18 突入~本田

 徳川准は突然の狂乱に動けなかった。

 自分を襲おうとしていたジャイアントが大きな炎の球でなぎ倒され、立ち上がると今度は仲間だったはずの怪物達を殴りつけ踏みつけているのだ。

 全く事態が掴めない。

 それだけではない、いつの間にかゴーレム達もジャイアントと共にトロールやオーガーを潰し始めて、戦場は完全に混乱状態となった。

 だが、と彼は我に返る。

 ……これこそ待っていた状態だ。

「本田! 本田! どこにいる?」

 准が叫ぶと、肩を無惨に裂かれた本田繋が返事をする。

「怪我をしたのか?」 

「ああ、オークの斧に油断した」

 准は素早く駆け寄ると高位のヒールをかけた。

「どうだ?」

「もう大丈夫だ、ありがとう」

 だが礼は早いのだ。彼に与えなければならない任務がある。

「本田、戦場が混乱している今がチャンスだ、城の中へ行ってくれ。賢者ラスタルを探すんだ」

 本田の目が見開かれる。だがすぐ決意に満ちた表情に変わった。

「わかった」

 准は周囲を見回す。

 もう戦いは滅茶苦茶だ。だが深紅や白夜は忙しそうに絶えない敵の相手をしている。その中から比較的混戦にいない一人を選ぶ。

「嶋! 本田に着いていってくれ」

「え!」と嶋も狼狽するが、すぐに立ち直った。

「任せてくれ」

 その時、オーガーが嶋の前に立ちふさがった。だがスチール・ゴーレムが鉄の拳でそれをぶっつぶす。 

「いくぞ! 嶋」

 本田は走り出し、嶋もそのすぐ後に続いた。

 ……頼む。

 大乱戦の中、准は祈った。


 城へ近づくのは容易ではなかった。

 ジャイアントとゴーレムが事実上仲間になったとしても、まだ多数の怪物がいるのだ。

 本田繋は器用に左右から襲いかかる敵を斬りながら走った。時折一撃をかわす者もいたが、背後の嶋がナイフを投げ怯ませ敵の反撃を封じてくれた。

 本田はエルヴィデス城へと駆けながら先程の自分達の策の浅はかさに苦笑する。

 ……城までこんなに遠いんじゃ、どうあっても突破は出来なかったな。

 そのエルヴィデス城は反撃の手を止めている。恐らく何が起こっているか判らず、守備兵も呆然としているのだろう。

「まさしく好機だな」

 本田は一人ごちた。

 攻城戦に置いて城の守備側は熱い油や石やらを侵入しようとする敵に落としてくる。いつか映画でそれを見ていた本田は、一時的にもそれが止んでいる今が突入の絶好の機会と捉えた。 

 本田と嶋は城壁まで駆けて駆けて駆けた。

 ようやくたどり着くと息を整える暇もなく、ジャイアントが潰した堀の上を通り、横っ腹に穴の開いた壁から天守閣へ続く道へと侵入する。

 石壁の破損で砂が土砂降りのように振っていたから、彼等はしばし咳き込む。

 そこで始めて肩を震わせ呼吸を整え、花やらが植えられている中庭へと向かった。

「うわっ」

 突如嶋が前のめりに転倒した。

「どうした!」と彼に近づくと、嶋の右腿に矢が深々と突き刺さっている。

 振り向くと弓矢を構えるオークがいた。

「中まで入り込んでいたのか」

 本田はすばやく嶋を物陰に隠すと、自らはジグザグにオークへと接近した。

「めーん!」

 オークの頭は本田の一撃で真っ二つになる。その後周りでたむろしていたオークを一息で片づけた本田は、嶋の元へと戻る。

「大丈夫か? 嶋」

 だが嶋は笑った。

「勿論こんなのはかすり傷だよ、後で治癒の魔法をかけて貰うし。僕のことより君だ本田君、敵も入り込んでいるようだけど一人で行けるかい?」

 本田は嶋に親指を立てる。

「待ってろ、帰る方法を聞き出してくる」

 言い残して本田は中庭を通過し天守へと走った。残した嶋が気がかりではあったが、ここで躊躇すると痛みを笑みで堪えた彼の男気を無駄にするのだ。

 ……待ってろ、嶋、待ってろみんな!

 本田は燃えた、鉄を溶かすほどの熱量を腹部に感じた。彼は元々クールな剣士だった。剣道の試合でもそうそう感情を見せない。だが今は剥き出しだった。体の中を巡る戦う者の闘争心、勝利への渇望、何もかもを表に出していた。

 そうしなければ生き残れないと、彼はこの世界で学んでいた。

 本田がひしゃげた木の扉から天守の中に入ると、そこは樽やら麻袋がつまれた食料庫だった。勿論用はないから階段へ直行する。

 石の階段は狭く、円を描いて登るように造られていて上り難い。本田は苛々しながら次の階の広間へ顔を出す。

 どうやら礼拝堂のようだった。

 地母神エルジェナの象徴たる丸いマークと、木の椅子が並んでいた。

 スルーしても構わない所だ。

 だが、本田は女性の悲鳴を聞いた。

 目をこらすとゴブリンが醜い笑いを浮かべて、尼僧を襲っている。

 本田は三匹程のゴブリンを背後から瞬殺した。実は時間的余裕を鑑みて相手をしたくはなかったが、か弱い女性を見捨てられる程、本田繋は器用ではない。

 尼僧達は突然現れた奇妙な風体の少年に驚いた様子だが、彼はもう階段に走っている。 次の階は大広間だった。

 騎士らしい防具を着た男達がトロールと戦っている。本田の手助けはいらない様子だ。彼等は何とかトロールの腹を剣で切り裂いている。

 敵を倒し荒い息を吐く騎士達に近づく。

「賢者ラスタル、と言う人を探しているんですけど」

 だが騎士達はぎょっとして振り向き、彼に胡乱な目を向ける。

「何だ貴様は? この国の者ではないな? どこから入った!」

 自分の致命的なミスに本田は青ざめる。考えたら当たり前だ。三年四組は勝手に戦争に参加した訳で、この国の騎士どころか味方でも知り合いでもない。

 彼は慌てて階段へと逃げた。

 騎士達は追っては来られなかった。もう一体のトロールが折良く現れたのだ。

「全く!」

 ぶつぶつ文句を並べながら本田はまた階段を上がる。

「うん?」

 彼は足を止める。急に静かな場所に出たのだ。

 壁に派手なタペストリーが掛かり、廊下の各場所に高価そうな装飾品が並んでいる。

 本田は精神を集中しながら、絨毯の引かれた廊下を歩いた。

 がしゃんと何かが壊れる音が、どこからか響く。

 手近な両開きの扉だと当たりを付けた本田は、それを蹴り開けた。

 どうやら誰かお偉いさんの寝所だったようだ。部屋の真ん中に天蓋付きのベッドが置いてある。

 だが本田はそんな物を見ていない。 

 彼が睨んでいるのは、茶褐色の肌をした長身の男だ。

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