19 紙一重

「ほう、ここまで来られた者がいるのですか?」

「お前は何だ?」

 本田は低い声で訊ねる。

 目の前の敵は長身の美しい男性で、今までの怪物とは明らかに違っている。

「うん? ダークエルフも知らんないのですか? 所詮猿ですね」

「ああ知らないさ、そんな雑魚」

 茶褐色の肌を持つ混沌側のエルフの挑発に、本田は乗った。

 彼はどこかで察知したのだ。目の前の敵が城に入り込んだ怪物の長だと。  

 だからここで倒す。

 ダークエルフは愉快そうに笑うと、腰から細くカミソリのような刃がついているレイピアを抜いた。

 対し、本田は使い込んだショートソードを構える。

 二人の対決は静かに始まった。

 ダークエルフがレイピアで本田の腿を薄く切り裂くと、本田はショートソードを敵の顔へ横に一閃した。

「く」と苦痛の声を上げたのは本田だ。

 レイピアは薄く細いが長い、本田が使ってきたショートソードは厚いが短かった。リーチの差がもろに出たのだ。

「ほらほら、どうしました」

 ダークエルフは喜悦を浮かべると、レイピアを巧みに鞭のように振るい、本田の体に傷をつけていく。

 本田はしかし怯まなかった。

 頬に出来た傷からぬらりとした液体が流れても、気にせず決闘に集中する。

 レイピアが再び突き出され、本田の目が光る。

「こてー!」

 しかし気配を察していてのか読まれていたのか、ダークエルフは素早く手を引いて剣の根元で受け止める。

「なるほど、まだ熟練はしてませんが侮れませんね、遊ぶのをやめましょう」

 ダークエルフは表情を改めた。表情だけでなく、今まで本田をいたぶるように四肢を狙っていた刃が首や胸へと向けられる。

 ダークエルフは深く踏み込みレイピアで突いた。間髪入れず避けた本田を斬ろうと振り回す。

 本田は仰け反り、転がり屈み何とかやり過ごす。

 気付くと全身が鋭く痛み血まみれだった。

「猿にしては上出来でしたよ」  

 ダークエルフはもう勝った様子で、本田をせせら笑った。

「どうかなっ!」

 一か八か本田は飛びかかった。剣を上段に上げ力一杯振り下ろす。レイピアを破壊しようと企んだのだ。

「甘い!」

 がそれも読まれており、彼の腹部は真正面からダークエルフに蹴られる。

 その勢いで本田は部屋の隅の扉に背中から激突した。

「きゃっ!」

 目を剥く。ダークエルフしかいないと思っていたが、小さな扉の中にまだ人が、それも声から若い女性がいたのだ。

「ほう」とダークエルフは切れ長の目を細める。

「あなたには礼をしなければならないようですね、探していたんですよ、人を」

 本田は笑みに歪む敵の唇に構わず体勢を立て直す。

 負けられない理由がまたできた。

 こんな奴に、誰だか知らないが女性を任せられるはずがない。

「あなたもしつこいですね、まだ闘志がありますか」

「大して怪我もしてないからな」

 ち、とダークエルフは本田の強がりに舌打ちする。

「全く、これだから猿は嫌いです、いいでしょう殺して差し上げます」

 ダークエルフが構えが変わった。本田には判る、敵は本気になったのだ。

 ふふ、と笑ってしまった。

 実力差はあまりにもある。このままでは一瞬で倒されるだろう。

 だがまだ彼は二つやっていない。

「死になさい!」

 ダークエルフは床を滑るように接近した。

 まず一つ。

「反則技、あしー!」

 本田は剣道では決してない脚への攻撃、なぎ払いを行った。

「ええいっ」

 ダークエルフは苛立ち飛び上がるが、土産として本田の肩を切り裂いた。

 二人はややはなれる。

 本田は常にそうだったが、ダークエルフもいつの間にか全力になっているようだ。

 彼の技量が、剣道だけではないこの世界で磨いてきた技が敵に利いているのだ。

 さらに彼には最後の技……それがかわされたらもうどうしようもない……が残っている。しかしそれは慎重に狙わないといけなかった。

 正直、試合でも殆ど失敗している。

 ダークエルフは一気に勝負を決めようと床を蹴り、本田の頭にレイピアを振り下ろした。その時、本田繋は敵の胴を睨んでいた。地を蹴り敵の上段をすり抜け胴体をショートソードで交差しつつ薙いだ。

 面抜き胴だ。

 芸術的に成功したその一撃は、ダークエルフの革鎧と腹部を斬り、その場に膝を着かせた。

 本田はすぐに振り返る。

「ま、まて!」

 ダークエルフは血が吹き出る腹部を片手で押さえ降参の証しか片手を上げたが、構わずその首を剣で払った。

「汝残心を知れ」彼は油断も容赦もしなかった。特に今回の敵のような輩は常に逆襲を考えている物なのだ。

「……はあ」

 流石の本田繋もその場に座り込んだ。

 精神力も気力も使い果たし、全身からは血が吹き出ていた。

 ただ一つやることがある。

「もう大丈夫ですよ」と小さな扉に隠れた女性に声をかけることだ。

 扉はすぐには反応がなかった。しかしややあってちょこっと隙間ができ、外の様子を確認したのか、静かに開いた。

 疲れ切った本田は仰天した。

 出てきたのは茶色の髪の美少女だったのだ。

 歳は三年四組と同じくらい、顔立ちは華奢で線が細く、深い海のように青い大きな瞳と、細く高い鼻、淡い花のような唇の儚い印象の美しい娘だ。

 ぱっと彼女は座り込む本田に抱きつく。

 着ている絹の長袖チェニックが彼の血でじわじわと汚れるから、本田は焦る。

「い、いや、汚れますよ」

 しかし少女は何度も頭を振り、彼の胸で泣き出した。

 ……仕方ない。

 と本田は気の毒になる。この部屋で一人隠れていたのだ。ダークエルフが現れたときはさぞかし恐ろしかったろう。

 本田はしばらく美しい少女にしがみつかれていた。

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