17 目覚め~仲間たちのために
そうと決まっても徳川准はなかなか動かなかった。彼としてはほんの僅かでも安全な時を見極めたかったのだ。
夜まで待てば、との案も出していたのだが、怪物達は夜目も利くと青藍がかつてエレクトラから教えられていて断念した。
だとしたら逆に太陽のある今が最も好機になる。
准は戦場を観察し続けた。
が、成果は少ない。
銀色の全身鎧を着た一人の騎士が純白の馬を巧みに操って、戦場を駆けている……くらいが素人目でしかない准の見立ての限界だ。
その間に、成田と小早川のレンジャー達は持っているだけの矢を周囲に突き刺し、戦闘の準備を完了させ。魔法使い達は使う呪文を選別し、ぶつぶつと暗記し、聖職者達はメダリオンに触れ自分の魔法を確認して、前衛職は剣を布で磨き終えた。
「もういいだろ」と深紅が准に声をかける。
准はまだ何か手はないか、と目を皿のようにして城を見つめるが、エルヴィデス城の敗色が濃くなっていくだけだ。
准は痛いほど奥歯を噛みしめる。
「いいか、絶対に危険なことをするなよ」
戦場に赴く者には全く意味のない言葉だ。だが彼の内心を慮る仲間達は「わかった」と素直に頷く。
そして、始まった。
最初に攻撃を開始したのはレンジャーだ。
成田と小早川が手近に刺さっている矢を抜き、一瞬で射る。
受けたのは後方にいたトロール達で、突然の背後からの矢に彼等は動揺したようだ。
「今だ!」
魔法使い達は立ち上がり、呪文を唱える。
炎が、雷が、風が……ただ頭をこちらに向ける魔法が、敵の最も薄い部分に炸裂し、微かな隙間が出来た。
「突撃ー」
平深紅達がショートソードを片手に疾駆した。背後からは吟遊詩人たる細川朧の歌・チャームが流れ、魅了されたオークが一匹味方に攻撃をしかけだした。
聖職者達も魔法の使用を訴えたが、准は首を振った。彼等には仲間を癒やす重要な使命があるのだ。
作戦は完全なる一点突破で、一人でも城の中に入る事が目的だ。
しかしやはりそう簡単にはいかなかった。
三年四組の皆が無謀とも取れる一点突破戦法を採用したのは、集まっていた怪物達がそんなに素早くないと踏んだからだ。
ジャイアントにゴーレムにトロールにオーク、オーガー。確かにこの布陣なら一度混乱させられれば立ち直るのに時間がかかるだろう。
つまり彼等は忘れていた。空を飛ぶ赤く小柄なインプを。
最初にインプに絡まれたのは最も前にいた本田だ。彼は突如上空から現れた翼とサソリの尻尾を持った怪物に一瞬怯むが、次の瞬間には剣を突き出していた。
ひらり、と赤いインプはかわし、尻尾の先の針で彼を突き刺そうとする。
態勢を崩していた本田はその場に転がり、何とかやり過ごした。
「なんだこいつ!」
次は深紅だった。しかも二匹のインプに前進を阻止されている。白夜、立花、斉藤、力角、明智も行く手を阻まれ、攻撃しても空を自在に飛ぶインプに届かない。
密偵であり戦士程の戦闘力のない大谷と嶋はさらに苦戦した。
インプ達は彼等を獲物として決めたのらしく大人数で囲み、毒針の餌食にしようとしていた。
「魔法だ!」
戦士達を追ってきた准はさらに後ろの魔法使い達に叫ぶが、インプは卑怯にも三年四組の仲間達を盾にして攻撃を阻止する。
「いけない!」
朧は歌を中断させた。彼女に魅了されたオークが仲間に倒されたのだ。
一時混乱に陥った怪物達が落ち着きを取り戻していく。
奇襲で開いた穴はもう閉じていた。
オークの斧を深紅は間一髪剣で受けた。白夜はオーガーの槍から身をかわすのに必死だ。 力角は健闘し何体ものオークを倒したが、彼の革鎧はもうずたずたで、自身も血に染まっている。
本田はまだ優勢に戦っているが、彼を包囲するトロールの輪が狭くなっていく。立花と明智は二人がかりでオーガーに挑んでいるが、勝ってはいなかった。
奇襲からの一点突破戦術は、インプにより遮られ簡単に瓦解していた。後は各個に撃破されるだけだ。
……ああ……やはり無謀だった。
准の目の前が絶望で暗く翳った。
否、ロックジャイアントが背後に迫っていたのだ。
……ここまでか。
徳川准は目をつぶった。
彼は絶望し怒っていた。
仲間をこれ以上失うわけにはいかない。
『そうだ、だから我を受け入れろ』
彼の中の何か……大魔道士レイスティンがここぞとばかり声を上げる。
「でも……」
『迷っていたらお前の友達は死んでいくぞ……ほら、あの女も』
そこには彼女がいた。
いつも彼を庇ってくれた彼女。醜いオークに追われて後ずさっている。
「だめだ!」
彼は叫んだ。
「レイスティン、何とかしてくれ!」
その瞬間、彼の中で何者かの目が開いた。
「ふん、虫けらどもに我が魔法を使うのは気が進まぬが」
「今魔法を使わないと、仲間が死んでしまう、今使うんだ」
「まあ、ここらにいる生者どもは皆滅ぼしてやろう」
「殺すのは怪物だけだ。それ以外の人達は助けないと」
「我が魔道で全てを破壊してやる」
「僕の力で、みんなを助ける」
彼の口から矛盾した言葉が幾つも発せられる。
何もかもに構わず彼は呪文を唱えた。他の魔法使いとは桁違いに早く。
「さあ、地獄を知れ!」
彼は両手を天にかざした。
「ファイヤースター!」
天が轟いた。そして炎に包まれた大きな球がエルヴィデス城の周りに降り注ぎ、炸裂した火が周囲に飛び散った。
「ぐおおおお」炎の玉が直撃したのはジャイアント達だった。彼等は為す術もなく炎の隕石に押し潰されていく。さらにインプ達も凄まじい熱風を浴び、雨のように地に落ちていった。
「く、ふふふふふ」
彼は愉快そうに笑うと、次の呪文に入る。邪悪な瞳には死体となったジャイアント達が写っていた。
「リターン・アンデッド!」
炎の玉で果てたはずのジャイアント達が蠢く。顔から生気を失い、目から光を失い、彼等は立ち上がった。
アンデッドとして。
怪物達さえも戦慄したはずだ。
ジャイアントの姿は壮絶だった。
皆、半身を焼かれ、潰された体から内臓を垂らし、腕がもげかけた者もいる。
なのに動いている。血まみれで、おおよそ生の欠片も見て取れぬが、動き出している。 そして攻撃が始まった。
今までのように城や人間に対してではない。数秒まで仲間だった怪物達にだ。
今度こそ怪物軍は恐慌に陥った。恐らく軍の最強格だったジャイアント達が敵に回ったのだ。しかもどんな攻撃をして傷つけても構わず暴れている。
怪物達はパニックになり、早くもゴブリン達は逃走し始めた。
「くくくく」彼は笑う。心底楽しそうに。
「なかなかの光景だ。だがまだ恐怖が足りぬ、絶望が足りぬ」
彼は短く呪文を呟く。
「ディスペル・ゴーレム! そしてオーダー・ゴーレム!」
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