25 戦勝パーティ

 戦勝記念のダンスパーティは宮殿の大広間で行われた。

 貴金属や鏡で光を乱反射させる蜜蝋のシャンデリアの下、ぴかぴかに磨かれた木の床に紳士淑女が着飾り集まり、道化師がジャグリングをし、色んな楽器を持った楽隊が角で勇壮な音楽を演奏している。

 正直、三年四組の生徒誰もが自分達が場違いだと自覚した。

 着飾る貴族達は洗練された動きで踊り、卒業式前の日本の中学生だった彼等を寄せつけない。

 皆、ぼんやりと見守るだけだ。

「楽しんでおるか?」

 女王シャーニナに話しかけられた准は、得意になった愛想笑いで頷いた。

「はい、もちろん、夢のようです」

 今日のシャーニナはいつもの動きやすい格好の彼女ではない。

 セットされた金髪の上に宝石がちりばめられた王冠を被り、袖もスカートもふっくらとした赤い色の豪華絢爛なドレスを着ている。手袋に包まれた手には絹と鳥の羽根と象牙で作られた目を引くエヴァンタイユ(扇)を持っていた。

 流石女王、正装すると威厳が違う。

 広間の隅で貸し出されたドレスを無理に着ている三年四組の女子とは違う。

 本人達もそれを思い知らされる時が訪れた。

 一際高い拍手の中をカティア姫が現れたのだ。

 彼女は輝いていた。このパーティで一番だ。

 髪は編まれクレスピンと言う円形のネットを左右で繋ぎ宝石をちりばめた装飾具で飾られ、襟元に細かで緻密な刺繍が施された袖の拾いガウンを着ていた。流石に女王よりは質素だが、女性としての美しさがにじみ出る誰をも魅了する装いだ。

 カティア姫は他の者など視界に入らぬとの風情で、真っ直ぐ暇をもてあましていた本田繋の前に進むと、装飾が成されている手袋のガンを伸ばした。

「本田様、踊って下さいませんか」 

「は? いや、俺は踊れませんけど……」

「大丈夫です、私がいます」

 カティア姫は無理矢理本田を広間の中央に引っ張っていく。

 音楽が代わった。

 勇壮なそれからどこかロマンチックな楽曲に変化する。

 カティア姫の前で本田はぎくしゃく狼狽していたが、彼女の技量のお陰だろう、徐々にダンスが様になっていく。

 本田の目も遠目からでもうっとりと染まっているのが准には判った。

 彼等には判らないことだが、実はこれにカティア姫はそうとう頑張った。

 自室の風呂で輸入品のオリーブ油の石けんで体中をこすり、侍女により髪をセットして貰い、幾つもの衣装を何時間もかけて選び、鉄のコルセットを無理につけ、お気に入りの香水をふり、酢でうがいをして口臭を消した。

 完全に本田繋をトりにきていた。

「はぁー、彼女やるわね」

 どこかで見抜いたのか北条青藍が壁際でため息を吐く。

「うらやましいよー、らららも良い匂いさせたいよー」

「ふふふ」と会話を耳にした成田隼人が笑う。

「そりゃあお姫様だからねー、君達とは違うよ……君達ももっと身の回りを綺麗にしなよー、汗臭いのは仕方ないとして時々うんこ臭いよー、息も生臭いときあるしさ」

 頻繁に風呂に入れなく、トイレも毎回あるわけでもなく、トイレットペーパー代わりは干し草やそこらの葉っぱ、洗面も毎日出来ない女子達の一人・北条青藍は、無言で成田の右側の腕をとった。

「何ー? 北条、いきなり……」

 左側は明智明日香がとる。

「え? 何これー?」

「言ってはならないことを口にしたお馬鹿さんは教育しないとね」

 北条青藍は楽しげだが、瞳が霜のように白く光っている。

 成田隼人が大広間から連れ出されていく。

「ええ、俺何か悪いこと言ったー?」

「うっさい、速く歩けクズっ」慌てる成田の尻を大谷環が蹴り、珍しく目を尖らせた朝倉菜々美も背中を押す。細川朧、片倉美穂、真田亜由美子、小西歌が続く。

 准は嫌な予感がして止めようと考えたが、女子生徒の背に殺気が満ちている為に惚けた。 パーティの後、女子全員にいびられた成田が泣きながらすがりついてくるが、准は得意になった愛想笑いで切り抜けた。

 

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