26 愛人アンデレ
『我に体をよこせ』
彼は内側からの声に気が狂いそうだった。
エルヴィデス城での一件以来、その声は強く大きくなっていた。パーティの音楽も耳に入らない。
『我に体をよこせ』
彼は奥歯を噛みしめると頭から声を閉め出そうと苦心した。
『我に体をよこすのだ』
しかし声は止まず、彼は一人苦しみ続けた。
楽しい? パーティが終わって数日間、馬と剣の修練は続けられた。
その頃になると、皆乗馬のコツを掴み、剣に関しても格段に腕を上げた。
教えた本田の表情も明るい。
「本田様!」
その本田に声がかかった。日傘を差したカティア姫だ。
彼女は迷わず本田の元へ駆け寄ると、体にぴったりとしたドレスを着ているのに、しなを作って彼の腕に身を任せる。
「……あれさあ」
楽しそうな二人を遠巻きに、らららが微妙な顔になっている。
「いいの?」
「へ?」
「徳川は気付かないの? あの距離感は異常……多分、しちゃったと思う」
「何を?」
准にはさっぱり判らない。
「だーかーらー」らららは苛立ったように何かを口にしようとしたが、不意に赤面して俯いた。
「そ、それってまさか……不純異性交遊!」
准より格段に鋭い真田が悲鳴のような声を上げ、目を回して後ろに倒れかける。
「不純……て、おいっ」
立花も青ざめた。
「マズイだろ、それ……相手はお姫様だぞ!」
ようやく准も理解した。
「え、そんなことあの二人が?」
だが視線の先の本田とカティア姫はそう指摘されると頷くしかないほどの恋人っぷりだ。
「そんなのダメよ、不潔だわ! 私達にはまだ早いわ」
真田は取り乱しているが、准はそれどころではない。
……そんなのバレたらさすがに……。
断頭台がこの世界にあるか判らないが、イメージとして頭に浮かぶ。
「おお、やっているようだな」
こんな折に、シャーニナがやはり日傘を差して顔を出す。彼女は見目麗しいエルフの男性を連れて准に近づいた。
「どうだ? 修練の方は?」
「は、はい、かかかか、かなり上達しました、たた。おかげさまで」
彼が噛みまくったのは状況故に仕方がない。
「うん?」とシャーニナは娘のカティア姫が本田と仲むつまじく話している様子に眉を潜める。
徳川准の背中が汗で冷えた。
「ふふ、カティアめ、変わったな……どうやら女になったようだな」
「あえ?」
准は間抜けな返答をしてしまった。
「どうした? 一国の姫が婚約者でもない男と寝るのは意外か?」
准は心底恐れおののく。見事に心を読まれていたのだ。
「……カティアは自分の立場が判っている。彼女は後少ししたら後見人の元へ行き、顔も知らぬ男と結婚するだろう……私がそうだった、ならば今の内に生涯一度の恋をしても良かろう。まあ子供を作られたらさすがに困るがな」
はあ、としか准は答えられない。どうやら王族も大変なようだ。
「それにな」
シャーニナは華麗に片目をつぶる。
「我々はそれほど固い生き方をしておらぬ、アンデレ」
「はい」と長身のエルフが前に出る。
「私は毎夜、このアンデレと床を共にしておる」
あけすけな物言いに准は真田亜由美子のように倒れかけた。
だがシャーニナは意味ありげに微笑むと、王宮へと戻っていった。
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