているのだ。だから女王シャーニナもあんなに歓待してくれたらしい。だがここは黙る。今更違うとなればどうなるかわからない。

「そして失われた神々の力を持つ癒やしの術……通常の聖職者には地母神エルジェナしか癒しの祈りに答えてくれない。じゃがそちらは美の神フレアルーンや戦神ヴァルガさえも祈りに答えてくれる……そちらは神に祝福された存在じゃ。恐らく封印とやらの為じゃろう……シャーニナ陛下が入れ込む訳じゃな。そちらは知らぬようじゃが、シャーニナ陛下はかなりの傑物でいらっしゃる。あの方の夫……クロード様とカティア様のお父君はバーレーンとの戦で数年前に討ち死になされた。本来ならそこで父君ウォールド様の血族が王となりこの国の荘園の領主となるはずじゃったが、シャーニナ様はその高圧的な勧告をはねつけなさった。そして女だてらに王となりクロード様の後見人に自らを指名して今に至るのじゃ。無論、国内にも快く思わぬ者達は大勢いる。今回の戦でエルス王国の荘園領主達からの援軍が遅かったのはその為もあるのじゃ。故に神に選ばれたとは言え、強大な敵と単身戦うそちらの姿にシャーニナ陛下はご自身を重ねられたのじゃろう……しかし、不可思議な話しじゃ……なぜ混沌の者どもが軍隊まで形成してエルヴィデスを襲ったのか……確かにこの国の西の山間には混沌の勢力の巣がある、じゃがこんなことはこれまで一度もなかった、あやつらが出ることは希だったし、出てきても一匹、多くても一0匹程度。それがまさか多種族で軍団を形成し、城に急襲をかけるとは……調べる必要があるのう」

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